第13章 Unsales Talk 第2話
毬子はすぐさま、コンビニで履歴書を購入してきて、思い出し思い出し書いた。今日の日付入れちゃったから、スタジオアップルも書くか。
(りんだはアシスタントとの組織を会社にしている漫画家で、スタジオアップルと名前を付けている。売れている漫画家にこういう漫画家は多い。少年ジャンプあたりの漫画家のイラストを見ると、著作権を主張するところにスタジオ名が出てくるのが例としてわかりやすいだろうか)
書き終わると、未使用のクリアファイルを探して、入れておく。写真を撮りに行ったついでに藤花亭でお好み焼きを食べてしまうので猶更体重は増える苦笑
「はい、どうぞお納めください」
おてんば屋の個室。オーダーを取った店員がいなくなると、毬子は恭しく履歴書入りのクリアファイルを出した。
「ありがとー。いやあ、崎谷さんも旦那もやけに強硬に出させろって言うのよ。組織に属してると頭硬いのかね」
「スタジオアップルだって組織じゃないのか」
「一応会社組織だけどねえ……」
言ってりんだは、ぐいっとビールをジョッキ半分ほど一気に飲んだ。
よく見ると、独身時代より少しふっくらしたかもしれない。
細身が売りの子だったけど。
「そういや崎谷さんとこの話すると妙に赤い顔してたけど、2人何かあったんですか?」
そうきたかー。
毬子と崎谷の2人をつなぐ人間に、何も教えないのもマズイから、
「崎谷さんに告白された。でこないだ、崎谷さん親子と祐介と4人で花やしき行ってご飯御馳走してもらった」
これを話すのに毬子には、少し勇気が要った。
「えー! そんなことになってたの? しかし、由美さんと崎谷さんと、確か律子ちゃんの旦那さん? が元同僚の友達で、崎谷さんがあたしの担当で、毬子さんと律子ちゃんが姉妹で、毬子さんと由美さんがマブダチで、そのお2人とあたしが先輩後輩で、ってなんて狭い人間関係」
毬子はチャンスだとばかりに、声をぐっと低くしてこう言った。
「……もっと狭いこと言うよ。由美と三村さん、不倫してるんだよ、律子の旦那さん」
「えーっ! ホントに人間関係狭すぎる」
とりんだは呆れた。
「それでね、元は祐介の夏休みの宿題のわからないところを聞くために律子を呼んだんだけど、それがわかって家に帰りたくないって言ってさ、時々取手に帰って荷物送ってくるんだよ」
「うーん……」
「律子の性格考えると、三村さんにも同情の余地はあるんだけどね」
「どういうことですか?」
質問してりんだはビールをまたひと口。
「律子って、三村さんに、支えてもらって、甘えて、頼って、精神的におんぶにだっこって感じだからさ、三村さんが由美を頼りたくなったのもアリなのかなと思ってさ。まあ、今から言うことは律子に言い忘れたんだけど、由美、最初から情熱がないと言ってる」
「夫婦の関係がだんだん情熱がなくなってくのに似てるんじゃないですか? あたし不倫したことないからわからないけど。あ、グラス空だ、なんか他に頼みます?」
「あたしも不倫したことないからわからんのよ。最初から情熱がない不倫なんてそんなのあんのかと。ライムサワーとシーザーサラダ」
「……」
りんだは考え込んでしまった。漫画家という職業柄か、恋話の好きな女だが、初めて聞くケースなのだろう。ちなみにりんだは、恋話に限らず、ひとの、半生記というか人生に関わる話はたいてい楽しく聞ける人間である。基本的にひとが好きなのだ。漫画も小説も映画もドラマもゲームも等しく好きだが。
「それであんたに聞きたいんだけどさ、結婚、どう? してみて」
「……どうって?」
「この不倫、藤井夫妻にこないだバレたんで彼らに言ったんだけどさ。夫婦って、支え合って頼り合って、ってものじゃないんですか? そうじゃなければ頼られるばかりだった方が潰れるでしょ。三村さんは潰れる前に由美に逃げたんだ、って」
「ふむ」
と相槌を打ってりんだは、またジョッキをぐびっといった。ジョッキが空になったのでブザーを押す。
「それで、りんだのところはどう? と思ってあんたと飲みたかったわけ」
「なるほどねえ……。
今回の、履歴書の件は、ダンナに支えてもらってるなあという気はする。
ダンナが最近帰りが遅いんだけど、それは甘えさせたりしてるよ。
うちはまだ新婚だから理想的なのかもしれないけど」
「あんたんとこ年の差は?」
三村と律子は7歳離れている。離れていると言える年の差だ。それが生んでしまったのかもしれないなと思いながら毬子は問うた。
「ないです。同い年。可愛いとかはあんまり言ってくれないけど」
「なるほど」
と毬子が相槌を打ったところで、店員が入ってきて、
「失礼しまーす、ご注文は」
と言った。
りんだがビール、毬子がライムサワー、シーザーサラダを頼むと、店員は消える。
その後は、アシスタントの話とか、最近のアニメの話などを話した。リョータくんにはびっくりした、とか。
プラス。
「先輩今大きなカラーイラスト描いてるんですよね? だったら……」
と言って、質の良い紙のことや、提出は印刷ならキンコーズ、データならUSBメモリがいいことなどを、りんだは毬子に教えていた。
「嫌。話したくない」
鍵を開けて家に入ると、険のある大声がした。女性の声。
律子が大声を出している?
まさかこの娘がこんな声を出すなんて。
「考えさせて。じゃあね」
P! と電話を切る律子。
「あ、お帰りお姉ちゃん」
「電話、三村さん?」
「うん」
「話し合った方がいいよ」
「お姉ちゃんにはわかんないよ」
カチンときた。そりゃあたしは独身で、結婚についてわからないことはあるけど、この娘の姉なのだ。
子供も産んだことあるし。
前職柄、男は妹よりいろいろ見てるし。
「あんたに頼られてキツかったのはわかるよ」
「なんだって?」
「だって律子、三村さんに求めてばっかりなんだもの。頼って、当てにして、甘えて。おんぶにだっこ。夫婦って、支え合って頼り合って、ってものじゃないの? そうじゃなければ頼られるばかりだった方が潰れるじゃない。三村さんは潰れる前に仕事と由美に逃げたんだ」
止まらない。
「だけどこれ全部、姉としては律子に言いにくいから今まで黙ってた。姉だから、律子の依存心の強さも知ってるし。それを知ってる分三村さんの重荷に思う気持ちもわかるというか。まとまってないけどこの辺。
結婚したことないから夫婦については想像だけど。浮気する方が全面的に悪いのかもしれないけど。
由美に言わせれば最初から情熱はないらしいけどね。
だからあたしはこの件、誰の味方もしないからね」
言い切った毬子である。
本当は、誰の味方もしないと言いたかったんだ。
今気づいた。
まあ、律子に住むところを与えてる辺りは、律子の味方と思われても仕方ないけれども、極端に交友関係の少ない女だから、姉が手を差し伸べないと。毬子がいない時の祐介の世話という用向きもあるし。
「寝る! おやすみ!」
縋った家出先でも味方してもらえない律子は、哀れかもしれない。
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