第1章 First access 第4話

 翌週。

 墨田区立××第6中学校では1学期の中間試験が行われていた。

 3年B組の教室でも、皆真剣な顔で問題に取り組んでいる。

 中でも藤井明日香は問題を睨みつけて、綺麗な顔立ちが凄いことになっていた。


 水曜日午後9時。

 また「業平橋第2コーポ」206号室。

 相変わらず無人。従ってまた真っ暗。

 RRRRR。

 今度も電話の音が鳴っているのが外まで聞こえてくる。

 鳴っている。

 ピーッ。

「八木です。ただいま留守にしております。ピーッという発信音が鳴りましたら、お名前とご用件をお願いします」

 ピーッ。

『八木ちゃん、文佳です。家にいるんで電話ください』

 ピーッ。


 次の日曜日。

「毬子さんありがとう」

 試験中の鬼のような形相は何処へやら。

 明日香は髪を下ろして、淡いグリーンのカットソーにブルーデニムのロングスカートを合わせて可憐に微笑んでいた。

「白々しいことするなあ」

 と言ったのは、マイクロミニに、ハイソックスと同じ黒のミュールの香苗。

「誕生日のお礼くらいしおらしくないとこれから誰もくれないじゃないの」

「まあね」

「わかってんなら言いなさんな」

 母のたしなめる声は無視して、似たような服装のみゆきと話している。一方妹は包みを開け、青一色のシンプルなカットソーを認めて、

「あー、こーゆーの欲しかったんだ! ホントにありがとう!」

 と言ってあらためて満面の笑みを浮かべる。

「どう致しまして。あとで信宏も来るよ」

「珍しいね」

「あたしと打ち合わせがてらお好み焼き食べたいんだって」

「ふうん」

 その時。どう聞いても携帯電話の着メロという音質で、浜崎あゆみの曲のメロディが流れてきた。

「誰か電話鳴ってるよ」

「あ、あたしだ」

「やっぱり香苗か」

 と言ったのは青とオレンジが基調なアロハシャツっぽい柄のマイクロミニスカートを履いている毬子。

「やっぱりってどーゆー意味毬子さん……もしもし?」 

「われェどっか行くのと違うのか? いつまでも店ン中でうろうろしちょると邪魔じゃけえ、とっとと行きんしゃい」

 電話で話している長女を無視して隆宏が言ったら、

「根本がまだなんよ。ほじゃけえ行けんの」

「すまんな祐ちゃん」

 と言っていたら店の扉に背の高い人影が透けて見えた。

「開いとるけど電源入っちょらんけえ、手で開けえ」

 店の主のその台詞でガラッと開いた扉の向こうには、根本一哉。

「おっ来たな」

「噂をすればなんとかじゃん」

「なんか今日ミニのひと多くねえ?」

「おふくろまであんなもん履くから……悪い」

「仁科だけならいつものことだけどな」

「よく見ちょるね」

「あっおばちゃん……」

「体壊しやすいからやめえ言うとんじゃけんどねえ……」

 少年2人が、(絢子)おばちゃんが天然系で良かった、と思っていると、

「あ、一哉来たの? じゃそろそろ行こうか」

 といつの間にか電話を切っていた香苗が言った。

「行ってきまーす」

 と言って、5人は出て行く。


「ごぶさたしてまーす」

 と言って、七瀬信宏が自動になった扉から入ってきたのは午後6時半だった。

「まったく何やってんだか」

「姉ちゃんだっておふくろにそう思われてるよ。ところで祐介は?」

「今日明日香の誕生日だからね、“ハロー”行ってるよ」

“ハロー”とは最寄り駅そばのカラオケボックスの名前である。

「えっ、そうなの? 忘れてた。

 すみません……何も持ってきてない……」

「気にせんでええよ。ホンマ久しぶりやね」

 次女が今日15歳になったおばちゃん・絢子は、のんきに笑う。

 しかし、

「あんた今住所何処なのよ。それくらい教えときなさい」

「今? 友達のトコあちこち」

 へらっとしている弟に、

「いいかげんなこと言ってんなよ。あんた仕事としてあたしに物頼んだでしょ。そういう時にクライアントの連絡先知らないわけにいかんでしょうが。姉弟だからって甘く見るんじゃない」

 言われた信宏は、渡されたおしぼりで手を拭きながら、

「んなこと言ったって部屋探せないで寮追い出されちまったんだもん。暇なくてさ」

 荷物はトランクルームを借りている。

「有給休暇はどうしたのよ。やめる前にまとめて取るってよく言うじゃん」

「それが……」

「どうしたのよ?」

「2人とも何か頼みなよ。まだ暇じゃけえ、今のうちやで」

「助かった……大将ありがと、俺豚玉とビールね」

 毬ちゃんやっぱり長女なんねえと思いつつ、隆宏は割って入るが。

「大将甘いこと言ってないでよ。あたしもビール。あとミックスね。

 で? 電話番号くらい教えなさいよ」

「チッ、わかったよ。

 今は……なに線だっけ……十条の、高校時代の友達ン家にいる。携帯が、090……」

 解決しそうだ。

『2番。セカンド、東出……』

 今、スカイパーフェクトTVから、広島東洋カープの試合中継で、アナウンスが流れる。

「打てよ……」

 隆宏が手を止めてTV画面を睨んだ。


 午後9時。

 また「業平橋第2コーポ」206号室。

 主は今日もまたいない。だから今度も真っ暗。

 RRRRR、と、電話の音。

 ピーッ。

「八木です。ただいま留守にしております。ピーッという発信音が鳴りましたら、お名前とご用件をお願いします」

 ピーッ。

『八木ちゃん、文佳です。家にいるんで電話ください』

 ピーッ。


 午後10時。

「あいつらまだ歌っとるんか? 出てったん何時じゃ?」

 藤花亭で隆宏が言った。

「また20人くらいで歌ってるんじゃないの? それにしても遅いね……おや?」

〈ルパン3世のテーマ〉が流れた。

「祐介かな?」

「姉ちゃんの着メロ今それなの?」

 吹き出す信宏だが。

「うるさい。はい。え!? はい、私です」

 だんだん顔つきが真剣になる毬子。

「はい、今から伺います」

 真剣な表情のまま、背もたれにかけていた白いジャケットをつかんで立ち上がり、扉に向かう。

「何じゃって?」

「交番から。祐介いるんだって。ちょっと行って来る!」

 毬子は、振り返ってこれだけ言うと、マイクロミニで夜の街へ飛び出して行く。


 日頃の運動不足にもめげず、毬子は必死で走った。

 そして、彼女が息を切らせてたどり着いた交番の中には、祐介と警官と、あとどこかで見たような薄味な顔立ちの美青年が1人居るのが見えた。

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