第9章 kanae's testimony 第2話
祐介は、ジムの先輩たちと後楽園ホール。
だけど、昼間の由美の電話が気になる。
先輩たちは、1人が1分でKO勝ちして、2人判定勝ち、1人は判定負けだった。
炒飯を作り終わった昼が終わって、午後3時。
交代で取る休憩時間。
由美の着信が履歴に6回と。
「由美さんが大ニュースだって探してるぞ」
「由美ちゃんが探してるよ」
「大ニュースだよ。藤花亭で!」
と3本メールが入っていた。紹介した順は、祐介、絢子、由美である。
ニュースねえ、と思いながら次はカケアミだったよなと思う毬子だったが、4本目の留守番電話があった。憶えてない電話番号。
もう一度携帯電話をチェックすると、銀座の泰子ママからで、
「銀座の泰子です。予定通り入金しました。12年間有難うございました」
という留守電が入っていた。
木曜日の朝4時。
「終わりましたー」
「お疲れさまでしたー」
「みんな、新しく入った毬子先輩の歓迎会にハロー行かない?」
りんだが提案した。
「業平橋のですか?」
「うん」
「いいですねえ」
「行きましょ行きましょ!」
「みんな宴会好きなのよ」
と言ってりんだは毬子に笑いかけた。
眠い中を自転車を漕いで帰りつき、泥のように眠って、午後5時、由美からの電話で目が覚めた。
『もしもし、今藤花亭。話があってずっと待ってんだけど?』
「わ、わかった。30分で行く」
『待ってるからね」』
猛スピードでシャワーを浴び、髪は生乾きのまま、家を出た。大きめのTシャツに、ストレートジーンズ。ベルトを絞める時間も惜しいので、ちょうど上にあったぴったりのを選ぶ。足元はサンダル。暑かったら髪を結ぶために、黒いゴムを左手首にはめた。化粧は眉を描くくらいである。
藤花亭は自動ドアになっていた。毬子の登場に、絢子が冷房を1度上げる。
「おはよ、毬ちゃん。初仕事どうだった?」
「絢子さんそれどころじゃないんだって」
カウンターには、由美と、八木。由美は白い七分袖シャツに、サックスブルーのパンツ姿にパンプスだ。頭にはヘアバンドがある。八木はとあるバンドのライヴTシャツに黒いジーンズ。
「あいつが帰国するんだって」
「あいつ……って誰よ?」
「あーもう、祐介の父親に決まってるでしょ! 祐介もここに呼んでくれる?」
言われて、
「祐介? 由美が、あんたも藤花亭に呼んでって言ってるの。あんたの父親がロンドンから帰ってくるんだって」
と祐介の携帯電話に電話を入れた。
「祐介くんのお父さん、ロンドンに行ってるんですか?」
八木は聞く。
「うん。ギタリストでね、腕試しって、行っちゃった。日本でもメジャーデビューして半年くらいだったのにね。バンド脱退して」
八木は、
「これ、こないだ毬子さん家行った時見つけたんですけど……これ毬子さんと祐介くんと、お父さん、ですよね……?」
と言って八木は、過日、毬子が風邪ひいた際に発見した写真をおずおずと出した。
「やだこの写真どこにあったの? ないない言って探してたの!」
重ねて言うが、写真の男性は祐介になんとなく似ている。二十歳前後だろうが、童顔でよくわからない。
「こないだ借りた『BANANA FISH』の隙間です」
と八木が言ったところで祐介が藤花亭に現れた。白のTシャツにカーキ色のニッカボッカ。
「由美さんこんちわーす。俺の父親が帰国するってほんと?」
「うんほんと」
由美が祐介に言い終わった頃合いを見計らって毬子が、問題の写真を指差して、
「八木ちゃん、この子はアスカ」
「アスカちゃん?」
「うん、冗談で抱かせてもらったの。この時はまさかホントに自分に子供授かるとは思ってなかった。アスカもまだ1か月くらいでね」
「由美さん、アスカに一緒に居てもらっていいですか?」
「いいよ」
と由美が言ったので、祐介は明日香を呼びに行った。
「すみません、大事な話始めるんですか? だったら……」
八木が立ち上がった。
八木ちゃんいるな。
だけど追い出すかどうしようかな、て考えて、そういえば祐介の父親に関して質問来た時後でねと言ったから、いてもらって聞いてもらおう、ちょうどいい、と毬子は考えて八木にはいてもらうことにした。
「前にもらった質問の答えになるから、ここにいて聞いてて?」
祐介が明日香を連れて戻ってきて。
以下、毬子が語る。
語り始めると、隆宏が、店の扉に「本日貸切」の札を下げに行った。有線放送も彼が音を止めた。隆宏の背後上にあるテレビの画面では、広島東洋カープと読売巨人軍の選手たちが躍動しているが、音はない。
最初から話すね。
あたしと由美は、小学6年の時に由美が広島から転校してきて以来の付き合いで、ここのお店ともその頃からの付き合いなんだけど――このお店はあたしたちが小学6年の時に開店したの――、中学生になって2人ともロックに興味を持ったのね。
CD買ったり借りるだけじゃ飽き足らなくなって、ライヴハウスに行くようになったの。渋谷とかあっちの方のにも。
で、行ったライヴハウスで頻繁に演奏してたのが、「PLASTIC TREE」ってバンドだったんだ。
ギタリストの白石エータローは6つも年が離れてるのにあたしと意気投合してさ、まあ、あたしたち、背が高かったから最初中学生に見えなかったらしいし、精神的にも背伸びしてたしね。
