第10章 Welcome Party 第4話

 結局、今回は特に大きなメールも 問題もなく、途中で現れた崎谷も毬子に関しては何も言わず、黙々と写植貼りをして、髪ボサボサ髭ボウボウになっていた。

「お疲れさまでしたー!」

 とみんなで頭を下げ合って終わり。

 ちなみに給料は翌月25日だ。立て替え金は給料と一緒に支払われる。マネージャーがいた頃は、2,3日で立て替え金が返って来たのだが、今は給与と立て替え金計算とをまとめてやってるので、知らない毬子以外は、早く新しいマネージャー決まって欲しいと言っていた。

 マネージャーは6月に辞めて、夫の中谷圭吾が、三津屋百貨店の仕事と別に必要な事務作業をこなしているらしい。八木と同じ日本橋店勤務である。これをはじめに聞いた時は、毬子は八木と知り合ったかどうかというあたりなので濃いリアクションはしていないけど。

 密かにマネージャー募集はしているようだ。


 りんだの仕事が終わった更に翌日、毬子は由美と藤花亭で会っていた。

「毬ちゃん久々やね。告白されて以来来てなかったでしょ。あたし誕生日過ぎちゃったよ」

 絢子さんよく覚えてるな、と思いながら、

「おめでとうございます。あのひとに提出する用の絵を描いていたんですごめんなさい。プラスりんだの仕事行ってたし」

「告白して絵の進捗遅らせるあたり酷い編集者じゃん」

 と由美は、友人だからなのか悪しざまに言う。

 由美は、カウンターの奥の厨房に向けてた姿勢を毬子に向き直らせて、

「それで? 進展は?」

「返事は急がないってさ」

「まあそうだろうね。集中力切らせておいてさ」

「おかげで絵に集中できそうなはずなんだけど、そううまく転ばなくて。全然集中できない。夏休みで祐介家に居るから3食つくるわけだし」

「あんたさ、もうひとり子供産む気、ある?」

「……え?」

 毬子は真顔で由美を見た。

「考えたこともなかったという顔だなそれは。考えないと、すぐタイムリミット来るよ」

「由美こそ」

「あんたの方が将来的に不安だってみんな言うだろうね」

「……」

 やりこめられて、どう打ち返すか毬子が悩んでいると、携帯電話が鳴った。Mr.Childrenの「YOUTHFUL DAYS」のメロディ。

「あ、あたしだ」

「また着メロ変えたの?」

 言って毬子はバッグを漁って携帯電話を出す。出ている名前は弟・信宏のものだった。

「はい」

 と言いつつ、毬子は立ち上がって店の出入り口へ行く。

『あ、俺だけど。フォボス社……看板の会社から連絡があって、姉ちゃんの絵で行くって言ってるからも一回打ち合わせしたいんだけど……』

「りんだのアシスト仕事が始まったから忙しんだよ」

『他にもアシスタントがいて、そのひとたちは自分の原稿も描いてるんじゃねえの?』

 正論だ。

『次りんださんの仕事いつ?』

「……9月第1週」

『なら少し時間あるじゃん』

「りんだの担当さんに提出する絵もあるんだっての」

 由美は立ち上がって、小声で、厨房の絢子に「お茶2つ、冷たいとありがたいです」と言った。

『ホントに忙しいのね……次の日曜どう?』

「おけ。場所は」

 また藤花亭指定してくるだろうな、とは思う。

『藤花亭』

「今いるから帰り際に予約しとくわ」

『えー。大将や女将さんによろしく言っといて』

「おけ。じゃあね」

 P! と電話を切って、席に戻ると、冷たいお茶が来ていて、ああ喉が渇いてたんだ、と喜んで飲んだ。飲んでから、

「大将、日曜日予約したいんだけど。信宏と」

「オーケー」

 笑顔を浮かべる絢子が「ありがとう」の形に口を動かしている。

 由美は冷たいお茶を飲んでいるが、毬子は、

「そろそろ帰る?」と持ち掛ける。

「うん、あんたは仕事大丈夫なの?」

「仕事になるかわからない絵の締め切りがね。

 エータローの件は続報は?」

「ナイ」

「そか」

「じゃあそろそろ解散する?」

 と言った時、店の扉がガラッと開いた。

「いらっしゃいませー!」

「こんばんは……」

 八木だった。


「お疲れさま、あたしたちはもう帰りまーす」

 と八木と藤井夫妻に挨拶をして、毬子と由美は別れた。

 藤花亭にもう少し居れば良かった……という気持ちにかられた毬子だった。

 ええい、絵を描かなくちゃ! 時間かかり過ぎ!


 モノクロームで、バストアップと全身像、男女1枚ずつ計4枚、というのが、崎谷につけられた注文。

 1枚は座っている構図の方がいいな、と女子の全身像は椅子に座っている構図にした(時間がかかっているのはこれのせいもある)。男子の全身像は、右手を目のあたりにかざして、日光を避けている図にしてみた。女子の2枚は、頭上に壁掛け時計がある。女子のバストアップは、わざと真顔にして、履歴書用証明写真をイメージしてみる。男子のバストアップは口元がかすかに笑んでいる。


 由美には、こんなメールが来ていた。

 白石エータローの凱旋取材に行くライターや編集者、媒体名を彼に送ったという。由美の名前も彼に渡ったという。

 由美は今年、「ライターユミの時々暢気な日常」というタイトルの音楽ブログを始めたのだが、そのブログのアドレスも送ったようだ。


 毬子は、

「ええい、見切り発車と行くか……いや、その前にりんだに見せるか……」

 と思い立って、りんだに、

「もしもし、あたし、毬子。実はあんたに見て欲しい絵があるんだけど、会えないかな?」

 とメールをしてみた。

 折り返し電話がかかってきたのは翌朝だった。

「崎谷さんに絵を出すんでしょ? 電話で聞いた。なんで言ってくれなかったんですか。いいですよ見ます」

 という返事。

 デジタル時代なら圧縮してメールで送っているところであるが、この頃はまだ2人ともアナログなのである。

 りんだは、

「土曜の昼間なら」

 という話だったので、土曜の昼間に藤花亭である。

 絵はクリアファイルに入れた。スクリーントーンが剥がれたり移らないように気を遣いながら。

 座敷に座ってりんだを待つ。


「いいじゃないですか。先輩の個性もよくわかるし」

 4枚をかわるがわる見ながら、りんだは言う。ウーロン茶を飲みながら。時々ファイルをめくったり。

「2枚ともここに時計を置いたのは、ふたりがたとえば同じクラスとかだから?」

「あっ、気づいてくれた?」

「そういうところでストーリー性持たせるのもいいじゃないかと。制服を揃え……てもいますね」

「履歴書用の写真イメージしたりとかさ」

 全員同じ、ベタ塗ったブレザーに、タータンチェックのボトムスだ。といっても、全身像しかボトムは見えないけど。座っている娘はスカートで。

 衣装を考えるのが面倒だったというのもあるのだが、タータンチェックは時間がかかった。


 この時由美は、ひとり優雅な土曜の朝と洒落込んでいたが、仕事用のパソコンを立ち上げてみると、送られてきたメールにあっとなった。

 タイトルは「俺の知っているイワブチユミに届きますように」。

「こんにちは。凱旋ライヴで会えることを祈っています。

 ブログ見ました。

 昔ライヴによく来てたあのユミなのか?

 毬子は元気ですか?

 毬子にも会いたいので、ライヴに来るよう伝えてください。パス都合しますので。

 じゃあまた」


 !!!!!

 本人からメール来ちゃったよ……。

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