第3章 Discharged 第3話

「どーぞどーぞ。ジュースでも飲む? えらい走り回ったみたいだもんね」

 中学生ふたりはカウンターに身をぶつけるように座った。

 絢子は携帯電話を出して、メールを打つ。


 午後4時半。渋谷センター街。

「うふふ。ごめんねえ」

 明日香は長い筒と大きな平べったい物を抱えてニマニマしている。

「キモいからよせ」

「だって、こんな大事なもん忘れとったんだもん」

「こんな遠いところで予約するからだ」

 某海外のパンクバンドの再発CD (予約特典ポスターとLPサイズのブックレットが付いている) を抱えているのである。

「いつの間にこんなとこ来てやがったんだ」

「みんなが花粉症で出不精になってる間だよ」

 4人組で唯一の非花粉症が明日香なのである。

「ねえねえ、ちょっと寄ってこうよ」

「どこよ」

「この先」

「おい」

「暑いんだもん。歩き回って汗かいたしさ」

 暑いと言っているのに明日香は歩きながら三つ編みを梳く。

 長いウエーブヘアがふわあっと風で広がった。

 隣で見てドキッとする祐介。

「ちょっと待て」

 追いかける祐介。


 毬子は髪を自分でセットして、スーツを着込んで、ICカードでホームに入って都営浅草線に乗る。

 祐介が帰ってきたら連絡寄越すように言っといたけどね。

 ふたりきりになりたくてあの2人をまいた。

 あり得るかもしれない。


「あの建物きれいだなー」

「言っとくけど俺金ねーぞ」

「えー、そんなー」

「そろそろ押上帰ろうぜ。疲れてんだよ今日。身体動かしたから」

 そんな言い方をする割には大会の得点王になっているのだから、大した運動神経である。

「シャワーぐらい浴びてこうよー」

「そんな気ねえ」

「えー、あたしたち付き合い始めてまだ4ヶ月だよー」

「ちょっと待ておい」

 明日香は、なんだか足に力が入ってない風で祐介の前を歩いていく。

 坂の上を上がると、一見メルヘンな建造物が見えてきた。


「あれ? 迷っちゃった?」

 しばらく歩いた後、明日香は口に出す。やっぱり暑いと言いながら、髪を今度はひとつに結ぶ。

 まさにラブホテル街と言わんばかりの場所に出ていた。

「てめえのせいだろが」

 知らねえぞ俺は、とでも言いたげであった祐介がこの瞬間一変した。

「おい、ちょっとこっち来い!」

「え? なーに?」

 振り返る明日香。珍しい感覚。

 祐介は右手を明日香の身体に回して、そばにある電柱の陰に寄った。

 小声で言う。

「叔父貴と由美さんだ……」

「信宏さんじゃないじゃん」

「律子さんわかるだろ? 律子さんの旦那」

 律子さん、と母親の妹のことをここでは名前で呼んでいる。

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