52

「…え?」


「だから、神さんのテレビ出演よ。公開収録なんだって。もちろん、見に行くよね?」


 聖子が、弾んだ声で言った。


「……」


「行こうよー」


 あたしが無言でいると。


「あ、俺も行きたいな」


 陸ちゃんが手をあげた………けど。


「ぶーっ。その時間、陸ちゃんは最後の缶詰状態でーすっ」


 聖子が笑った。


「あーっ、ちくしょーっ」


 レコーディングもいよいよ終盤。

 秋には、予定通りCD発売となる。


「俺、行こうかな。親父も出るし」


「え?」


 その言葉に、聖子と二人して光史を見る。


「あれ?聞いてない?親父もメンバーなんだぜ」


「ええっ!?」


 朝霧さんが!?


「傑作だったらしいぜ。神さんが高原さんとこ行って『朝霧さんをください』って言ったらしくて」


「あっははははは!!何それ!!まるで嫁をもらいに!!」


「親父もなー…神さんとバンド組むってのはまんざらでもなかったらしくて」


「他のメンバーは?」


「神さんにあずまさんに親父に…ベースは昔センの親父さんと組んでた臼井うすいさんで、ドラムは去年解散したSAYSってバンドの浅香あさかさん。キーボードが…」


「へへっ…うちの父さん」


 まこちゃんが照れくさそうに笑った。


「Deep Redが二人も…そのうえベテランの臼井さん、新人の中でも一流の評価をもらってる浅香さん、その中にいても違和感がない神さんと東さんて、すごいなあ」


 陸ちゃんが腕組して言った。


 臼井さんは、センのお父さまとのバンドを解散されたあと。

 ずっとフリーでスタジオミュージシャン…

 いわゆる、ソロシンガーのバックなどを務められていた。


 浅香さんは千里と同じ歳の人で、荒々しいプレイスタイルだけど…千里の声に合うドラムかもしれない。

『寡黙な不良』って言われる人で、あまり笑顔を見せない。


 …メンバーの名前を聞いただけでも…かなりのインパクト。

 どんなサウンドなんだろう…早く聴いてみたい…



「実際、親父も絶賛してたよ。すごいバンドだって」


「そりゃ、是非見に行かないとね、知花」


「……」


「行こうぜ」


 みんなに言われて…あたしは頷く。


「僕も行くー」


「あっ…きったねえな、まこ」


「残念ねえ。陸ちゃん」


「くっそー…センを道連れにしてやる」


「あー、センも間に合わないかもね」


 今スタジオに入ってるセンと、悔しがる陸ちゃんを残して。

 あたしたちは、事務所の2Fにある公開番組用のスタジオに向かう。



「う…後ろの方にしようよ」


「なんでー。今なら前空いてるのに」


「いいから」


 前に行きたがる聖子の腕を引いて、あたしは後ろの方に座る。

 まばらだったお客さんも、六時が近付くにつれて…いっぱいになった。



「すごく嬉しいー。神さん待ってたのよー」


「ね、浅香くんの髪型変わってないかな」


「でも驚いちゃったよね。このメンバー」


「臼井って、スタジオミュージシャンじゃなかったっけ」


「ナオトさんのキーボードを、もう一度聴けるなんて幸せ」


 それぞれのファンの声をざわめきの中に聞きながら…

 あたしは、千里がどんな歌を歌うんだろう…って考えていた。



 しばらくして…


『それでは、これからLIVEに入ります。もう、無理しなくても勝手にのれちゃうようなバンドなんで、とにかく楽しんで下さい』


 番組のアシスタントさんが挨拶して、場内が暗くなった。


 そして…


「きゃー!」


「神さーん!」


「アズー!」


 スモークとともに、ドラムが鳴り響いて…

 続いて、ギターとベース、キーボードが加わった。


『Thanks For Coming!』


 そこに千里が、走り出てきて…すごい歓声。


 一曲めは、ノリのいいハードロック。

 歌詞は、英語。

 あたしは…千里が歌う姿を見るのは初めてで…

 …足が…



「ぐっわ~…超かっこいー…!!」


 聖子が立ち上がって踊り始めた。

 客席で座ってるのはあたしぐらいになってしまって。

 あたしも、とりあえず立ち上がる。


 …けど…

 足は、ずっと震えたまま。


 …千里…以前聞かせてもらったTOYSより…ずっと、ずっとずっと…すごい…!!


