第15章 ANGEL ATTACK 第1話
もう2度と来るわけに行かないから、せめてここで最後に食べて行こうというのは三村の厚顔さか。食べても味がわからないのではと毬子は想像した。
三村が食べている間も空気はピリピリしたままで、絢子が、出来た料理を三村夫妻と毬子以外の客に運ぶのが精いっぱい。八木も固まっていて、箸をとれない。律子の次の客はまだ来ない。扉を開けて中を覗くんだけど、何かを察して入ってこない。ビビってもいる。
三村が豚玉を食べ終わった。
絢子に「お勘定してください」と言い、金のやり取りをして、扉の前でお辞儀をして、出て行った。
三村の姿が扉の向こうに見えなくなった瞬間、ずっと立っていた律子が床に崩れ落ちた。ふにゃふにゃ、と言う感じで。
「どーしたのっ!?」
「律っちゃん!」
「緊張した―」
怖いくらいの表情をしていた律子が、今度はふにゃふにゃの表情を浮かべている。
「お騒がせしました、ぐらい言いなさい」
と毬子は小声で言い、同時に妹の肘をつついた。
「皆さま、大変お騒がせ致しました。失礼いたしました」
「お見苦しいところをお見せして申し訳ありませんでした」だよホントに。
離婚はもう決定だ。
しかし、律子はこれから自立するのはいばらの道だと思う。
なにせ、27歳だというのに、学校の勉強と家事しかやっていないのだから。仕事として家事をやりたいならいいけど。
「社会復帰訓練のためにここで出会った人と話させようというのだけど……いいですかね?」
毬子は隆宏に話しかける。と思ったところで、RRRRR
なんだろうと思いながら絢子は電話に出る。
「ハイ藤花亭です」
『こんばんは、仁科みゆきの母ですけど、娘がそちらへお邪魔すると言って出て行ったきり、まだ帰ってこないんですが、居ります?』
電話の向こうの中年女性の声は硬い。
あわわわわ。
「すっ、すみません、ウチ今ちょっと立て込んでて……少々お待ちください」
と言いながら、店と藤井家の狭間を見て、明日香や祐介と一緒にこちらを見ているみゆきと一哉を発見した絢子は。
「居ました。申し訳ありません、今みゆきちゃんに代わります」
と言いつつ、絢子は壁に向かって頭を下げてから保留ボタンを押して、
「みゆきちゃん、おかあさんじゃけん、出羽亀してた言いんしゃい」
と言った。
時刻は午後10時45分である。
中学生が友達の家に居る時間ではない。
明日、毬ちゃん律っちゃんとお金出しあって菓子折り買ってみゆきちゃん家と一哉くん家に持っていかないと。
根本さん家は、長女の瑞絵がかなり奔放で、中学時代なんかはあまり家に帰らない生活をしていたらしいので、男の子だけになおさら放任みたいだが、さすがに中学生を午後11時近くまで引き留めた格好なのはまずいだろう。
『大人の話に首突っ込まないでさっさと帰ってきなさい!』
みゆきの母親の怒鳴り声は、店の奥にいる香苗を含めた4人にも聞こえるくらい響くものだった。
三村さんに迷惑料請求すれば良かったかな。お客さん、入ってこようとしてたじろいだ挙句逃げちゃってたし。と考えた隆宏はさっき思いついた、
「ほんまに、七瀬姉妹に関わる男どもはこの店を窓口だと思っちょるんか」
という考えを声に出した。。
これを聞いて、10月初旬に白石エータローが現れた時にもたまたま店にいた中年男性常連客が、はははははと大爆笑をはじめた。
釣られて祐介が、その後他の客、明日香、香苗、毬子、といった具合に笑いの輪は広がった。
白石エータローが現れたことを未だに知らない八木だけが、この笑いの意味が最後まで分からない風だった。
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