第10章 Welcome Party 第2話

 今度の週末はまた、りんだの仕事がある。今度は崎谷が担当している「サヨナラの翼」。

 それまでは崎谷に言われた絵に取り組むが、集中できない。

 離婚が成立してない状況で告白しないで欲しいなあ。

 犬みたいに、首を左右に振って、再び絵にかかる。

 集中できないわけだけどさ。


 結局あとひと息のところで絵が終わらぬまま、りんだのアシスタントの飲み会になった。場所は業平橋駅前の「ハロー」。まず午後5時25分に駅前に集合。

 皆小綺麗な服を着ている。

 中でもチーフアシの「みわちゃん」は、コンタクトを入れて、髪を下ろして緩く巻き、淡いピンクのカットソーに白いデニムパンツだった。なかなかの変貌ぶりだ。

 みんなまずドリンクを注文する。

 ドリンクが皆に行き渡った。

「レイちゃんとリョータくんじゃんけんして。負けた方から時計回りに自己紹介してね。勝った方から歌おう。その前に一度乾杯しよう。みわちゃん音頭とって」

「ではご紹介にあずかりまして……皆さんグラス持ってください……いきますよー、毬子さんのスタジオアップル入りを祝って……乾杯!」

 みわちゃんの音頭の後。

「はい、最初はグー、じゃんけんぽい!」

 りんだの指示のもと乾杯をした後で、名前の出た2人はじゃんけんをして、「レイちゃん」と呼ばれている女の子から自己紹介タイムが始まった。みんな自分の挨拶の終わりに頭をしっかり下げた。

 

「坂巻麗子です。ペンネームはレイです。別冊マリィゴールドの先生のところにもアシに行ってたり、同人でBLEACHの一護×ルキアやっててそっちのが忙しくて、自分のオリジナル描いてる暇がないのが最近の悩みです。個人サイト持ってます。よろしくお願いします」

「あれ、レイちゃん今ユーコと同じジャンルだっけ」とりんだが口を挟む。レイちゃん頷く。

 ユーコのこと知ってるのか。

 ちなみに、ご存知ない方のために書かせていただくが、ここでの「ジャンル」とは、同人誌即売会で頒布する場所を取るのに必要で、メインでやってる作品傾向を、主に二次創作の原作タイトルやキャラクターの名で表現している。二次創作とは先にも書いたが、おおむね、勝手に番外編・スピンオフや、活動する作品のキャラクターでオリジナルストーリーを描くことを指す。◯◯中心、という言葉で、メインで描きたいキャラクターを指す。コミックマーケットのような大きな即売会だと稀に、原作者が自分の作品でいち参加者として出ていることがあるので要注意だ(りんだはやったことがない)。また、ライトノベルのイラストレーターが自分で絵を描いたヒット作をネットでも同人誌でも二次創作しているケースもある(それが公式になってしまった例も一つあるのだが、そこには深入りしないで話を先に進める)。

「ペンネームが百合、本名は有末寛子と言います。セーラームーンのレイ×亜美をやってたら、ここのアシスタントにレイちゃんとアミちゃんがいる上に、自分のいるジャンルの大枠が『百合』という名前であることが最近わかってまずいことをしたと、ペンネームを変えることを悩んでます。三鷹美大2年で、個人サイトも持ってます。よろしくお願いします」

「百合ちゃん」と呼ばれている娘は、頭を下げながら苦笑いを浮かべつつ、名刺を出して毬子に渡したのでみんなあっという顔をした。名刺を持参することを思いついた者は他にいないらしい。彼女がおそらくこの中で一番若いだろう。三鷹美術大学は、有名イラストレーターをよく輩出している大学だ。

「ペンネームは柿の木レモン。本名は楠木護です。ここに入ったら、アミちゃんとレイちゃんがいて、りんだ先生セラムンも好きなものだから、面白がってまもちゃんと呼ばれてます。同人では最近『東方project』の二次創作始めたところです。よろしくお願いします」

 身長は毬子くらい、髪が耳にかかるくらいのあまり男っぽくない感じの青年だ。「東方project」は後に一大人気ジャンルになる、同人作品だったシューティングゲームである。二次創作を全てOKしていることでもオタクには知られている。

 CD,ゲームなども、オリジナルのものが即売会で頒布されているのである。そういったものは枕に「同人」とつく。

「ペンネームは亜美、本名は山際唯です。ここに入ったらレイちゃんがいた上にまもちゃんもあたしのすぐ後に入ってきて、レイ×亜美やってる子もいるんで最初面くらいました。ガンダムWやってましたが、最近とあるアイドルにハマって、そっちで活動しようか悩んでます。よろしくお願いします」