 正直、Deep Redのお二人と、臼井さんがいらっしゃるバンドなんて…

 他のメンバーはかすんでしまうんじゃないか。って。

 さっき、光史とまこちゃんからメンバーを聞かされた時、そう思った。


 …だけど…

 全然、そんな事ない。

 浅香さんのドラムも、東さんのギターも…そして何より、千里の歌は…

 このバンドのフロントマンとして、誰もが納得する存在感。



「……」


 あたしは、その千里の左手の薬指に光る指輪を見付けて。

 ギュッと自分の腕を抱きしめた。



『あー…新しくバンドを組みました。ま、知った顔が多くて驚いた人も多いと思うけど。これからは、このメンバーでガンガンやってこと思うんで、よろしくお願いします』


 二曲終わったところで、千里が喋り始めた。

 …思ったより、丁寧な挨拶するんだ…って、パチパチと瞬きをする。



『えー…MC苦手なんで、リーダーにマイクを』


 千里がそう言って朝霧さんにマイクを渡した。


『おい、俺がリーダーかいな』


『センターで、どうぞ』


 朝霧さんの問いかけを無視して、千里はドラムの前にしゃがみこむ。


『あー…ご紹介預かりました。リーダーっちゅうことですが…ああ、バンド名について発表しましょ。F'sいいますが、これはーこのメンバーで、バンド名考えてて…』


「…親父のMCとか、なんか照れくさいな…」


 光史が、小さくつぶやいて目を細める。


 あたしは、ドラムの前にだるそうにしゃがんで、朝霧さんをニヤニヤして見てる千里を見ていた。


『何でや?思うてる人も多いんちゃうかな思うけど、F'sは全曲英語ですねん。何でかっちゅうと、千里が日本語じゃ恥ずかしゅうて書けへんそうで。でも、千里の声は英語向きやなーって、新発見もあって』


 朝霧さんの言葉は続く。

 確かに…英語の曲の方が似合ってるかも。


「知花、歌詞聞き取れる?」


 聖子が、隣で耳打ちした。


「うん」


「神さん、英語喋れたんだ?」


「うん…あたしも聞くのは初めてだけど…」


「へえー…意外。でも、英語の方がらしいって感じかな」


 確かに…TOYSの曲より、このF'sの英語歌詞の方が…千里には合ってる気がする。



『さ、じゃあそろそろ次の曲に。もう、いってもええんやろ?』


 朝霧さんが千里を振り返る。


『いいっすよ』


『神千里、初めてのラブソングをどうぞ』


 朝霧さんがそう言って、千里が苦笑いしてる。

 会場から、ひやかしの声があがって、千里は小さく笑いながら。


『…Always』


 小さくタイトルコールをした。


 静かなピアノの前奏。

 そして…千里の、初めての…



「……」


 それは…あたしを言葉では言い表せられない気持ちにさせた。

 解釈が間違ってなければ…この曲…あたしに…?


「知花…指輪は?」


 聖子が涙目で、問いかけた。


「え?」


「ほら、この間の」


「……」


「もう、いいじゃない。はめなよ」


 聖子がそう言うと、聖子の向こうにいた光史が。


「俺もいいと思う。どうせ、持ってんだろ?」


 笑顔で言った。


 …渡されてからずっと、お守りのような感覚でポケットに入れてた。

 少しだけ考えて、ポケットから指輪を出す。

 泣きながら千里に返した指輪…

 まさか、もう一度はめることになるなんて…夢にも思わなかった。


 ステージでは、千里が照れくさそうに髪の毛をかきあげて…

 一瞬ライトがあたって明るくなった客席の中に、あたしを見つけた。

 あたしの瞳いっぱいに浮かんだ涙がこぼれる瞬間。

 千里と…目があった。


 くすっ。

 驚いた顔してる。


 …あの日から…やりなおせるの?

