第11章 New inmate 第4話

 12時半。

「お昼出来たよーっ」

 という毬子の声で、祐介と律子が部屋から出てくる。

 焼きそばだった。プラスきゅうりとなすのぬか漬け。

「進んだ?」

「全然予習してないからね。あたしも理系じゃないからさ、あんまりあてにしないでよ」

「そんなこと言ったらあたしの周り誰も理系いないじゃん」

「八木さんは?」

「八木ちゃんだってデパートに就職したんじゃ文系なんじゃない?」

「誰それ」

 律子の瞳がやや鋭くなる。

「藤花亭の新しい常連」

「祐介がやらかしたんでお詫びに藤花亭案内したら、店を気に入ってくれたらしくて、よく会うのよ。あ、9月の1日、彼とスカル観に行くからね」

「ついたち」を「いっぴ」と毬子は言った。

「へえ……」

 お姉ちゃん相変わらず明るいなあ、と思う律子である。続いて、祐介また何をやらかしたんだか、とも。

「ふうん」

 中学も3年生になると、小さな子供の頃のように「大人は一括で大人」といかず、若いひとと年配者、というように整理されはじめてくる。でも八木の本当の年齢を知らないからか、それとも目の前の宿題のせいか、祐介はこのライヴの話をサラっと流してしまった。


 数学で3問わからない問題がある上に、歴史のレポートを書かなきゃならないのがまだ終わってない、というのがわかって、毬子が怒鳴り声をあげつつ、ノートパソコンを祐介に明け渡して。