告白はあたしからだったけど。年が離れてるからけっこう当たって砕けろだったんだけど、受け入れてもらえて。後から中学生と知って葛藤したらしいかど、時すでに遅かったと言ってた。
それで、由美と一緒に行く以外にもライヴ行って、ライヴ行かない時間で由美は勉強してたけど、あたしはライヴ行くか漫画描いてたから高校は由美と離れて。でもライヴはちょくちょく一緒に行ってて。
「ただいまー」
毬子の昔話の途中で、香苗が帰宅して顔を出した。ナチュラルメイクに半袖白シャツにパステルピンクの質の良さげなフレアスカート。シャツをスカートにインしているので、ウエストのくびれが強調されている。絢子が買ったものだが。
「おかえり。座って話聞いてな」
と隆宏は言った。
明日香と祐介は、座敷のひとつに座っていて、実はテーブルの下で両手を握り合っている。
こんなことをするなんて初めてで、明日香は祐介のココロの心配をし始めていた。
あたしは高1の時、父親が金沢へ転勤になってひとり暮らしを始めたんだけど、その頃「PLASTIC TREE」はメジャーデビューしてね、忙しくなってなかなか会えなくなったの。
でもその頃、あいつはデビュー出来た喜びなんてひとつも言わなくて、繰り返し窮屈だ窮屈だ言ってた。
メジャーデビューから半年だったかな。ツアーが終わってからあたしのアパートへ来て、言ったの。
「バンドをやめてロンドンへ行く」って。
「行かないで」って何度も言ったけど、夢がどんどん膨らんでいくばっかりだったみたいで、あたしの言うことなんて聞き入れちゃくれなかった。
そのうちに妊娠していた絢子さんはアスカを産んで、1カ月経った日に店に出て――その間あたしや由美で手伝ったのよ―ー、ちょうどその日に、あいつ藤花亭に来てたのね。この頃はたまに藤花亭に来るようになってたけど。家もこっちの方に引っ越してたし。
で、おねだりしてアスカを抱っこさせてもらって、3人で撮った写真がこれなの。
香苗があたしも混ざりたいって言ってね、香苗と3人で撮った写真もあるんだよね。
と言われたのを受けて香苗が口を挟んだ。
「言わないでよ毬子さん。
あたしはまだ幼稚園年少のチビだったけど、大人になったらこんな素敵な恋人ができるんだなあ、って思ってたんだ」
エライマセた幼稚園児やな、それにしても高校生は大人じゃないじゃろう、と思った八木だったが、黙って話を聞いている。
で、あたしと過ごす一方でロンドン行きとバンド脱退を決めてて、話もどんどん進めてたんだ。やっぱり「行かないで」って泣いて。
夏休みの始まる日が出発日だって教わってたけど、由美が、正しい出発日を情報仕入れてきたんだ。1学期最後の日だって。
夏休みに入って2週間くらい経って、なんか夏バテ酷いなあ、と思ってて、それがあんまり続くんで、病院行ってみたら婦人科にも行けって言われたの。生理来てないことに気づいてなくってさ。
妊娠してたんだ。
由美と大将と絢子さんの怒りようと言ったらなかったね。うちの両親も東京出てきて怒ってさ、大将と絢子さんに怒りぶつけて――あんたたちが見てて何でこんなことになるんだって――、それでもロンドン行っちゃったあいつに連絡の取りようがなくて。携帯のない時代だから。
夏休み中つわりで寝込んでた。
それでも、今後子供授かるチャンスなんかないと思ったから、産むことにしたの。
体育見学することも増えて。
12月に後期つわりが始まって、妊娠が学校側にバレて、結局2年の2学期で学校辞めることになって。
祐介が生まれたのは3月29日のお昼頃。6時間くらいかかったかな。分娩室の廊下に藤井家みんなと由美がいてさ。藤花亭休んでもらっちゃって、あの時は申し訳なかったなって今でも思う。アスカなんかまだ歩けなかったし。
それから、定時制に編入して、3人で3人を育てる毎日が始まって。ひとりで3人連れて出かけることもあって。
思い出すな、たとえば4人でプールに行った帰りに雷が鳴ってさ、アスカはパニクるし、祐介は体力が余ってて遊び足りないし、小学生になってた香苗はアスカばっかりかまってるとむくれるし、で大変だった。
定時制行きながら本屋でバイトして、ハタチの時にもっと稼げる仕事ってんで銀座のお店に出てみようと思ったの。大将に言われた通り向いてなかったわ。
その後祐介やアスカも小学校入って卒業して、中学入って、一哉くんやみゆきちゃんに出会って、今年の春に八木ちゃんと出会って店を辞めた、ってわけ。
「そういえば俺、引っ越してきた日にこんなことがあったんですよ」
「なんだい?」
隆宏が相槌を打つ。
「税務署……ですか、そこの前でおじさんが倒れてて、野次馬がすごくて、そのうち着物着た女のひとが救急車呼んだ言うたんで野次馬は解散して、救急車がきてそのおじさんを運んで行って……って話」
「それあたし!」
「へ?」
「その着物着た女ってあたしよ! ほら」
と言いながら毬子は前髪をあげた。
「あー、毬子さんて、道理でなんか見たことある顔だと思ってたんだ」
「最後までいた若い子って八木ちゃん?」
「あー、はい」
大団円? になりかけたところ、
「ちょっと毬ちゃん、話はもう終わりかい?」
と絢子が言った。
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