第6章 Pleasure 第2話

 藤井夫妻と八木、ギリギリまで絵を描いてた毬子は、おてんば屋の前で待っていた。明日香と祐介の逆方向から小さく、走ってくる香苗が見えた。高い踵でよく走れるな。と、絢子は思う。

 やや大きめの部屋に7人で入り、

「よろしくお願いします」

 と言って、初参加八木は頭を下げる。「内緒話をする時はここの1階を使うんですよ」と追いついた香苗が八木に小さい声で言う。

 香苗と毬子がモニターを挟んで座っている。

 失恋したので、少し心が軽くなればと思い、絢子の誘いに応じたのだが、果たしてそれは早急でなかったか。

「硬くならないならない」

「何歌ってもいい場所ですんで、気にしないで選曲してください。

 順番は、香苗と毬ちゃんじゃんけんして。香苗が勝ったら時計回りで、毬ちゃん勝ったら逆回りで」

 隆宏に言われた通りに、

「毬子さん……、最初はグ―、じゃんけんポイ!」

 香苗と毬子がじゃんけんをする。

 香苗がチョキで勝った。

「やったーいちばん!」

 と言って、浜崎あゆみの曲を入れ、歌い始める。

 具体的な順番は、香苗、明日香、祐介、隆宏、絢子、八木、毬子である。リモコンがテーブルの上をあちこち移動する。

 続いて、明日香の番、と思いきや、PUFFYの「アジアの純真」のイントロが流れて、座ったはずの香苗が再び立ち上がる。

「え、アジ純やるの? アスカ」

「うん。初めてのひといるから」

 八木はよくわからないという顔だが、他の4人はニヤニヤしている。

「ぶっつけで出来るかな」

「久々にやろうよ」

 と言って姉妹2人で振り付きで歌う。狭いのも巧みに踊る。

「ふたりの子供の頃の十八番だったんですよ」

「一生懸命振り付け覚えてね」

 と姉妹の両親が八木に解説する。

 特別仲の良い姉妹というわけではないけれど、子供の頃からさんざん一緒に歌っている曲だけあって。見事に息が合っていた。この芸を、このカラオケに参加した者は一度は見ているのだ。幼い頃は大きかった身長差も、今では明日香の方が5センチほど大きいくらいだし(今は香苗は踵の高い靴を履いているけれど)。

 祐介は携帯電話で、隆宏は何処に持っていたのかデジカメで、姉妹を撮りまくっている。

 毬子も姉妹を見る目が和んでいる。

 コンコン、とドアを叩く音がした。

「はい」

 と毬子がいうと、河村麻弥が、ドリンク7人分をお盆に載せて入ってくる。ビール×2、グレープフルーツサワー×2、コーラ×2、ウーロン茶。

「あ、久々にこれやってんだ」

『うん』

 間奏になったので、相槌を打つ香苗、マイクに入っている。麻弥は、

「アジ純の相方はアスカなんだよねー」

 とやきもち半分? な台詞の後で。

「ごゆっくりどうぞー」

 と部屋を出ていこうとする。実は、姉妹の「アジアの純真」を最もリクエストした人間でもある。

「後でなんか歌いなや麻弥ちゃん」

 という隆宏に、

「はあい」

 とだけ返していた。

「アジアの純真」が終わって、祐介はBUMP OF CHICKENの天体観測。毬子と絢子が写真を撮りまくる。

 隆宏は吉田拓郎の「唇をかみしめて」。全編広島弁の歌詞だ。

 八木は1曲終わると拍手をしていたがこの曲の時は一段と大きかった。香苗がデジカメで写真を撮ろうとして、使い方を教わってないので断念していた。

 絢子はTHE BOOMの「島唄」。

 八木の1曲目は、参加者全員の注目の的だったが、Mr.Childrenの「YOUTHFUL DAYS」でなるほど、と皆に思わせた。 

 毬子はMY LITTLE LOVERの曲にした。

 真に、今流行っていようがなかろうが何を歌ってもいい場である。そうしないと大人たちは歌う曲がない。子供たちにも幼い頃から、ひとの選曲をとやかく言わない、と教えている。おかげで子供たちは、他の友人知人とカラオケに行っても他人の選曲をとやかく思わなくなった。そして大人たちは、自分の番以外はドリンクを飲んだり歌を入れたり、写真を撮ったりと忙しい笑


 毬子は2周目は相川七瀬の「夢見る少女じゃいられない」にした。

 隆宏が浜田省吾の「片想い」を歌うと八木が「もうひとつの土曜日」を歌う、という具合にレスポンスがあった。

 安室奈美恵や浜崎あゆみを歌いたがる姉に対し、宇多田ヒカルとaiko、椎名林檎で出る妹。年齢が近く性別が同じというのはこの2人だが、うまいこと曲は被らない。

 絢子は「天城越え」だったり、中島みゆきだったり。


 3週目に、毬子がhitomiの「SAMURAI DRIVE」を歌ったりした後(毎回同じところで、しなくていい転調をするのが悩みの曲だ)で、隆宏が矢沢永吉の「時間よ止まれ」を入れた。

「あれ、誰の曲?」

 隆宏はワンコーラス歌い切って、

「永ちゃん。古いよ。ワシが高校くらいの頃の曲」

「すごいさわやかだね」

 と間奏の間に親子の会話。


 途中、さほど歌が得意でない絢子は持ち歌がなくなったりする。飛ばしてもらうようになってきた。隆宏のデジカメで写真を代わりに撮ったりもする。

 祐介は、ポルノグラフィティに行ったり、3週間後東京ドームに観に行くバンドの曲を歌ったり。T.M.REVOLUTIONだったり。

「これ姉の結婚式でも歌ったんですよね」

 と言って八木が歌ったのはウルフルズの「バンザイ」。

「あ、これ歌ってない」

 と言って絢子が入れたのはスターダスト・レビューの「木蘭の涙」だった。

 絢子が歌ってる最中に香苗がいなくなったと思ったら、店の制服姿の麻弥を連れて戻ってきた。

 麻弥は、安室奈美恵の「BODY FEELS EXIT」を歌って仕事に戻っていった。


 支払いで、隆宏がレジにいる間、絢子と香苗、祐介がトイレに行き、冷房に弱い毬子は2人分の料金を隆宏に渡して先に外に出て階段を降りてしまったので(ちょこちょこトイレには立っていた)、八木と明日香が一瞬2人になった。

「八木さん、相談したいことがあるんですけど」

「何で俺に」

「ニュートラルな立場の大人の男性というので」

「お役に立てれば」

「携帯の番号教えてもらえます? あたし携帯持ってないんです」

 八木は。なんで俺なんだという想いが消えないまま、明日香に電話番号を教えた。

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