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「…え?」
「だから、神さんのテレビ出演よ。公開収録なんだって。もちろん、見に行くよね?」
聖子が、弾んだ声で言った。
「……」
「行こうよー」
あたしが無言でいると。
「あ、俺も行きたいな」
陸ちゃんが手をあげた………けど。
「ぶーっ。その時間、陸ちゃんは最後の缶詰状態でーすっ」
聖子が笑った。
「あーっ、ちくしょーっ」
レコーディングもいよいよ終盤。
秋には、予定通りCD発売となる。
「俺、行こうかな。親父も出るし」
「え?」
その言葉に、聖子と二人して光史を見る。
「あれ?聞いてない?親父もメンバーなんだぜ」
「ええっ!?」
朝霧さんが!?
「傑作だったらしいぜ。神さんが高原さんとこ行って『朝霧さんをください』って言ったらしくて」
「あっははははは!!何それ!!まるで嫁をもらいに!!」
「親父もなー…神さんとバンド組むってのはまんざらでもなかったらしくて」
「他のメンバーは?」
「神さんに
「へへっ…うちの父さん」
まこちゃんが照れくさそうに笑った。
「Deep Redが二人も…そのうえベテランの臼井さん、新人の中でも一流の評価をもらってる浅香さん、その中にいても違和感がない神さんと東さんて、すごいなあ」
陸ちゃんが腕組して言った。
臼井さんは、センのお父さまとのバンドを解散されたあと。
ずっとフリーでスタジオミュージシャン…
いわゆる、ソロシンガーのバックなどを務められていた。
浅香さんは千里と同じ歳の人で、荒々しいプレイスタイルだけど…千里の声に合うドラムかもしれない。
『寡黙な不良』って言われる人で、あまり笑顔を見せない。
…メンバーの名前を聞いただけでも…かなりのインパクト。
どんなサウンドなんだろう…早く聴いてみたい…
「実際、親父も絶賛してたよ。すごいバンドだって」
「そりゃ、是非見に行かないとね、知花」
「……」
「行こうぜ」
みんなに言われて…あたしは頷く。
「僕も行くー」
「あっ…きったねえな、まこ」
「残念ねえ。陸ちゃん」
「くっそー…センを道連れにしてやる」
「あー、センも間に合わないかもね」
今スタジオに入ってるセンと、悔しがる陸ちゃんを残して。
あたしたちは、事務所の2Fにある公開番組用のスタジオに向かう。
「う…後ろの方にしようよ」
「なんでー。今なら前空いてるのに」
「いいから」
前に行きたがる聖子の腕を引いて、あたしは後ろの方に座る。
まばらだったお客さんも、六時が近付くにつれて…いっぱいになった。
「すごく嬉しいー。神さん待ってたのよー」
「ね、浅香くんの髪型変わってないかな」
「でも驚いちゃったよね。このメンバー」
「臼井って、スタジオミュージシャンじゃなかったっけ」
「ナオトさんのキーボードを、もう一度聴けるなんて幸せ」
それぞれのファンの声をざわめきの中に聞きながら…
あたしは、千里がどんな歌を歌うんだろう…って考えていた。
しばらくして…
『それでは、これからLIVEに入ります。もう、無理しなくても勝手にのれちゃうようなバンドなんで、とにかく楽しんで下さい』
番組のアシスタントさんが挨拶して、場内が暗くなった。
そして…
「きゃー!」
「神さーん!」
「アズー!」
スモークとともに、ドラムが鳴り響いて…
続いて、ギターとベース、キーボードが加わった。
『Thanks For Coming!』
そこに千里が、走り出てきて…すごい歓声。
一曲めは、ノリのいいハードロック。
歌詞は、英語。
あたしは…千里が歌う姿を見るのは初めてで…
…足が…
「ぐっわ~…超かっこいー…!!」
聖子が立ち上がって踊り始めた。
客席で座ってるのはあたしぐらいになってしまって。
あたしも、とりあえず立ち上がる。
…けど…
足は、ずっと震えたまま。
…千里…以前聞かせてもらったTOYSより…ずっと、ずっとずっと…すごい…!!
