第9章 kanae's testimony 第3話
それで、「ご清聴、ありがとうございました」と言って、毬子は話を〆た。ところから間髪入れずに由美が、
「わかんないことあったら質問をどうぞ」
次は由美宛ての質問コーナーだ
「ということは、そのエータローさんは、祐介くんが生まれていることさえ知らないということですよね」
と言う八木には、毬子が、
「うん。知らない。
で? エータローはいつ帰ってくるんだって?」
「10月の始め。凱旋ライヴは六本木だったかな? それにしちゃ情報くるのが遅くってさ」
言いながら由美は、プリントアウトしてきたらしいメールを出した。クリアファイルに入っているそれが順々に渡され、全員が目を通す。
「一時帰国なの?」
と毬子が次の質問。
「そうみたいよ。イギリスで映画音楽とかもやって賞取ってるみたいね」
隆宏が、先程扉に貼った「本日貸切」の札を取りに行った。有線放送も付けた。C・C・Bの「LUCKY CHANCEをもう一度」が流れ始めた。ところで八木が、
「写真、返します」
と言いながら写真を一葉毬子に渡す。
「見つけてくれてありがとね。こないだはお世話になりました」
「こないだって何よ?」
由美が尋ねた。
「風邪で死んでた時にお世話になったのよ」
「それが先週か。そういやあんた赤い顔してた時あったわね。治ったの?」
予想に反して「祐介は何やってたの」というツッコミはなかった。なので、
「おかげさまで」
とだけ返すと、絢子が、
「さーて、みんな、そろそろ夕飯は? 選んで。お好み要らなきゃ裏で自分でつくりいよ、香苗、明日香」
「今日はお好み食べる。着替えてくる」
と言って香苗は、外から自室へ回った。
「俺もお好みにする」
「あたしも」
と祐介と明日香。
香苗が、メイクを濃くしてパンツスタイルで再び現れた。
「この写真でしょ?」
と言って、幼児期の自分と高校時代の毬子、エータローの3人で撮った写真を出す。
「そうそうこれこれ」
全員の頭が写真に集中した。大将・隆宏はお好み焼きを焼き始めていたため、鉄板から体が離せず、せめて少しでも、と横目で必死に見ようとしてる。八木は可愛ええな、と思っているところ。
「ほらーっ、ちゃんと開いてるじゃん!」
「うるせえ、さっき来た時は『本日貸切』になってたんだよ!」
という大声の応酬と同時に扉がガラッと開いた。
「爺さんいらっしゃい。カノジョ?」
と言われたプレスリー爺さんは若い女性を連れていた。
「娘だ娘。んな体力ねえ。ミックスとビール2つずつ」
と、隆宏とプレスリー爺さんが軽妙にやりとりして、爺さんと娘は座敷に座った。明日香と祐介が座敷を降りてくる。
さらにお客さんが入って来たので絢子が。
「祐ちゃん、毬ちゃん、由美ちゃん、八木さん。うちで食べる?」
「へ?」
「お客さんけっこう入りそうだからさ」
絢子の提案にYESを言った4人は、結局藤井さん家の2階のDKにお好み焼きを運んでもらって、藤井姉妹と6人で夕食をとることになる。
藤井家のDKは4人掛けなので、明日香と香苗がそれぞれ3階の自室から机用の椅子を持ってきて、祐介と八木の間の辺に明日香が、毬子と由美の間の辺に香苗が座った。要らないから捨てると今年の春に言っていた香苗の机椅子は、役に立つかもしれないからとっておきんさい、と母親に言われてとっておいたのが役に立っている格好である。
「こんなこと年中やってんですか?」
八木はキョロキョロした後で椅子に腰掛けて、それをですます調で聞く。
「高校の頃に店手伝ったらご飯食べさせてもらったくらいかなあ」と由美。
「ここでご飯を食べたことはあるんだけどね、あんたたちが小さい頃だよね」
と言って毬子は、明日香と祐介を見た。
「八木さん、東京には慣れた?」
と由美が聞く。さすがはプロのインタビュアー、と毬子が内心で感心していた。
「本州の暑さってこうだったって身体が思い出しとるかな。仕事には慣れましたよ」
その他、9月の香苗の誕生日のカラオケはどうするんだ、という話の後で。
「もうすぐ絢子さん誕生日じゃない?」
「ああ先にそれがあったー」
「あんた今年ははずまないと」
と毬子は香苗に言う。
「後で銀行の残高見るわ」
「銀行の残高って言えば、退職金の振り込みまだ記帳してないや」
「いーなー毬子さん、おっっかねもちー」
「ホント、貧乏を体力で補うのやだよ」
藤井姉妹が冷やかす……もとい、明日香はボヤいた。
「涼しくなったら達成感得られて気持ちいいよ。まだ子供なんだからそのくらい工夫せい」
「そういうことを言うのは本当に体力がなくなってからだよ」
と由美が言う。
などと言い合って、食後もしばらく談笑していた。
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