第2章 Long distance call 第2話

「とまあ、負けて、被害も出とらんようですし、保護者も来ましたし、これで収めてくれるといいんですがね、八木さん?」

 これは別に警察の世話になる話じゃない、さっさと飯が食いたい、という思いの八木は、かったるそうに警官に頷いた。

「……ええよ」

「よし、八木さんのOKが出たことだ、帰っていいぞ」

「どうもすいませんでした」

 毬子は頭を下げた。

 八木、祐介、毬子の順で交番を出る。

 毬子は、

「すみませんでした、あのっ、広島の方ですか?」

 と八木の後姿に声をかけた。

「そうですが、それが何か?」

 冷たい表情を崩さない八木。

 あ、いい男じゃん、と一瞬思ったがそれは表に出さないようにして。

「近くに広島風お好み焼きのいい店があるんですよ。この子がバカやったお詫びに案内させてください」

 口を挟めない祐介だが、いい男だからって……という思いはある。

 八木は、

「じゃあ連れてってもらいましょうか」

 と言った。

 毬子が先頭に出て歩き始めた。


 扉についた大きいスイッチを押すと、今度は営業時間だから開いてくれる。

「祐ちゃん! オデコどうしたの?」

 と店の主の妻である藤井(ふじい)絢子(あやこ)がすっとんできた。

「負けた」

「まあたあ、喧嘩ばっかりしとるんじゃけえ、もうちょっとおとなしゅうしんさい」

 言いながら彼女は救急箱を持ってきて、

「祐ちゃん、ここ座りんしゃい」

 と言った。祐介は、

「はーい」

「あ、すいません、絢子さん」

 交番で救急箱借りても良かったかな、と思いながら毬子は自分が先刻まで座っていた場所の隣に、

「どうぞ」

 と八木を座らせた。

 テレビが、広島東洋カープの黒田投手の今にも投げるところを映している。

「いらっしゃいませ。大将と呼んでください。なにになさいまひょ」

 と、大将こと 隆(たか)宏(ひろ)が言った。

 八木はメニューをざっと見て、

「ほいじゃあぶた玉とビールお願いします」

 と言った。

 その時、毬子の弟・七瀬(ななせ)信(のぶ)宏(ひろ)がビールと灰皿とケントスーパーライトを持って、カウンターの八木の隣へ移動してきた。座敷に残った料理の皿を絢子が後ろから持ってくる。

「なんだったの……よお、久しぶり、祐介」

「あ、叔父貴久しぶり」

 祐介は信宏に軽く手を振った。

「明日香ちゃん今日誕生日なんだって?」

「そう、それで払えもしないのにいっぱい頼んだとかで、こいつがじゃんけんで負けて金調達しに行って、この人と警察沙汰になっちまったの。本当にすみませんでした」

 言って毬子は、この日何度目かと言う感じであるが、八木に向かって頭を下げた。八木が口を開く前に隆宏が、

「そりゃ、ここは毬ちゃん持ちやな。せめてそれくらいはしたらんと」

「ああーー」

 とうめきながら財布の中を見る毬子。

 今月カードあんまり使わないでよかった。とうつむいて思う。

 顔を上げると振り返り、

「じゃあ祐介。行くよ!」

「どこへ」

「ハローに決まってんでしょ。お勘定してこなきゃ。大将、悪いけど奴らここへ連れてきていいかな?」

「他に行くとこないんじゃろ?」

「うん。じゃあ行ってきます。信宏、ごめんね」

 七瀬親子が藤花亭を出て行った。

 八木が胸ポケットからラッキーストライクを出して、火をつけた。


「やだ毛虫! ああもう最悪……」

 歩道の車道側にあるガードレールのそばの桜の木から毛虫が落ちてきて、毬子をなおさらイライラさせた。

 業平橋駅のそば、先ほどの事件現場の、道路一本挟んではす向かいに、カラオケボックス・ハローと居酒屋「おてんば屋」はある。周辺は駅前という割には、平屋建てが連なっているだけで、夜はどこか寂しい。平屋建ての中に立ち食いそば屋があったりするが。

 寂しい周辺と裏腹な、近代的な、15階建てビル。

 2階にあがって自動扉が開くとすぐカウンターで、カウンターにはふたりの少女がいた。

 ひとりは、ワンレングスの茶髪を肩で切りそろえ、店の制服である、白い開襟シャツと、サーモンピンクのパンツ姿。もうひとりは茶色のシャギー入りロングヘアに、マイクロミニスカートに黒いハイソックスとミュール……藤井(ふじい)香(か)苗(なえ)である。

「いらっしゃいませー。あ、毬子さん、ご無沙汰してます」

「麻(ま)弥(や)ちゃんいたの? あんたがいたんならもうちょっとどうにかできなかったの? って新入社員にゃ無理か……」

「バカ、なに毬子さん連れてきてんのよ! マザコンと呼んでやろうか?」

 麻弥ちゃんと呼ばれた制服姿が言うより早く、香苗が祐介を毒づくが、

「警察に捕まっちゃ出てこないわけに行かないでしょ。麻弥ちゃん、領収書書いて。部屋どこ?」

「えーっ! 捕まったの!? 何やったの?」

「12号です」

 香苗の叫びを無視した麻弥が指しながら言ったのは、この店で一番広い、窓から車の通る通りと立ち食いそば屋をはじめとする平屋建てと東武伊勢崎線の線路が見える部屋だった。お値段も、夜1時間5千円と、この店で一番高い。

 毬子は部屋に入ると、

「はい帰るよ。支度してさっさと出る!」

 と言った。部屋の中は煙草の煙でちょっと白い。13歳から20歳までの若者が20人くらいいた。広い部屋が狭く感じる。

「えー、まだ曲入ってるー」

「払えないんだから入れるんじゃないっての。立て替えてやるから、後で……何人いんの?」

 毬子は、代表した青い髪の若者に聞く。

「20人です」

「20で割って出たひとり分をあたしに払いなさい。わかった?」

 最新ヒットのなんだかアイドルチックなナンバーのカラオケが流れている中、わらわらと若者たちが出てきた。

「わざわざ毬子さんの手煩わせて……」

「能書きはいい。払える範囲で宴会しなさい。あんたがリーダーでしょ?」

「はあ……」

 と若者は言った。

「だいたい給料日後じゃないのか!? そんなだからオジサンオバサンにばかにされるのよ」

「えーっ」

「悔しかったら髪黒くするかしっかりしな。これだけ人集めることできるんだから今度は予算をしっかりたてるように」

「えー、パチンコやらなかったのお前!?」

 毬子の背中で誰かが祐介に聞く。

「もう9時半だったから」

 祐介が答えてる一方で、

「「はーい」」

 誰かと青い髪の青年がハモった。

「はい。カード使える?」

「はい、使えます」

 向き直った毬子はレジにクレジットカードを置いた。

「お預かりいたします」

 麻弥は仕事をする。機械にクレジットカードを読み取らせると、続いて、何かを探している手つきで、

「領収書切るんですよね?」

「七瀬でお願い」

「はい」

 40数秒後、麻弥はそばにいる先輩に教わりながら領収書を書き終えた。印紙を貼る。

「じゃあ藤花亭行くよ。麻弥ちゃん、お邪魔」

「はい、ありがとうございました」

 麻弥が頭を下げた。

「頑張ってね」

「じゃあね、香苗」

 18歳の女の子しているふたり。

 人がぞろぞろと、「ハロー」から出て行く。


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