正直、Deep Redのお二人と、臼井さんがいらっしゃるバンドなんて…
他のメンバーはかすんでしまうんじゃないか。って。
さっき、光史とまこちゃんからメンバーを聞かされた時、そう思った。
…だけど…
全然、そんな事ない。
浅香さんのドラムも、東さんのギターも…そして何より、千里の歌は…
このバンドのフロントマンとして、誰もが納得する存在感。
「……」
あたしは、その千里の左手の薬指に光る指輪を見付けて。
ギュッと自分の腕を抱きしめた。
『あー…新しくバンドを組みました。ま、知った顔が多くて驚いた人も多いと思うけど。これからは、このメンバーでガンガンやってこと思うんで、よろしくお願いします』
二曲終わったところで、千里が喋り始めた。
…思ったより、丁寧な挨拶するんだ…って、パチパチと瞬きをする。
『えー…MC苦手なんで、リーダーにマイクを』
千里がそう言って朝霧さんにマイクを渡した。
『おい、俺がリーダーかいな』
『センターで、どうぞ』
朝霧さんの問いかけを無視して、千里はドラムの前にしゃがみこむ。
『あー…ご紹介預かりました。リーダーっちゅうことですが…ああ、バンド名について発表しましょ。F'sいいますが、これはーこのメンバーで、バンド名考えてて…』
「…親父のMCとか、なんか照れくさいな…」
光史が、小さくつぶやいて目を細める。
あたしは、ドラムの前にだるそうにしゃがんで、朝霧さんをニヤニヤして見てる千里を見ていた。
『何でや?思うてる人も多いんちゃうかな思うけど、F'sは全曲英語ですねん。何でかっちゅうと、千里が日本語じゃ恥ずかしゅうて書けへんそうで。でも、千里の声は英語向きやなーって、新発見もあって』
朝霧さんの言葉は続く。
確かに…英語の曲の方が似合ってるかも。
「知花、歌詞聞き取れる?」
聖子が、隣で耳打ちした。
「うん」
「神さん、英語喋れたんだ?」
「うん…あたしも聞くのは初めてだけど…」
「へえー…意外。でも、英語の方がらしいって感じかな」
確かに…TOYSの曲より、このF'sの英語歌詞の方が…千里には合ってる気がする。
『さ、じゃあそろそろ次の曲に。もう、いってもええんやろ?』
朝霧さんが千里を振り返る。
『いいっすよ』
『神千里、初めてのラブソングをどうぞ』
朝霧さんがそう言って、千里が苦笑いしてる。
会場から、ひやかしの声があがって、千里は小さく笑いながら。
『…Always』
小さくタイトルコールをした。
静かなピアノの前奏。
そして…千里の、初めての…
「……」
それは…あたしを言葉では言い表せられない気持ちにさせた。
解釈が間違ってなければ…この曲…あたしに…?
「知花…指輪は?」
聖子が涙目で、問いかけた。
「え?」
「ほら、この間の」
「……」
「もう、いいじゃない。はめなよ」
聖子がそう言うと、聖子の向こうにいた光史が。
「俺もいいと思う。どうせ、持ってんだろ?」
笑顔で言った。
…渡されてからずっと、お守りのような感覚でポケットに入れてた。
少しだけ考えて、ポケットから指輪を出す。
泣きながら千里に返した指輪…
まさか、もう一度はめることになるなんて…夢にも思わなかった。
ステージでは、千里が照れくさそうに髪の毛をかきあげて…
一瞬ライトがあたって明るくなった客席の中に、あたしを見つけた。
あたしの瞳いっぱいに浮かんだ涙がこぼれる瞬間。
千里と…目があった。
くすっ。
驚いた顔してる。
…あの日から…やりなおせるの?
