第10章 Welcome Party 第3話
崎谷の表情が少し緩んでいるように感じられる。
ウーロン茶とコーラを頼んで。
「由美からいろいろ聞きましたよ」
「あーそうしましたかー」
と言いつつもなんとなく表情に真面目さがない崎谷。
「奥さまいらっしゃるそうじゃないですか、あとお子さんも」
「え、あいつ知らないの……離婚とっくに成立しましたよ。去年の春に」
「そうなんですか?」
毬子は露骨に驚いた表情を浮かべた。
「岩渕とも久しく飲んでないからなー。『まりあ』に移ってから忙しくて、すれ違いや子供の世話を全部彼女に任すことが増えちゃって、彼女の怒りが爆発して、ね」
言いながら崎谷は頭をかいた。
「『まりあ』にはいつ移られたんですか?」
「3年前の春です。岩渕とはそれからずっと飲んでないからなー、マメに連絡もしないし。
こないだ三村とは昼メシ食ったんですけどね」
「そうですか……」
「他に何か聞きたいことありますか?」
と言ったところで、ウーロン茶とコーラを店員が運んできた。
ひと口飲んで、
「お子さんは奥さまが引き取られたんですか?」
「はい。小さい頃から僕にはあまりなついていない子でしたから」
子供なついてなかったか。と毬子は考える。そこは気になる。
そのまま会話はそこそこ盛り上がる。しかし毬子は、三村と由美の本当の関係をしゃべらないように緊張しっぱなしであった。
「返事は急ぎませんよ」
という崎谷の発言に、
「ゆっくり考えますね」
と応えた。
その夜中。
「由美? 崎谷さん去年の春に離婚が成立してんだって。また飲みに行こう」
携帯電話に電話しても出ないので、留守番電話とメールに同じメッセージを残した。
りんだの仕事が終わったら藤花亭で、という、メールが返ってきて、OKの返事をした。
土曜の朝。りんだたちとの仕事第2回目になった。スカッとしない表情の毬子。
「どうしましたー? 元気ないぞー」
とりんだに軽く言われたが、集合時間の午前10時になると、顔つきが引き締まった。
今回は、32ページ。枠線は全部引き終わっていて、主線と人物の顔の中は7ページ入っているとのこと。扉はカラーで、入稿済み。
「前回から同じ服を着ているキャラクターは、その場面が終わるまで同じひとが担当してください。シャルロットのドレスは……みわちゃんだっけ?」
「あー……はい」
同じ先生のところでも違う作品もあるから思い出すのが大変なんだな。
「あ、じゃあみわちゃんこっち来て」
とりんだはみわちゃんを手招きする。
今回の仕事は、みわちゃん曰く、
「レイちゃんは建物を描いてください。毬子さんはリェーナの髪にベタ塗ってください。亜美ちゃんは家具を描いてください。リョータくんはゴイラの61番トーン貼りお願いします。まもちゃんはブリジットの髪のトーンお願いします。百合ちゃんは小物描いてください。携帯とか腕時計とか、シャルロットの部屋のオルゴールとか手鏡とか」
「はーい」
最初の仕事の配分を聞いて、それぞれの机に散っていく。
ベタ、とは黒く塗ることである。
ゴイラ、とは、メインのロボットパイロットの1人、ジャックの乗る、彼専用のロボットである。ブリジットは女子ロボットパイロット。
現代から300年後をイメージした作品だからか、携帯電話も描かれるのだ。「ウッドハウス物語」より、この作品の方が現代日本に近いので、目につくものを使うことが出来る。
「61番トーン残り3枚です」
とリョータくん。
「先生に言っとくね」
と言ってみわちゃんは、自分の机の上にある内線電話の受話器を取り上げ、
「先生、61番トーンが残り3枚とのことです」
『電話で在庫あるか聞いてみる。注文もするけど、聞いてみてお店にあるようだったら誰か買いに行って。他に減ってるのない?』
みわちゃんは受話器を押さえると大声で、
「他に減ってるのありませんかー?」
トーン棚の一番近くにいるリョータが、抽斗をすべて1度ずつ開けて確認してから、「ないです」と言った。
みわちゃんがないとりんだに伝えて5分ほど経つと。
『在庫あるって。誰か毬子先輩連れて行ってきて。毬子先輩自転車だから自転車のひと。あと、今日暑くなるみたいだからなにか買ってきて。プラスお昼に焼きそば食べたいから麺も。領収書くれれば後で返す』
相変わらずあの画材屋贔屓なのかな? と思っていると。
「じゃああたし行きます」
とレイちゃんが言った。
レイちゃんと毬子で行くことになった。
「道はなるたけ今憶えてくださいね」
というとレイちゃんは、止めてある赤い自転車に鍵を挿し、デニム姿で勢いよく銀輪を軋ませた。ひとつにまとめたウエーブの髪が揺れる。
昔りんだと来たことがある画材屋だった。
職場用の買い物なのでウキウキも少ない中、
「ほんとに暑いですね」
「うん」
「アイスかなんか買っていいんですよね?」
「そうだっけ」
「はい、あ、2回分買っとこう」
言って2人はスーパーに入っていく。
大塚愛の「さくらんぼ」がかかる店内で買い物をし、さっさか職場に戻ろうとする。毬子は本音を言えば、溶け始めると食べづらい棒アイスよりみかんゼリーの方が良かったが、贅沢は言うまい。
買ってきたものを冷凍庫冷蔵庫に入れて、宇多田ヒカルの「Automatic」がかかる仕事部屋に入る。
「アイス買ってきましたよー。3時のおやつにしてくださーい」
わっ、と声が沸いた。
午後1時。
「毬子さん、そろそろお昼お願いします」
みわちゃんに言われて、台所へ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます