第13章 Unsales Talk 第3話
とりあえず、27歳で、結婚歴はあるけれど、職歴のない女をこれからどう自活させるかだよなあ。三村さんとよりを戻すにしてももう少し自立させないとまずい。
人見知りをなんとかして貰わないとどうしようもないか。
ノートパソコンでネットサーフィンを始める。
ふと、職業訓練という文字が目に入った。
なるべく藤花亭に行かせて、あとは職業訓練かな……。
本人がやる気にならなきゃどうしようもないけども。
でもって客商売や営業はさせられない。と思ってたところで……
RRRRR とミスチルのメロディが。
「はい」
『フォボスの山内です。七瀬毬子さんの携帯ですか?』
「あ、お世話になっております」
弟も同じ七瀬だから、フルネーム言うしかないのか、と内心で気づく。
『作業進んでますか?』
「パソコンが重くって……パソコンで絵をかくのにまだ慣れてないのに……」
『七瀬さん、パソコン、ノートですか?』
「はい」
『デスクトップに変えてみたらいかがですか?』
「……」
デスクトップ、繋げれてないのが1台ある。
「繋げれてないんですよ……この間ビックパソコン館で店員に勧められて買ったんですけど」
『時間あったら繋ぐ手伝いに行くんですけどね……看板、来年元旦には上げたいんで、11月中旬にはお願いします」
「はい……」
それから二言三言で電話を切った。
自室の床に置いてあるデスクトップパソコンとモニターのことを思った。
翌日。
「あんたは今日からなるべく藤花亭に行って、初めての人と会おう」
「えー」
律子は膨れた。
「何をするにも人と会うにも初めてがあるし初対面があるでしょ。それをクリアしないとどうしようもない。最初は、声を出さないで、頷くだけでいいから。あたしと2対1でいいから。それで少し慣れたら職業訓練行きなさい。あんたパソコンやるんだっけ?」
「使えない……」
「ネットも?」
「やらない」
ネットを通して人と話して、それで少しでも慣れてればねえ……
と。そのネットをやる道具を繋げなくてはいけないけど。
居間の隅にあるデスクトップと液晶型モニターと、コードいっぱい。
その時。
RRRRR
「あたしだ、ハイ、信宏?」
毬子は居間を大股で歩きながら弟からの電話に出る。
『もしもし、例の絵だけど、年明けすぐには飾りたいから11月中旬には仕上げてくれン?』
「今山内さんから電話あったよー。ステレオでプレッシャーかけるなよー」
『こないだのラフでいいっちゅーたじゃん』
「わかった。頑張ってみるよ」
『ギャラ分捕れるよう頑張るから』
「なにそれ。頼りないなあ。きょうだいでもちゃんとしてよ」
『後、デスクトップパソコンで作業してくれって』
「こないだ買ったけど繋ぎ方わからなくて放置してるんだよな……」
『繋ぎに行ってやろうか?』
「それよりギャラ分捕れるよう頑張って」
『了解』
電話を切った毬子は、もうすぐ出ようかな、と思いながら席に戻った。
ひとに慣れる訓練ということで、まだ膨れる律子を連れて藤花亭の扉を開けると。開店直後と言っていい11時半。
「いらっしゃいませー」
「あ、こりゃあたしは知ってるメンツだ」
「毬ちゃんうっす。どしたのそれ」
「律子の対人訓練よ。ほら挨拶」
「あ、こ、こんにちは……」
「いらっしゃい、律っちゃん」
「おっす毬ちゃん、どしたん若い娘連れて」
プレスリー爺さんである。禿げた頭に白いタオルを捻り鉢巻きさせていた。今日もよく日に灼けている。
「妹よ。律子っていうの。人見知りだから爺さんなんか相手にしないよ。だいたい結婚してるし、爺さんが思うほど若くもない、というか、爺さんの娘と変わらないんじゃないの?」
「ありゃ」
「でもま、今日はちょっと付き合ってよ。
ハイはじめまして。こちらは、常連みんながプレスリー爺さんて呼んでるひと。カラオケの十八番がプレスリーだから」
というと律子は、深々と頭を下げた。
指示されないで、声は出さないが頭を下げたのは上出来かもしれない。
「ちょっと深いけど、まあ良し。今日は声出さないかもしれないけど、まあ勘弁してやって」
言葉に合わせて、律子と爺さんの双方に顔を向ける毬子。
プレスリー爺さんは、なんだか難しそうだなあと思ったが、毬子のことを気に入っているので、毬子に免じて、受け止めることにする。
「本当は矢島な」
と自分の本当の姓を言って、厨房の藤井夫妻が驚いていた。
律子が、先日藤花亭にも現れて爺さんと怒鳴り合いをしていたプレスリー爺さんの次女と同じ年だということが判明して。
「じゃあ中学同じだったん違う? 矢島ってんだけどそんな子いなかったかい?」
と爺さんは言ったが、
「それはないよ。うち父親が転勤族で、この娘中学名古屋だから」
「あー言ってたな毬ちゃん。ごめんな。でもうちのも結婚決まってなあ、もうすぐ静岡行っちまうんだよ。残念だったなあ、友達になれたかもしれんのになあ」
「おめでとうございます。娘さんこないだその話をしにいらしてたんですか?」
と絢子がですます調で口を挟んだ。
毬子が八木に自分の過去ーー祐介が生まれる時の話をした直後のことである。
「そーゆーこと。ありがとな。娘に言っとくよ」
と言う爺さんは、赤黒い顔をいつになくだらしなくさせていた。
父親の世代の、かすかにスケベ根性も見えなくもない、という男性と、毬子と3人で会話をしたというのは、律子には新鮮な体験だったようだ。毬子の父親は今62歳で、プレスリー爺さんは60歳と言っていたので。
この時爺さんは、藤花亭で初めて、一度離婚していると自分の身の上を少し語った。
「爺さん、経験あるなら今度は離婚について聞かせてよ」
「それはまだしゃべりにくいなあ」
「そか、ごめんね」
律子の後学のために聞こうかと思ったのに。
プレスリー爺さんが明日は早いから帰ると言って帰ると、隣の男性に話しかけてみる。が、当たり障りのない話ばかり、しかも最近は秋晴れが多いので、天気の話も膨らまない。イワシ雲がどうのと頓着できるほど地学に詳しくもないし。
ガララッ。
「おっ、崎谷さんいらっしゃい」
言われて姉妹は扉を見た。
こないだお姉ちゃんとデートしてた人かな……? あ! と律子は思い出した。
「こんにちは、そちらは…?」
「崎谷さんこんにちは、妹です。三村さんの女房ですよ」
「お久しぶりです」
律子が自発的に口きいたぞ家族と藤井夫妻以外で!
