第12章  Family Report 第4話

 当事者でない3人が顔をつき合わせてこれ以上話し合ってても何も解決しないので、毬子はお好み焼きを1枚ただで食べさせてもらってから家に帰った。麺を増量し、更に天かすを入れてもらった。

 夫婦はその夜の会話で、

「詮索し過ぎたね」

「なに?」

 絢子はパジャマ姿で髪をタオルドライしながら、

「律っちゃんのこと」

「ほじゃな」

「反省しよ」

「ほじゃな」

 お互いに詮索し過ぎたと反省した。


 日曜日、3人で、いつものようにカラオケボックス「ハロー」への道を行く。途中の業平橋駅で信宏を拾う。

 参加者は、藤井一家、七瀬親子、毬子の妹の三村律子に弟の七瀬信宏、仁科みゆき、根本一哉、そして八木明拓である。

 八木とは顔合わせも済んでるのでいいとは思うが、中学生とは初対面だ。それで念のために藤井夫妻は、信宏と毬子の間に律子を入れることを考えた。

 今日の並び順は、時計回りに、隆宏、絢子、毬子、律子、信宏、祐介、明日香、香苗、みゆき、一哉、八木、である。

 隆宏と八木がじゃんけんをして、隆宏が勝って時計回りでスタートした。

 隆宏は「私は今日まで生きてきました……」と拓郎節を始めた。

 絢子が「島唄」、毬子が「SAMURAI DRIVE」の後。

 律子が「亜麻色の髪の乙女」を歌い始めた時、絢子が「それがあったか!」という顔をした。

 信宏は尾崎豊の「シェリー」、祐介は「虹」(ラルク・アン・シエル)の後、藤井姉妹が「アジアの純真」を歌った。みゆきが「ハナミズキ」、一哉がTHE YELLOW MONKEY「BURN」まで歌ったところで、ミスチルの「YOUTHFUL DAYS」のイントロが流れた。

「誰が歌うのこれー」

「姉ちゃんだろさっきリモコンいじってたの」

 信宏の指摘の通り、毬子が入れて知らん顔を決め込んでいるのである。気になる男性2人に同じ曲を歌わせようと言う発想である。

「わかった、俺が歌う」

 八木が、歌詞カードで言えば5行目あたりのタイミングから歌い始めた。


 3周する頃には、絢子と律子は歌う曲がなくなってきて、飛ばしてもらっている。これも絢子を見て見習っているのだ。

 はなわの「故郷」を信宏が、エヴァンゲリオン旧劇場版主題歌「魂のルフラン」をみゆきが歌うのを見ながら、楽しんでるかな? と思いつつ律子の顔を毬子が見たら、律子は笑顔で、毬子はほっとした。


 信宏も八木も、祐介とも隆宏ともリンクした曲を歌ったりで(祐介がラルク、隆宏は浜田省吾だったり)、忙しい。

 良いひとが常連になってくれたな、末永いお付き合いになったらいいな、信宏くんも久々に来てくれて嬉しいし、と隆宏は思っていた。

 この時ふと、隆宏は、八木さんを毬ちゃんの旦那にどうだ? という発想が浮かんだ。

 あ、でも、隅田川の花火の時、年上苦手、年下趣味じゃないと言ってたっけ?

 そんなことを隆宏が考えていた4周目、信宏がユニコーンの「おかしな2人」を、八木がポルノグラフィティの「アポロ」を広島弁で歌い(テレビで歌われて一部で有名なもので、吉田拓郎が企画と作詞をした。歌詞さえ丸暗記すれば替え歌の要領である)、後者は隆宏と祐介が大爆笑していた。八木と信宏はお互いに、それがあったかと思った。「おかしな2人」については毬子も2人と同じことを思った。

 5周目、隆宏が吉田拓郎の「唇をかみしめて」(全編広島弁の曲である)、絢子が「すみれ色の涙」、信宏が佐野元春の「ガラスのジェネレーション」を歌った後、香苗が「19歳になったらこれ歌おうって決めてたんだー」と前置きして、安室奈美恵の「SWEET 19 BLUES」を歌い始めた。調子が良いのか声がよく伸びて、のびのびと気持ち良さそうに歌っている。

 こんなに何も気にしないで歌えたらなあ、と律子は、年下の香苗を羨ましく思った。

 律子が思う一方、八木は、ユニコーンの「働く男」を歌っている。ちなみにこの日から2年数ヶ月後、ユニコーンは再結成する。


 香苗の誕生祝いは、翌週の遊び仲間たちとの方が本番だ。

 土曜の夜。

 香苗の親友の河村麻弥が久々に藤花亭に来て、ミックスとウーロン茶を注文していた。親友が休みを取ってくれたので香苗は喜んでいたところ。

 RRRRR

 店内に、どう聞いても携帯電話の着メロという音質で、安室奈美恵の「CAN’T SLEEP CAN’T EAT I’M SICK」が鳴り響く。

 電話をパカっと開けて、香苗が笑顔になった。

 店の隅に寄って行って、話し始める。

「うん、うん、しょうがないもんね。誕生日に催促する前に電話くれただけでうれしい」

「なに、あいつあの笑顔」

「彼氏でしょ。今博多なんだって、長期出張」

「へー、知らなかった」

 彼氏でしょと母親に言われた割には香苗は早く電話を切り、それからすぐ後に、派手な一団が藤花亭の扉を開けて、「かーなーえーちゃーん、むかえにきたよー」と声を立てた。青い髪、金髪、黒革のジャケットに打ち込まれた鋲……

