第16章 My mother falls in love 第3話

 さて、日付変わって、毬子は今日から仕事である。

 今回の読み切りは、芸能界の話。アイドルに、2021年の言葉で言えば「ガチ恋」してる男子高生が、そのアイドルと知り合って、という話である。

「反響が良ければ連載行けるらしいですよ、私たちも頑張りましょう」

 とみわちゃんは言った。

 32枚中、主線は15枚入ってる状態でアシスタンツが入る。アイドルの衣装にスクリーントーンが多かった。

 原稿が出来てくるにしたがって、きらめいて見えた。

 由美にこれ読ませたら、ときめく気持ちが蘇るかな?


 毬子が休憩時間に携帯電話をチェックすると、友達に会わせたいから返事ください、という八木のメールと、白石エータローから留守番電話が入っていた。

『火曜日の夕方の便で帰国します。今まで本当にお世話になりました。今後は親同士としてよろしくお願いします』

 メールを見た後、気持ちを切り替える。

 さー、ガンガントーン貼るぜっ。


「みわさん、グラデトーンが残り少ないんですけど」

 発見したのはトーン棚のそばで作業をしているリョータくんである。

「何枚? リョータくん」

「3枚です」

「ちょっと先生に聞いてみるね」

 と言って内線電話を鳴らすチーフアシのみわちゃんである。今日も黒い長袖Tシャツを腕まくりして、カーキ色のニッカボッカだ。リョータくんは長袖のボタンダウンを腕まくりしている。

「はい、了承しましたー。

(内線を切って)今から注文もするそうですが、20枚ほど買ってきて欲しいそうです。自転車で通ってるひとでじゃんけんしてもらえますか?」

 ということで、毬子とレイちゃんと百合ちゃんでじゃんけんをして、負けた毬子が外へ出ることになった。


 夏に行ったことのある画材屋へ行けばいい話である。

 RRRRRRR と携帯電話が鳴った。

「はい」

 表示は「しらいし えーたろー」。

『やっと繋がった! アシスタント行ってるの?』

「そうだよ。買い物に出てきたの」

『火曜日にイギリス帰るから』

「成田まで見送りに行けって? 行かないよ。そんな時間ないもん」

『ちぇっ。最後に藤花亭行くから、来ない?』

 まあ、今生の別れってこともあり得るしな。

「行く」

『やった。じゃあがんばれよー』

 と言って電話は切れた。

「勝手なヤツ……」

 ひとりごちて、あっ、買い物買い物、と自転車にまたがって漕ぎだす。


 火曜日。

「おはよう、毬ちゃん、久々」

「なんかエータロー、今日イギリスに帰る前にここ寄るって言ってましたよ」

 藤花亭駆け付け早々の毬子とのやり取りに、絢子はげんなりした顔で、

「えー……」

 と言った。

 ガラララッとまた扉が開く。

「おはようございます」

 八木だった。

「あ、おはよう八木ちゃん。メール返せなくてごめんね」

「何のつもりでこないだ俺んち泊まったんだよ」

「え……」

「こっちは付き合うつもりで来てもらったのに……」

 えー!? 何か誤解されてる?