こんな、あたしとでも…
『じっくり聴いてもらえたでしょうか』
千里が照れくさそうに、うつむき加減でそう言って。
『次、最後なんで思い切り、跳ねて下さい』
東さんが、口添えした。
あたしは…ポケットから出した指輪を、そっと…薬指にはめる。
「やったね!」
聖子が、あたしを抱きしめた。
その向こうで、光史も親指を突き出してくれた。
最後の曲が最高の盛り上がりで終わって。
客席から、熱いコールを受けながらステージをさがってく千里と目があって。
「あ、神さん、こっち見てる」
聖子が、あたしの左手を持ってヒラヒラさせた。
すると…
「キャーッ!!」
「え?」
千里が客席に走り降りてきて…
「知花…」
あたしを、抱きしめたのよ…。
* * *
「…信じらんない…」
番組収録後。
あたしは、ロビーで唇を尖らせる。
「俺もな」
千里は、嬉しそうに髪の毛をかきあげた。
「パニックになってたよ?いいの?ファン…減るんじゃない?」
「どうして」
「……」
人気者としての、自覚って…ないのかな…
「おまえ、今日まだ録りあんの?」
「ううん、あたしは全部終わってる」
「あ、そ。じゃ、おまえんち行こうぜ」
「…え?」
「おまえんち。早い方がいいんだ」
「何が?」
「いろいろ」
千里は立ち上がると、あちこちから冷やかしの声を受けながら、それでも…あたしの肩をしっかり抱き寄せたまま事務所を出た。
「自転車は?」
タクシー拾ってる千里に問いかけると。
「ライヴした後、おまえ乗せて桐生院まで行けってのかよ」
って…ふてぶてしい言い方。
でも…
なんとなく、千里らしくて…安心。
タクシーに乗り込むと。
「俺、ちょっと寝るから」
千里はすぐに寝息をたて始めた。
あたしは、そんな千里を見つめる。
…あんなに優しい歌が歌える人なんだ…
あの曲を思い出すと、すぐ涙が浮かんでしまう。
頑なになってた自分が、バカみたい…
あれこれ考えてると、あっという間に家の前。
「千里、ついたよ」
「あー…もう?」
タクシーを降りても、千里はボーっとしてて。
「…今日じゃない方がいいんじゃない?」
「いや、いい」
頬をペシペシって叩いた。
門前でインターホンを鳴らして、帰った事を知らせて。
緩やかな階段を登り切って、玄関をあけると。
「あら、おかえ…え?」
母さんが、あたしと千里を見て驚いてる。
「…ただいま」
首をすくめて言うと。
「まあ…まあまあまあ、おかえり‼︎さ、早くあがって‼︎」
あたしは夢見心地で…家に入る。
「おじゃまします」
千里が靴を脱いでると。
「かーしゃんっ」
華音と咲華が駆け寄って来た。
「ただいま」
あたしが二人の頭を撫でると、あたしの後ろに千里を見付けた華音と咲華は…
「とーしゃん!!」
大はしゃぎ。
「とーしゃん、おかえいー」
華音の言葉に、少しだけ目頭が熱くなる。
それは千里も同じだったみたいで…
「…ただいま」
少しだけ潤んだ瞳で…華音と咲華の頭に唇を落とした。
「かーしゃん、とーしゃんよー」
咲華が嬉しそうに、千里をあたしに紹介する。
「うん…そうだね…」
我慢してたけど…つい、涙があふれてしまった。
「泣くな」
「千里だって…涙目のクセに…」
「うるせっ」
千里は少し乱暴にあたしの目元を拭って…さりげなく、自分の涙も拭った。
「…千里さん、おかえりなさい」
振り返ると、みんながそこにいて…
「知花、千里さん、おかえりなさい」
おばあちゃまの笑顔が…また、あたしの涙を誘った。
「…ただいま」
はにかんだ笑顔の千里。
「…ただいま…」
泣き笑いのあたし。
どうか、この幸せが…
夢ではありませんように…。
そして、このあと。
千里は…わが家をあっと言わせるような言葉を口にした。
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