 結局、毬子の本棚から、歴史漫画を1作読んでその感想を書くことでお茶を濁す。「アドルフに告ぐ」にした。

 夕ご飯時。

「どうするの今日」

「泊まってっていいよね」

「あたしたちはいいけど、三村さんは?」

「今から電話する」

「食べてからにしたら」

 と言っても律子はそんなに食べる方でないので、それからすぐに食べ終わって、食器を洗って戻ってきた。

 RRRRR

『はい、三村です』

「あたし」

『どうした?』

「お姉ちゃんのところに泊まっていくけど」

『わかった。迷惑かけるなよ。今日原稿取りで遅いし』

「じゃあね」

 電話を切った。

「原稿取りだって言ってるけどホントかしら。同じ雑誌ならお姉ちゃんが行ってる先生と締め切り同じでしょ?」

「漫画以外のページを作るんで忙しいんじゃないの?」

 実際今回は、まりあという雑誌の読者コーナーのカットの原稿取りだったのだが。

「それにしたってさ」

 由美に電話してみようかと思う毬子だが、取り返しのつかないことになるかと思うと、勇気は出なかった。


 翌日も、叔母甥コンビは問題に向かう。

 毬子は漫画のアイデアを練っていた。

 ネタ帳に書いていく。

 学園ものってトシでもないしなあ……

 制服と時計を同じものにしなきゃ良かったなあ。

 RRRRR

 絢子だった。

「はい。どうしたの?」

「毬ちゃん? 香苗の誕生日カラオケ日取り決まったよ」

「遅いじゃないのよー、いつ?」

 というと、絢子は9月の第2日曜日を答えた。

「あいつらは?」

 あいつら、というのは、第1章から2章にかけて明日香の誕生祝いをしていた派手な面々である。

「あいつらは1週後。当日に近い日にするみたい」

「ふうん。あたしは行く、祐介にも伝えるね」

「ありがと」

「あ、今律子来てるのよ。祐介の宿題手伝ってもらってて」

「へえ。いっぺん店に来てって言ぅゆて」

「わかった。誕生日、誰に声かけた?」

「八木さんとみゆきちゃんと一哉くん。由美ちゃんには連絡つかなくてまだ言ってない」

「返事は?」

「八木さん空いてるから行くって。あと中学生は行くって」

「由美はフリーランスだからなあ」

「じゃあ祐ちゃんに伝えてね。宿題頑張ってって」

「わかった。じゃあね」

 電話を切ると、祐介の部屋に歩いて行って。

 コンコン。

「なーにー?」

 祐介の声だ。

「入っていい?」

「いいよー」

 ガチャとドアを開けて。

「進んだ?」

「ひとつ解けた」

「良かったじゃん。でも明日までには上げたいよね」

「今日ボクシング休む!」

「あれ? 律子は?」

「トイレ」

「そうそう、今絢子さんから電話があってさ、香苗の誕生祝いカラオケやるって」 

 というセリフに続いて、9月の第2日曜という。

「あー、先輩たちに遠慮してくれたんか」

「どういうこと?」

「先輩たち連休でやるから」

「なるほど」

「戻ったよ、も少しやろっか祐介」

 対人恐怖気味な人間とは思えない明るさで、律子は祐介に声をかける。

「計算は反復練習なんだけどねえ……」

「なにそれ、どういう字書くの」

 祐介は「反復練習」という四字熟語がわからないらしい。

「『繰り返し練習すること』だよ、スラムダンクで桜木花道が2万回シュート練習するのがそれ」

「あ、ちょっと電話するね」

 毬子は由美の携帯に。

「もしもし、あたし。香苗の誕生祝いカラオケの日取りが決まったって絢子さんから電話きてさー」

『何日?』

 毬子は9月の第2日曜日を答えた。

『ごめん、その日仕事だ』

「じゃあそれ絢子さんに言って」

『了解。じゃあね。今原稿書いてんの』

「悪いね。頑張れ」

『そっちこそ』

 と切れた。

 お互い原稿を書く身になったということだ。

 ふと見ると、律子が。

「っ……」

 今にも泣きださんばかりの表情をしている。歪んでいる。

「どしたの律子」

「何であんな人と仲良くしてるのお姉ちゃん」

 涙声になった。

「……え?」

「ひとの旦那寝取って平気な顔で仕事したり生活してるような人」

「それ、疑ってたの?」

「朝電話かけると背後に彼女の声が聞こえるの。わざとかと思うくらいあった」

「それ本当の話だぜ」

「祐介!」

「最初に見たの俺とアスカやったもん。渋谷のラブホ街でその組み合わせ見て、最初の1か月誰にも言えんかった」

「あんたそんな酷なこと……」

 全員立ち上がっていた。

 律子は何も言わずに泣いている。

「本当のこと知っといた方がええよ。はっきりせんまま妄想膨れさせとくんはロクなことにならん」

「あたし家に帰らない。三村の顔二度と見たくない」

 俯いていた顔をあげてキッと壁を睨み、決意めいた言葉を口にする律子。

 勉強どころの騒ぎじゃなくなってしまった。


 3人は、15分ほど祐介の部屋に立ち尽くしていたが、律子は、

「今日中にあげなきゃいけないんでしょ、宿題やろう」

 と、自分が何のために呼ばれたのかを思い出し、祐介を机の前に座らせた。


 夕食の席で、あらためてもう家に帰らないと言い、荷物は平日昼間に帰ってつくって送る、と言った。

 問題はひとつ残すし、えらいことになったと毬子は思った。


 よく考えたら律子は、宅配便の配達員でさえも、初めてのひとは苦手なわけで。

 大丈夫かなと不安になりながら、翌日はスカルのライヴで八木と待ち合わせである。

「待った?」

「今来たとこ」

 ううう、懐かしささえ感じるなこのやり取り。

「新しいアルバム出たよね」

「うん」

「やっぱり新しいのが中心なのかな」

「アップナンバー多いからそうなんと違う? ライヴ向け」

「高校の時バンドではコピーしてたの?」

「俺らの高校の頃にはまだいなかったよ」

「あそっか、じゃあどこのバンドをコピーしてたの?」

「スピッツかな……声高くて大変だったけど、あとミスチルとかラルクとか」

「ラルクは祐介も好きだよ」

「へえ、じゃあ今度ラルクのチケット取れたら祐介くん誘おうかな」

「受験終わってからにしてね」

「そうか。ごめん。勉強の方どうなの」

「妹が来て宿題教えてた。妹、わけあって家に帰りたくないって言ってるから、受験本番まで教えてもらおうかとか考えてる」

「妹さん、結婚してるんだっけ?」

「うん」

 まずいこと聞かれたな、と思いながらも八木はそれ以上は突っ込まないでくれた。

 そのまま話し続け、電車を降り、武道館の敷地に入り、八木はツアーグッズの列に並びに行った。


 八木は、キーホルダー、パンフレット、Tシャツ、不織布バッグ、タオルなどばっちりグッズを買ってきていた。

 席はアリーナの後ろの方。

 ライヴの出来は上々で、由美、このどこかにいるかな、などと考え、そういえば由美のせいで律子が居座ることになったんだっけ、などと考えを巡らせていたところ。

 バンドやってる子たちの話にしようかしら。

 という発想が唐突に湧き出た。

 楽器描くのはプロでも面倒くさがる、というのは完全に忘れていた。


 りんだの手伝いに行ってる間に、家に誰かがいるのはいいかもしれない。

 と考えて、律子を無理に追い返さないことにした。

 それをいいことに、本当に家に帰って荷物を送りつけてきた律子である。

 スカルのライヴを見た次の次の日が、「ウッドハウス物語」の9月の仕事の日だ。


 いつものように、みわちゃんがりんだから指示を受けてきて、個々に何をやればいいか指示を出していく。

 今回はまずベタ塗りだ。

 続いてスクリーントーン貼り。

 ただし今回は、いつもより早くネームがあがったせいで、主線が入っている原稿の枚数が多いのだとか。既に、32枚中24枚に主線が入っているという。


 いつもより1日早く仕事が終わって、律子に家事をやってもらって、眠る。

 それは、律子が台所の洗い片づけをしていて、祐介が学校に行っている最中に起きた。

 RRRRR

「はい」

『国際電話です』

「なんだあ?」

 国際電話なんてあてがない。切ろうかと思った途端、ガチャっという音の後、久々に聞く声が聞こえた。

「七瀬さんのお宅ですか? 俺、エータローだけど……」

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