 慌てた毬子だが、

「ふたりとも表出なさい!」

 絢子に叱られた。

 絢子も先日の件で学習しているのだ。

 また七瀬姉妹だし。


「ほんとどういうつもりだったんだよ」

「ごめん!」

「友達にも新しい彼女出来た、そいつの結婚式には彼女と一緒に出たい、って言ったのに」

「えーっ!? そこまで考えてくれてたの。まさかそんなに考えてくれてるとは思わなかったのよ」

 ふたりとも、やっぱり「つきあってください」「はい」がないとだめだ、という発想になった。

「入りたいんだけど中入れてくれる? 毬子」

 声が聞こえたので振り返ると、ギターケースを担いだエータローだった。


「終わった?」

 絢子が聞く。続けての「いらっしゃい」の言葉に八木の「ハイ……」はかき消されてしまった。

「なに? 君毬子の新しい彼氏?」

 直球で聞かれた八木は固まっている。

「祐ちゃんのおとっつあんだって」

 隣で見てエータローは、背が高いな、そして若そう、と思った。

「豚玉ひとつとコーラお願いします」

 と言ってから、

「俺がロンドンで15年間忘れられなかった女なんだから大事にしてよ。大事にしてくんないなら殴りに帰るからね」

 八木は「ハイ……」とだけ言えた。

「毬ちゃん八木さん、注文は?」

 毬子がミックス、八木はネギ焼きと言った。


「また帰ったら真っ先にここ来ますよ」

 と言って、エータローは店を離れた。

「毬ちゃん、本当に送っていかなくて良かったの?」

「大将、あのひとはもうあたしには過去のひとだから。八木ちゃんを見て生きていきます」

 と言って毬子は、笑顔で八木を見た。

 よろしい、とでも言いたいのか、八木は毬子を見て頷いた。


 11月の中旬、藤花亭にて。

「矢沢勝則です。はじめまして」

「こんにちは、ここの常連の七瀬毬子です」

 実は、過去に一度、八木が矢沢を連れて藤花亭に来た時に居合わせているのだが、

「いいなあ、初々しい時期」

「そんないいもんじゃないよ。高校生みたいに『つきあってください』『はい』をやらないと駄目なこともあるな」

「なんかあったのか?」

「ちょっとな」

「もう言わないでよー、反省したよぉ」

 と毬子は少し凹んでいる。

「式は来年6月に広島でなんですが、いらしていただけるんですか?」

「いいんですか、本当にあたしで……」

 と言って毬子は、目を伏せた。

「自信持てよ!」

「ほうじゃよ、毬ちゃん」

 座敷の会話に、隆宏が割って入ったが無視される。

「はい、ネギ焼きが八木さんね」

 と言って、座敷に上がって料理を置く絢子。


 翌年元旦。

 信宏の店の入るビルの屋上。

 男性のドアップの左にオレンジ色のバスケットボール。毬子の手によるものだ。

「SPORTY LIFE」という文字が真ん中横、男性の頬ギリギリまで貫いている。


 2月の終わり。

 とある私立高校の、数字がたくさん張り出されてる掲示板の前。

「2366、2366……」

 毬子と祐介は、掲示板の前で数字を追っていた。

 11月中旬にやっと決まった志望校。

「あったー!」

 毬子が叫んだ。

「良かったよー」

「アスカにメールしなきゃ」

 明日香とみゆきは女子校を受けていて、その合格発表を観に行っている。女子2人とも一哉ともレベルが違ってて、下手をすると祐介ひとりだけ別の高校、悪くすると全員離ればなれの可能性があった。

 祐介はこの私立校単願である。


 明日香と一哉は同じ都立校に進むことになり、みゆきは女子校に進む。

 結局やらなかった開店20周年祝いは、25周年の時にやってと絢子が言った。  


 明日香が16歳の誕生日の祝いに、またハローでカラオケをやった。高校の入学祝いも兼ねている。

 高校生4人と、七瀬3姉弟、八木、由美、藤井家、プレスリー爺さんというメンバーである。今後も何かあったら会うだろうし口はきかなくてもいいから、と、律子と由美を同席させた。由美が三村とは別れたと言ってるから出来たことでもあるのだが。

 トップバッターは香苗で、その1曲目が、当時ヒット中だったyuiの「CHE.R.RY」で。

「これは、毬子さんと八木さんに捧げます」

 と言って歌い始めたのが、いつもと違うぞと思わせる。

 律子もレパートリーを増やしていた。図書館やTSUTAYAに通ってCDを聴き込んでいた成果で、MY LITTLE LOVERの「HELLO AGAIN」を歌うなどしていた。

 由美は洋楽が多い、ABBAの「ダンシング・クイーン」、シンディ・ローパーの「ハイスクールはダンステリア」、ビートルズの「I saw her standing there」やアヴリル・ラヴィーンなど。誰も知らないのにティファニーの「ふたりの世界」を歌っていたが、この曲を知っている者がいたら、若い娘の歌詞を歌う痛々しさを感じたかもしれない。かと思えば、スターダスト・レビューの「シュガーはお年頃」やユニコーン「おかしな2人」でおどけて見せた。

 昨年初秋に八木が歌って大爆笑を誘った「アポロ」の広島弁バージョンは、今回も八木が歌って大受けだった。他に八木は、Mr.Childrenの「YOUTHFUL DAYS」、ラルク・アン・シエルの「虹」の他に、毬子や由美へのサービスなのか、THE BOOMの「君はTVっ子」を歌って「何で知ってるの!?」と由美が大声を出した。他に斉藤和義の「歌うたいのバラッド」とゴダイゴの「銀河鉄道999」。

 藤井姉妹の「アジアの純真」は健在で、隆宏と祐介はこの時はやたらと携帯電話で写真を撮りまくっていた。

 絢子は荒井由実名義の曲をけっこう歌った。スタジオジブリ制作のアニメ映画に使われた曲。他に「すみれ色の涙」「亜麻色の髪の乙女」竹内まりやの「元気を出して」など。

 隆宏は、「落陽」「路地裏の少年」「時間よ止まれ」「唇をかみしめて」と途中まで広島県人の曲ばかりであったが、5曲目から「心の旅」「思えば遠くへ来たもんだ」「SORRY BABY」と望郷というか、故郷に恋人を置いてくるような歌ばかりになっていたのはどういうことだと、勘繰る者が出たことを知る者は勘繰った本人のみである。

 早い段階で由美がユニコーンの「おかしな2人」を歌ってしまったのは、毬子がこの歌を歌うことを避けることに繋がり、八木がヤキモキしなくて済んだ。律子がどう思ったかは知れないが。

 香苗は、歌詞をよく読んで選んだのか、恋のはじまりの歌、はじまったばかりの片想いの歌が多かった。

 明日香は加藤ミリヤがきっかけで知ったUAの「情熱」で始めたが、アニメソングも歌った。「ハレ晴レユカイ」、「残酷な天使のテーゼ」や「名探偵コナン」の主題歌など。他には宇多田ヒカル「AUTOMATIC」や椎名林檎「本能」など大人っぽい曲を選んでいた。「雪の華」も初めて歌っている。そんな中でいきものがかりの「SAKURA」がちょっと浮いていたかもしれない。

(ちなみに「名探偵コナン」は毬子が途中まで単行本を持っているが、ある時投げ出してしまい、「連載が終わってからまとめて読む」と宣言している。2021年になっても終わっていないと知ったらどう思うだろう)。

 香苗の親友・河村麻弥も途中で、ドリンクを持って入ってきたついでに安室奈美恵を1曲歌って持ち場に去っていった。

 みんな笑顔だった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る