第16章 My mother falls in love 第1話
はじめての、特別なふたりだけの夜。
見つめあって、何度も抱き合って、お互いの素肌を頬で、掌で、身体全てで味わった。
「八木ちゃん、明日も休み……?」
「休みじゃ」
ぎゅ……と八木に抱きつく毬子。
「離れたくないな……」
裸のまま同じ毛布の中で、囁き合った。
好きだよ……
好きだよ……
好きだよ……
2Kの部屋に漂うとろりと甘い空気。
毬子は心底満ち足りた気持ちになっていた。
この2人、平日休みの仕事なので八木が休みでも問題はなかったが、毬子には同居している家族が2人もいる。その2人にバレずに帰れないものか……ということに、目が覚めた毬子は気が付いた。
「んー? 何時……? 6時か……」
ドキドキして眠れなかったような気がするけど。
新しい相手と共寝するとこれはたいてい同じだね。
と。のんきなことを言っている場合ではないい!
「どうした、顔色が悪いけど」
「朝帰りして家族に会うのがきまり悪くて。あたし高校からひとり暮らしだったから、親にバレないようにこっそり帰るってスキルが全然ないのよ。そういうのは香苗や瑞絵ちゃんの方が得意かもね。親とも祐介とも同居してる時は朝帰りしなかったもん、あと、うち6階だから不可能かこれ……」
禁を破ったことになる。
「祐介くんはひとのこと言えないんじゃないですか?」
「ちょっと、嫌な現実を思い出したじゃないのよ」
この部屋が、息子・祐介とその幼なじみ彼女・明日香の初体験の現場らしいということを急に思い出した毬子である。真相は謎なのだが(入るところを見てた人間はいないから)。2人ともその辺表に出さないし。
「あの時は本当にすみませんでした、アスカちゃんを断り切れなくて……なんかあの時は、もっとカップルらしいことがしたかったようだけど」
「あいつも女の子ねえ」
って息子とはいえひとの話はいい!
「とりあえず、母親やりに帰りますっ」
「またこうして逢おうぜ」
「うん!」
毬子は八木に元気よく返事すると、昨日身に着けていた衣服を身につけ始めた。
足音を立てぬようにして、自宅マンションの廊下を歩く毬子。エレベーターの中で鍵ケースは出してある。
ゴミ捨て場に、ゴミが2個ほど出ている。
あ! 自転車、浅草駅前に置きっぱなしだ!
昼間取りに行こう。今週末からまたりんだの仕事だものね、今度は読み切り。
音をたてないように自宅の鍵を開ける。
「おかえり」
びくっっっ!!!
「あ……律子……ただいま……」
律子の瞳が微かに赤い。
「取引先どんなだった? というか朝まで飲みにでも付き合わされたの?」
「あ……あわ……お風呂入る! 祐介よろしく!」
毬子は慌てて、自室へ着替えを取りに消えた。
「お姉ちゃん帰って来たよ。でもなんか後ろ暗いことがある感じだねアレは」
冬の学生服姿の祐介と律子の朝食の席である。
「ふーん、そういや朝帰りはじめてだな」
「へえ。真面目だったんだ」」
「何人か付き合った男はいたみたいだったけど、絢子おばちゃんが経験からいろいろ言ってたらしい」
「女将さん、なんかあったの?」
「知らないんか……あのさ……」
といって祐介は、第7章で出てきた絢子の生い立ちの話を律子にした。
あのひともつらいことがあったのね。
それっきり黙ったまま、叔母と甥はそのまま、朝食を続けた。
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