第5章 Disclosure 第4話
一日空けてくれるのかと思ったら、文佳は休みではないらしい。文句を言ったら、あたしが東京へ行った時に休み取ってくれた? と意地が悪かった。
待ち合わせは午後5時20分、札幌時計台だ。八木が時計台に着くとほどなく文佳が現れた。
「何時の飛行機で帰るの?」
「明日の朝イチ」
「そっか。もひとり来るから待っててね」
? 真面目な話をするんじゃなかったんか?
と思ってたら山本幸治が現れた。
「お久しぶりです」
「久しぶり……」
何でここに集められたんだと言いたい心理の山本だが、それは口に出さない。
3人はススキノへ向かって歩き始めた。
おてんば屋のススキノ店に入った。個室を予約してあったらしい。全国チェーンなんだな、と少し驚く。「ここって押上にもあるよ」と八木は口にするが2人とも乗ってこない。
ビールで乾杯する。
しばらくは山本の仕事の話が盛り上げた。洋服屋である八木には、関わりはあるが知らないことの多い世界である。
唐揚げ、たこ焼き、シーザーサラダ、その他いろいろ料理も来た。
八木が2人と向かい合う形で座っているのだが、一切くっつかないその感じが、なにかを八木の頭に囁いていた。
文佳が切り出したのは唐突だった。
「それでね、あたし、八木ちゃんと別れて山本くんと付き合おうと思うの」
「「え!?」」
男二人、同時に声をあげる。
「このところ、あたし大事にされてないなってわかった。だったら山本くんに応えてみようかと思ったの」
「すいません」
と言って山本は頭を下げた。大学時代のバイトの上司であるから、ある程度筋は通した方が良い。
「山本?」
「意思表示はしてたんで……」
知らないうちにそんなことが起こってたんか、と驚く八木である。
「というわけで、もう八木ちゃんに会いに東京行かないし、電話もかけないから。決めたから」
「大事にしてなかったわけじゃないんよ。ただ、東京に今でも慣れてないし、先週は広島でバンド再結成したし……」
「恋愛ってタイミングだからね」
文佳のこの台詞を最後に全員、並んだ料理を黙々と食べた。
「じゃあね、今までありがと」
「どうもすいませんでした」
という2人の言葉を最後に2人と別れて、1キロほどめくら滅法歩き、ふと上を見上げるとテレビ塔が見えた。
次にここに来るときは違う目的になる。
不思議な感覚がした。
もう午後8時だ。最終の飛行機には乗れないだろう。
ホテルに帰って、明日の仕事に備えなければ。
『お姉ちゃん、旦那の編集部に描いてる漫画家さんのアシスタントになるんだって?』
八木がテレビ塔を見ている頃、毬子に、律子から珍しく電話が来たと思ったら。
『ここんとこちょいちょい外泊するんだよね、ほんとに仕事かな?』
まだ三村は彼女に話していないらしい。シラを切るのになけなしの演技力を遣う毬子。
早く知れないかな。
翌日、宵の口の藤花亭。
「由美ちゃん最近誰のライヴ行ったの?」
などと藤井夫妻が由美に話しかけていると、八木が仕事帰りにボストンバッグを持ったまま、藤花亭に入った。
「あら八木さん遠くへ出かけてらしたんですか?」
「ちょっと札幌へ……」
「ひょっとして……」
と言って隆宏は右手の小指を立てる。
「ふられましたよ」
「あー、じゃあ八木さん今夜はビール飲み放題で!」
割と誰にでもそういうこと言うんだなこの店。
行きつけの店つくっといてよかった。
それっきり夫妻は仕事に集中していて八木に特に声をかけたりはしなかったけど。
由美については、この女性ここで見たことあるな、という感覚である。
毬子はこの時近所のスーパーにいたが、冷房が寒くて一度外へ出た。
天気は黒雲が迫っている。
早くお会計しようっと。
八木が入ってから40分後。がらっと扉が開くと同時に雨の音。
「毬ちゃんこんばんは」
「うーっす、毬子」
「あー、由美、来てたの?」
「え、おふたり、友達なんすか?」
八木はやや戦々恐々な感覚で言う。
「うん、小中学校が一緒。高校はあたし漫画ばっかり描いてたから同じところ行けなかったあはは」
などと毬子は笑っている。
翌日12時出勤なので、八木はそのまま閉店まで藤花亭に居た。
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