「池永美和です。ペンネームは本名のひらがなです。ここに入って5年になり、今ではチーフアシやらせてもらってます。同人とバイトとアシスタントの三点両立に悩んでます。ジャンルはオリジナルJUNEと、最近『涼宮ハルヒシリーズ』にハマって本を買ってます」

 オリジナルもジャンルのうちである。文字通り創作(二次創作に対して一次創作ともいう)。JUNEとは男性同士の友愛恋愛関係を描いた作品の古い表現だ。最近はもっぱら「BL」と呼ぶのだが、そのジャンルの一次創作作品は今でもオリジナルJUNEと呼ぶことがある。

「春内リョータです。漢字は亮太、南海キャンディーズの山里さんと同じ字ですけど、実は医学的には性同一性障害というヤツで、女名前の戸籍名がまだあります。でもリョータで統一したいんで、リョータでお願いします。ジャンルはオリジナル青年漫画と、たまにエロも描きます。よろしくお願いします。今年中に戸籍の名前をリョータに変えたいです」

「え、そうなの?」

 毬子は驚いて声をあげた。頭をあげたリョータくんは、

「はい、みんな知ってますんで、1人だけ取り残されないようにと思いまして」

「なるほど」

 思わず声が出た。

「リョータくん」、声も、半袖から出る筋肉もまるっきり男の子だ。まもちゃんより彼の方が髪が短い。

 ただし毬子のほうが頭半分背が高い。

「次七瀬さんですよ」

と言われて、毬子は慌てて立ち上がる。

 みんな何か、創作の悩みを話してたな。

「七瀬毬子です。りんだ……さんとは中学の先輩後輩で、彼女が作った同人誌に原稿描いたり、コピー本作ったり投稿したりしてたんですが、高校2年の時に別れて間もない彼氏の子を妊娠したことが判明して以来、絵は年賀状にちょこっと描くくらいだったんですけど、仕事を辞めたところにりんださんの手伝いをして、継続的にやって欲しいと言われたのと、子供も大きくなったので、思い切って飛び込みました。自分の絵が本当に通用するか自信はまだないですが、学生時代に齧った同人誌も作ってみようと思ってますし、パソコンでも描いてみようと思ってます。皆さんいろいろ教えてください」

「ハイ、先輩早くみんなの名前覚えてね。さー飲んでねー。もっかいカンパーイ!」

「カンパーイ!」

 再び皆でグラスを打ち付け合った。

 まもちゃんが内心、毬子のプロフィールのヘビーさに負けていたことはここだけの話である。

 その飲み会では、リョータくんに「七瀬さん背が高くていいなあ」と羨ましがられ、りんだに風邪どう? と聞かれ、他のメンバーに「どんな作品が好きですか?」と聞かれているうちに、

「遅くなりましたー」

 と言って入ってくる者がいる。

 崎谷だった。

「ドーリアン・マガジンズの担当の崎谷健太郎さん。あたしの結婚式の日に会ったんだって? あと、『まりあ』に移動してくる前は『ROKETS』で由美さんと仲良かったって聞いてない?」

「由美といる時にも会ったから。りんだ気を遣い過ぎだよ」

「そーお?」

「どうもすみません」

 崎谷さんが謝ることじゃないのでは? と思うが黙っている毬子。

「あ、鷺沢さんは来ないって」

「鷺沢さんって?」

「清新社の担当」

「なるほど」

「次七瀬さんじゃないですか?」

「あ、はいはい」

 隣にいたリョータくんに言われ、慌てて毬子は、hitomiの「SAMURAI DRIVE」を歌い始めた。

 

 手の空いてる時に、「後で少しいいですか?」と崎谷にショートメールを打つ。メモを書くと皆にバレるから。

 アニソンとV系を半々ずつ歌い終わり(崎谷が歌ったミスチルや、毬子の選曲が浮いていた)、午後10時に宴は終わった。

 りんだが領収書を切ってもらってる横で、毬子の隣に崎谷が来る。

 誰も見てないでみんな外へ出た。レイちゃんの長いウェーブの髪が揺れてる。

「あたし一度ここを出て途中まで歩きますから、おてんば屋入っててください」

 と小声早口で前を向いたままで崎谷に言った。


 カウンターに居た崎谷の横に立って、

「すみません個室開いてませんか?」

 と毬子はカウンターの中の店長に質問した。例の、初夏の頃に、バルサンを炊いたのに警備会社とハローに連絡するのを忘れて、大騒ぎを引き起こした店長である。

 開いてるというので、案内してもらった。

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