 こんな、あたしとでも…



『じっくり聴いてもらえたでしょうか』


 千里が照れくさそうに、うつむき加減でそう言って。


『次、最後なんで思い切り、跳ねて下さい』


 東さんが、口添えした。

 あたしは…ポケットから出した指輪を、そっと…薬指にはめる。


「やったね!」


 聖子が、あたしを抱きしめた。

 その向こうで、光史も親指を突き出してくれた。


 最後の曲が最高の盛り上がりで終わって。

 客席から、熱いコールを受けながらステージをさがってく千里と目があって。


「あ、神さん、こっち見てる」


 聖子が、あたしの左手を持ってヒラヒラさせた。

 すると…


「キャーッ!!」


「え?」


 千里が客席に走り降りてきて…


「知花…」


 あたしを、抱きしめたのよ…。



 * * *



「…信じらんない…」


 番組収録後。

 あたしは、ロビーで唇を尖らせる。


「俺もな」


 千里は、嬉しそうに髪の毛をかきあげた。


「パニックになってたよ?いいの?ファン…減るんじゃない?」


「どうして」


「……」


 人気者としての、自覚って…ないのかな…


「おまえ、今日まだ録りあんの?」


「ううん、あたしは全部終わってる」


「あ、そ。じゃ、おまえんち行こうぜ」


「…え?」


「おまえんち。早い方がいいんだ」


「何が?」


「いろいろ」


 千里は立ち上がると、あちこちから冷やかしの声を受けながら、それでも…あたしの肩をしっかり抱き寄せたまま事務所を出た。



「自転車は?」


 タクシー拾ってる千里に問いかけると。


「ライヴした後、おまえ乗せて桐生院まで行けってのかよ」


 って…ふてぶてしい言い方。

 でも…

 なんとなく、千里らしくて…安心。



 タクシーに乗り込むと。


「俺、ちょっと寝るから」


 千里はすぐに寝息をたて始めた。

 あたしは、そんな千里を見つめる。


 …あんなに優しい歌が歌える人なんだ…


 あの曲を思い出すと、すぐ涙が浮かんでしまう。

 頑なになってた自分が、バカみたい…


 あれこれ考えてると、あっという間に家の前。


「千里、ついたよ」


「あー…もう?」


 タクシーを降りても、千里はボーっとしてて。


「…今日じゃない方がいいんじゃない?」


「いや、いい」


 頬をペシペシって叩いた。


 門前でインターホンを鳴らして、帰った事を知らせて。

 緩やかな階段を登り切って、玄関をあけると。


「あら、おかえ…え?」


 母さんが、あたしと千里を見て驚いてる。


「…ただいま」


 首をすくめて言うと。


「まあ…まあまあまあ、おかえり‼︎さ、早くあがって‼︎」


 あたしは夢見心地で…家に入る。


「おじゃまします」


 千里が靴を脱いでると。


「かーしゃんっ」


 華音と咲華が駆け寄って来た。


「ただいま」


 あたしが二人の頭を撫でると、あたしの後ろに千里を見付けた華音と咲華は…


「とーしゃん!!」


 大はしゃぎ。


「とーしゃん、おかえいー」


 華音の言葉に、少しだけ目頭が熱くなる。


 それは千里も同じだったみたいで…


「…ただいま」


 少しだけ潤んだ瞳で…華音と咲華の頭に唇を落とした。


「かーしゃん、とーしゃんよー」


 咲華が嬉しそうに、千里をあたしに紹介する。


「うん…そうだね…」


 我慢してたけど…つい、涙があふれてしまった。


「泣くな」


「千里だって…涙目のクセに…」


「うるせっ」


 千里は少し乱暴にあたしの目元を拭って…さりげなく、自分の涙も拭った。


「…千里さん、おかえりなさい」


 振り返ると、みんながそこにいて…


「知花、千里さん、おかえりなさい」


 おばあちゃまの笑顔が…また、あたしの涙を誘った。


「…ただいま」


 はにかんだ笑顔の千里。


「…ただいま…」


 泣き笑いのあたし。



 どうか、この幸せが…


 夢ではありませんように…。




 そして、このあと。



 千里は…わが家をあっと言わせるような言葉を口にした。

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