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「さ、始めようか」


 なんと、前回のスタジオ見学から八ヶ月。


「見放されたのかな…」


 なんて言葉が出始めた頃。


「おまえら、準備はいいだろうな」


 突然、高原さんからお声がかかった。


 準備も何も…この日を待ち続けて、あたし達は今までのオリジナルも全て、何度もディスカッションしながらアレンジを繰り返して。

 自分達の音楽を確立させるべく、それぞれが努力し続けた。


 …だけど、当然…緊張はした。

 昨日のリハーサルはみんな浮足立って、音がバラついたりもした。

 この審査に…あたし達の未来がかかってる。

 そう思うと、変な力が入らないわけがなかった。



「おまえらと、他に2バンド。ホール審査でデビュー出来るかどうかを決める」


 あたし達は今日、事務所の一階にあるステージに立っている。

 自慢じゃないけど、まだライヴ経験が一度もないあたし達は、案の定…カチカチ。


 だって、客席で見てる面々ときたら…Deep Redと…TOYSのみなさん。

 さらに、見たことのないスタッフらしき人達。

 初めてのステージで、いきなりこんなすごい人たちの前でやれって言われても…


 ステージ経験がないって事で、審査のトップバッターに選ばれた。

 それはある意味正解なのかもしれない。

 他のバンドの審査で、さらに緊張する事になるかもしれないし。


 …あたしは…あたしの歌を、歌うだけ。


 光史がみんなを見渡して。


「いくぞ」


 って小さく言った。


 陸ちゃんがギターを持ち直す。

 そっと目を閉じると、ひんやりした空気が少しだけ心地よかった。


「One, two…」


 スティックの音が妙に響いてくすぐったい。

 あたしは閉じてた目を開ける。

 これが…初めてのライヴ。


 あたしが音楽屋で『この人のギターで歌いたい』って思った陸ちゃんとセンのギターは、寸分の狂いもないユニゾンで始まった。


 ミスなんてした事あるかな。って思うほど、完璧な聖子のベース。

 そして、光史の力強いドラミング。

 あたしの調子に合わせて、臨機応変に鍵盤をアレンジしてくれるまこちゃん。


 そんな強靭なバンドで…歌えるんだ。

 あたしが、歌えないわけがない。



 歌い出しで客席が少しピリッとした気がした。

 だけどあたしは自分の想いのまま、声を張り上げる。

 緊張してるけど、声の伸びが気持ち良くて。

 サビになると、いつも少し無理をしてるキーも…すごく楽に出てる気がした。


 …すごい。

 あたしが…じゃなくて…

 みんなが。


 SHE'S-HE'Sって…すごい…!!



 今日の審査はハードロックと、バラードの二曲。

 何とか一曲目が無事終わって…次は、問題の…バラード。


「……」


 あの夜、千里の気持ちを…言葉はもらえなかったけど、唇で受け止めた。

 誰かを想いながら歌詞を書くなんて…初めて。

 それも、初めてのラブソング。


『…From The Heart』


 千里が客席にいるのが、すごく照れくさいけど…あたしはマイクを口元に近付ける。


 目を閉じると…浮かんだのは、バルコニーに立った千里の姿。

 初めて会った日。

 千里は…冗談にしか思えない『契約』をあたしに持ち掛けた。


 ―偽装結婚―


 お互いの自由のために…契約したはずだったのに。



 心の底から欲しいと思うものを見付けた

 それは合わせる手の平で伝わった形のないもの


 そう歌いながら、あたしは千里の優しい手を思い浮かべる。

 口ではキツイ事ばかり言うのに…千里の手は、いつも優しくあたしの頬に触れる。


 あたし…千里の事、大好き。

 これからも…ずっとそばにいたい…



「よーし」


 歌い終えると、高原さんが真っ先に立って拍手をしてくれた。

 すごく気持ち良く歌えて、自分でもまだ…夢見心地のまま。


「知花、頑張ったな」


「あ…ありがとうございます」


 思いがけない言葉に、思わず声がうわずる。

 東さんが千里をひやかして殴られてる姿が、視界の隅っこに入った。



「早速契約だ。おまえら、忙しくなるぞ」


 そう言った高原さんがニヤリと笑って、あたしたちは顔を見合わせる。


「…契約?」


「デビューだよ」


 あたしたちは、もう一度顔を見合わせる。


「デビューって…」


「合格だ。何回も言わせんな」


「デビュー!?」



 こうして、あたしたちは…

 朝霧さんのプロデュースでデビューすることが決ってしまった。




「ああああ…あたし達、やったのね!!」


 ホールの控室に戻りながら、みんなでハイタッチ。

 ああ…本当に…すごかった。

 何もかもが…。


 夢見心地のまま、みんなの声を拾ってると。


「よし。今夜は祝杯だな」



 そうして、あたし達は。


「かんぱーい!!」


 ダリアで祝杯。


「…セン?」


 隣にいるセンが、うつむいてる。


「…ごめん…ほんと…夢みたいで…」


 そんなセンを見て、その向こう側にいた陸ちゃんが。


「…ったく、まだスタート地点に立っただけだぜ?泣くなよ」


 そう言って、センの頭を抱き寄せた。


「…だよな…」


「…指、切らなくて良かったな」


「……ふっ…」


 初めてセンがミーティングに来た時の…陸ちゃんとセンの空気。

 今、また…それがここにある。

 二人にしか分からない何か。


 そして、それを見て優しく笑ってる光史。



「ちょっとちょっと。始まる前から泣いてどうすんのよ」


 泣いてるセンと涙ぐんでる陸ちゃんを前に、聖子はグラスを持って立ち上がると。


「あたし、デビューだけで満足する気ないから」


 強い目で言った。


「あたし達なら、世界にだって出れる。そう確信してるんだからね」


 その言葉に触発されたのか。


「僕もそう思うよ」


 まこちゃんも、グラスを持って立って。


「…ま、不可能じゃないな」


 光史も。


「…見せてやるか」


 陸ちゃんとセンも。


 そして…あたしも。


「…うん」


 もう一度、グラスを合わせて。


「上に行こう」


 みんなで…気持ちを確かめ合った。

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