 香苗はこの日、一段と化粧が濃かった。サテン地でサーモンピンクのカットソーに、極彩色のマイクロミニスカート。春先に毬子が着ていたそれを見て似た服を探したという。

 毬子と律子はこの夜は藤花亭に来ていたが、律子はこれまでこのグループを見たことがなかったようで、その派手さにぎょっとしていた。

「あいつら今回はちゃんと支払えるのかね」

「明日香の時はあいつらにしてみりゃ大恥ものじゃろ」

 初夏の、ハローでの出来事を思い出している毬子と隆宏である。

「何があったの?」

 穏やかじゃない表情で聞く律子。

 毬子が説明してやり、藤花亭の夜は更けていった。

 支払いも問題は起きず、交番からも電話はかかってこなかった。


 翌日。

 毬子は白いジャケットの中にレモンイエローのワンピースを着た。

 母親が着る、子供の好きそうな服って何かないかと、浅草の松屋で相談して決めた服である。

 そんな理由で服を買うのって初めてだ。

 祐介は紺のブレザーにジーンズだ。割と着ることが多い服である。

 毬子の服装を見て、上手く言えないけどいつもと何か違うな、と思う。

 あくびをしている。

「子供相手だからね、気を遣ってよ」

「あーい」

「よし、行くか」

「行ってらっしゃーい」

 律子が玄関まで出てきて2人を見送ってくれた。


 崎谷親子とは浅草駅で11時に待ち合わせだった。親子とも花やしきは初めてなので、七瀬親子が道案内もする。でも久しぶりなので、頭の中で道のおさらいをする2人。


「はじめまして。七瀬毬子と言います」

「祐介です。よろしく」

「崎谷健太郎です」

 それぞれ名前を名乗って頭を下げる。

「ほら、お名前を言いなさい」

 崎谷が促すと、

「……崎谷翔平です」

 言って少年はお辞儀をした。

 なんだか愛嬌が感じられない。

 崎谷が、

「何があるの?」

 と聞く。

「コースターとかありますよ」

 祐介が言う。

「翔平くん、乗ってみる?」

 毬子の言葉に、翔平少年はこくんとうなずいた。


 祐介が翔平とコースターに乗ることにして、毬子と崎谷は待っていることにする。

「月に1回僕と面会の日があるんだけど、いつも無表情で、楽しんでくれているのかな、と思って不安なんです。でも会わないと忘れられてしまいそうでそれも怖いんです」

「もう9歳でしょう。忘れないんじゃないかな、うちは離別でも死別でもないんで、最初から父親がいないから何とも言えませんけど。

 実は彼、ロンドンに行っているんですけど、10月に一時帰国するんですって。ミュージシャンで、由美が取材に行くんですって。連れてってくれるとか言ってました」

 このまま、いつか八木に話した、祐介が生まれる時の話をしようかと思ったが、それをするには時間がなさそうで、やめておくことにした。

「会いに行ってほしくないな」

 それは独占欲なのでしょうか? と毬子は疑問に思った。

 

 メリーゴーラウンドに乗ったり、おばけ屋敷に入ったり、様々なアトラクションに翔平と一緒に、祐介と毬子が交代で乗った。

 ディズニーランドと違ってなんて言うか……気持ちにしっくりくる語彙を思いつかずになんと感想を述べて良いか、翔平は悩んでる。


「はい」

 毬子は翔平にソフトクリームを差し出した。

「いいです」

「あげる。遠慮しなくていいよ。おばさん今少しお金持ちだから、今のうちよ。あ、祐介、あんたも食べる?」

「もらう」

 と言って祐介は、ソフトクリームにかぶりついた。

 翔平は、真似してソフトクリームにかぶりついた。


 翔平少年が笑顔を全く見せないので。

 浅草と言えば花やしきだけどこのチョイスは失敗だったかな、と祐介も大人2人も、笑顔を見せない少年にどうしようと思い始めた。

 そのまま夕方が来て。

 4人で歩いている途中、どたっと翔平少年が転んだ。

「見せて」

 毬子が翔平の前に回り込む。

 膝を少しすりむいていた。バッグからウェットティッシュを出して拭いて消毒替わりをしてから、ばんそうこうを貼る。

 翔平は無表情のままだ。


 その後、上野の聚楽第で夕食を取ったけど、大人2人は会話が盛り上がるが、祐介と翔平にはイマイチ面白いものではなかった。祐介は、この頃にはもう、仮面ライダーなどは見なくなっていたし、コロコロコミックも読まなくなっていたから、小学生とどういう話題で会話をしたら良いかわからなくなっていたし。


 祐介はそれなりに社交性を発揮したものの、今ひとつ噛み合わない親子顔合わせが終わって、2組の親子は帰途に就いた。


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