ドキドキしつつ見守りに入る毬子だった。
「お久しぶりです。まりあに移ってからは遊びにも行けないで……」
「いえいえ、今こっちに来てるんです。甥の勉強見るんで」
「そうなんですか」
崎谷と律子は頭を下げ合った。
おおおっ? ちょっとイイ感じ?
「パソコン……ちょっと時間ないなあ」
毬子がデスクトップパソコンを繋げられないので使いこなせていないという話を聞いて、崎谷が導き出した答えがこれだ。
「どうかなさったんです?」
「今月漫画スクールの担当もしてて投稿作読まなきゃいけないから忙しいんですよ。これから大内先生の読み切りも取りに行かなきゃいけないし。七瀬さんのお宅にもいってみたいんですが」
「次大内先生の読み切りあるんですか、楽しみです」
大内蓉子という名前で、よその大手出版社が発行する少女漫画誌のレギュラー連載作家だが、長期連載が終わったばかりなせいで今は連載をしていない、という漫画家が、今回まりあに読み切りを描くというのである。毬子も連載作品は欠かさず読んでいる。24年組のすぐ下の世代で、大物と言って良い作家だ。割と原稿は遅い方。
「今のパソコンいつごろ買ったんですか?」
「2000年です」
「パソコンで5年もすればもう古いから、変えて良さそうな頃だけど……すみません」
会話は続かない……ところへ毬子が。
「そういえば、翔平くん元気ですか?」
「あれから会えてないですよ、まだひと月経ってませんもん……あ、あの後電車の中でお姉ちゃんにバンソコのお礼言っといて、て言ってましたよ」
「そですか……お姉ちゃんなんて……気を遣われてるんでしょうか?」
「あー、そこらへん小学生らしくないんですよねあいつ」
律子がどうしようと思いかけたが、人見知りの妹にそこまで心配させっぱなしの姉ではない。
「お母さまが教えたんですかね」
「どうでしょう……僕は花やしき楽しかったですけど、小学生はどう思ってるか知れたもんじゃないなあ」
そうかもね、と思った後で。
弟がパソコンをつないでくれると言うのを断ったことを後悔し始めていた。
由美に習おうかな。
パソコンのことを考えてしまっての少しの沈黙の後で。
「すみませんね、この子人苦手なんですよ」
と言いつつ、双方に疎外感は感じさせないようにしなくてはならない。
自分の実力不足を妹のせいにしただろ、と律子は内心で思っていたが口には出さなかった。
崎谷が豚玉とビールを頼むと、律子の話に戻る。そういや三村ん家遊びに行っても愛想笑いして酒に付き合うだけだったな。と思い出す崎谷。
「ネットもやらないんで、ノートパソコンが開いたらあげると言ってるんだけど。デスクトップ買ってもひとりで繋げれなくて……」
悩みの種のもうひとつ、パソコンに話が戻った。
「時間あったら七瀬さん家に繋ぎに行くんですけど……」
と言ったそばから、RRRRR
崎谷が携帯電話を取った。着メロはシンプルな着信音。
「はい、え? 原口先生が事故?
……わかった、今から行きます」
「原口先生って『キミに決定!』の?」
『キミに決定!』は、まりあの現在の看板連載である。青年脚本家とギターを弾く少年の、ぶっちゃけて言えばボーイズラブである。BLはこれひとつだけで、作家が思い思いになんでも描いている雑誌なのだが。
「車で人身事故に遭ったらしいんです。豚玉お2人に差し上げますよ、すいませんお勘定してください」
と言って崎谷は颯爽と立ちあがった。
豚玉が来た時既に崎谷はいなかったので、持ってきた隆宏が目を白黒させていた。
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