35

「…まあ、大きくなった事」


 少し遠慮がちなおばあちゃまは、子供達に控えめな笑顔を見せた。

 あたしはその穏やかな笑顔が嬉しくて…ここに戻って来れた事に感謝した。



 アメリカで二年過ごして、今日…SHE'S-HE'Sは帰国。

 帰国後の住処について悩んでると、まるでそれを察したかのように…おばあちゃまから連絡があった。


『いつこちらに帰るのですか』


「え…?」


『空港まで迎えに行きますよ』


「…おばあちゃま」


『何ですか』


「…あたし…うちに戻っても…いいの?」


 あたしのためらいがちな言葉に、おばあちゃまは。


『みんな待ってますよ』


 何の迷いもない声で…そう言ってくれた。

 …すごく嬉しかった。


 勘当されて…本当なら、この家に帰る事なんて許されなかったはずなのに。

 華音と咲華を産んだ時、わざわざアメリカにまで来てくれた…あたしの家族…


 あたしはこれから、ここで。

 桐生院家の一員として…生きていく。

 華音と咲華も一緒に…。



「おかえり」


 おばあちゃまに並んで、父さんも顔を覗き込んだけど…

 二人はあたしの後ろに隠れてしまう。


「ごめんね…タクシーの中で寝てたから」


「いいんですよ。さ、おうちに入りましょ」


 …なんて言うか…

 くすぐったい気分。

 おばあちゃまはずっと目元が緩んでるし、父さんだって…平日だから仕事のはずなのに、なぜか家にいる。

 それに、二人ともわざわざ門まで迎えに来てくれて…



「わーあ……」


 潜り戸から庭に入ると、華音と咲華は目をパッチリとさせて声をあげた。

 久しぶりに見る、手入れの行き届いた大好きな庭。

 その様子に自然と笑顔になった。


「すごいね。広いね」


 そう言うと、華音と咲華は小さな手をパチパチと叩いてあたしを見上げる。

 その笑顔に、あたしの心は幸せに包まれた。



 その後、懐かしい家の中に入ると、至る場所がリフォームされていて、以前より随分と明るいその様子に驚いた。

 どちらかと言うと、暗くて寒い…って雰囲気の家だったのに。


「明るくていいだろう?」


 あたしがキョロキョロしてるのが面白かったのか、父さんが笑いながら言った。


「え?う…うん…ビックリ…よそのお家みたい…」


「改築してからは、誓と麗も食後はここにいるようになったんですよ」


「そうなんだ…居心地がいいって事よね」



 食事が終わると、すぐさま自分の部屋に閉じこもってしまってた誓と麗。

 二人がいたくなるのも分かる。

 子供達もキョロキョロはしているけど、座ったまま愚図る事はない。

 雰囲気が、すごく…優しい。


「あ…」


 窓辺に並んだ写真立てに気が付いて声が出た。

 そこには、アメリカの病室で撮った家族写真と…

 あたしが送り続けていた子供達の写真。


「飾ってくれてるのね」


 嬉しくて笑顔でおばあちゃまを振り返ると。


「ああでもない、こうでもないと言いながら、誓と麗が率先してやってますよ」


 おばあちゃまはお茶をお盆に乗せて来た。


「特に麗は、今日学校を休みたいと言ったぐらいだ」


「えっ?」


 父さんの言葉に驚いて目を見開く。

 麗が…?


「これ、貴司。麗が怒りますよ」


「あ、ああ…しまったな。つい…知花、今のは知らん顔しててやってくれ」


「う…うん…」


 確かに…麗は…そんな事を言ったのがあたしに知れるのは嫌かもしれない。

 だけど…

 嬉しい。

 子供達に会いたいだけだとしても、待っててくれる存在がいるって…本当、嬉しい。



「華音、咲華、じーちゃんと、おーばーちゃん、よ。」


 お茶を飲んだ後、子供達にそう言うと。


「じー…」


「…おー」


 二人は…まだ少し恥ずかしそうに、それでも練習の成果を発揮してくれた。


「まあっ…」


 おばあちゃまは嬉しそうに両手を口元に添えた。

 その様子が珍しくて、あたしと父さんは顔を見合わせて笑顔になる。

 …子供の存在って、大きいな…



「おまえたちが帰ってくるのが楽しみで、庭にいい物作って待ってたんだぞ」


 ずっとそわそわしてた風な父さんが、満を持した様子で華音と咲華に言った。


「何?」


 あたしは子供達の手を引いて裏庭に出てみる。

 するとそこには…


「…どうしたの…ここ、立派な芝生があったのに」


 裏庭には、砂場と、すべり台…ブランコまで。


「すごい…公園みたい」


 誓たちの時でも、こんなことなかったのに。

 なんだか申し訳ないな。


「あー」


 華音がブランコを指差す。


「ん?行ってみたい?」


「んまっんまっ」


 咲華はあたしを見上げて手を広げてる。


「知花。華音と咲華はなんて言ってるんだ?」


 父さんがワクワクした顔でそう言って…あたしはつい、眉を下げてしまう。


「なんて言ってるか…って聞かれると、分かんない…」


「そうか…」


「あっ、でも!!ほら、すごく喜んでる。ね?嬉しいね」


 あたしがしゃがんで華音と咲華に言うと。

 二人は両手を上にあげて、バンザイのポーズをした。


「まあ…」


「おお…」


 その様子を見た、おばあちゃまと父さんは…見た事ないぐらい、目尻が下がっちゃってる。

 ふふっ…

 幸せだな…


 あたし達が裏庭を前に、そうやってると…


「あー、もう帰ってる」


 麗が学校から帰って来た。


「おかえり」


 あたしが言うと。


「ただいまノンくん、サクちゃん、麗ちゃんですよー」


 麗は、照れくさそうにあたしの顔をちらっと見て、すぐに華音たちの手を取った。

 学校を休みたいって言ってくれた事…知らん顔はするけど、つい嬉しさが滲み出ちゃいそう。


 公園と化した裏庭を眺めながら、これからの生活を考える。

 明日から一週間は休みだけど…あたしが仕事に行く日の子供達の面倒は、おばあちゃまが見ると言ってくれてる。

 でも、おばあちゃまは教室だってある。

 出来るだけ、負担をかけないようにしなくちゃ。



「あ、そうだ。明日センの結婚式の打ち合せがあるんだけど、出かけていい?」


「センって…早乙女くんかい?」


「ええ」


「長瀬先生と本当に結婚するの?」


 麗が呆れたような顔で言った。


「すごく普通の女なのにね」


「世界一の人よ?」


「世界一ね…」


 久しぶりに会うせいか…

 麗は雰囲気が変わったように思えた。

 相変わらずの所もあるけれど、伏し目がちな様子は愁いを帯びたようにも見えて…元々可愛かったけど、綺麗になったなあって思う。

 好きな男の子でもいるのかな…?



「…何よ、ジロジロ見て」


 あたしが麗を見てると、案の定イヤな顔をされてしまった。


「さて、今夜はお寿司でもとりましょうかね」


 おばあちゃまが嬉しそうに言うと。


「もちろん特上にしてくだちゃいねー」


 麗が、華音の手を持ってそう言った。

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