06

「ほら、早く入ろうよ」


「で…でも…」


 聖子に励まされて…赤毛のままでやって来たけど。

 音楽屋の前で、あたしの足が止まってしまった。


 あたし達は、火曜日は『ナッツ』で土曜日は音楽屋のスタジオを使ってる。

 今日は土曜日。

 音楽屋は…若い人で賑わってる。



「ここで立ち止まったままの方が目立つと思うわよ?」


 聖子が腰に手を当ててそう言って、あたしはハッと周りを見渡す。

 た…確かに…

 二つ隣にあるパン屋さんの前で立ち話してる女の人達の視線、あたしに…!!

 向いてる気がする…!!



「はっ…入る…」


「うん。行こ行こ」


 ベースを担いだ聖子に続いて音楽屋のドアを入ると、あたしは足早に一階の奥にあるスタジオに向かった。

 音楽屋の中に入ってしまえば…そこは金髪の人もいれば、モヒカンの人もいて。

 あたしの赤毛なんて、なんて事ない…んだけど…

 …みんな…どう思うんだろう…

 あたし、秘密にしてたわけだし…。



 今日は時間的に、もうみんな来てるはず…

『セン』こと、早乙女さんの初スタジオなのに…

 遅れて申し訳ない…って気持ちと…

 …あたし、こんな姿で行って…受け入れられるのかな…って…

 不安。



「さ。大丈夫だから」


 スタジオの前で立ち止まると、聖子があたしの頭をポンポンとして言ってくれた。


「…うん…」


「入るわよ?」


「…うん…」


 深呼吸をして、聖子に続く。

 だけど…


「……」


 スタジオに入ると…案の定、みんながあたしを見て唖然とした。

 つい…聖子の後ろで小さくなってしまう。


「えーと…知花…だよね?」


 そう言ったのは、まこちゃんだった。


「あのね、理由あって公表できなかったんだけど、知花、ハーフなの」


 聖子が言ってくれて、あたしは上目使いでみんなを見る。


「黙ってて…ごめんなさい…」


 何だか、気まずい沈黙。

 あたしが動けずにいると、まこちゃんが。


「今までのは…かつら?」


 って…


「…うん」


「どうして、そんなこと…」


 陸ちゃんがアンプによっかかって、言いにくそうに言った。


「隠すことないじゃないか、別に悪い事じゃないのに。俺だってクォーターだぜ?」


 だよね…そうだよね…

 隠すような事じゃないよね。

 うん…

 そうなんだけど…


 その疑問を投げかけられると…色々話さなくちゃならなくなって…

 そうすると、練習時間も…って、これは言い訳だけど…


 色々考え過ぎて、すっごく肩身が狭くなってしまって。

 息をするのも苦しくなった。

 やっぱり…あたし…隠し通さなきゃいけなかったのかも…


 いよいよ本格的にうつむいてしまうと…


「きれいな色じゃん」


 光史の声が聞こえた。


「…え…?」


 ゆっくり、顔を上げる。


「あの桐生院家のお嬢さんだもんな。それなりに難しい事もあるさ」


 センが笑顔で言ってくれて…息が…出来始めた気がした。

 陸ちゃんはしばらく腕組して考えてたけど。


「これからはさ、何でも言ってくれよ。俺らじゃ頼りになんないかもしれないけどさ。みんな心配してんだぜ?おまえ、いいとこのお嬢さんなのに、こんなことしてっから」


 って、照れくさそうに言った。


「何よ。あたしだって、いいとこのお嬢さんなんだけど」


 聖子が口唇を尖らせる。


「聖子と知花じゃ、少し違うだろ?お嬢さんの内容が」


「どういう内容よ」


 陸ちゃんと聖子のやりとりがおかしくて、みんな笑い始めて。

 少しだけー…気分が楽になる。



「ま、とにかく」


 陸ちゃんはコホンって咳ばらいして。


「俺たち、もっと話をしよう。どうしても言いたくないってんなら仕方ないけどさ…もっと、信頼関係固めようぜ」


 って、言った。


 ふいに…結婚してるのを隠してること…引っ掛かる。



「ま、ともあれ、やっと告白できて肩の荷がおりたね」


 聖子が、あたしの背中をたたきながら言った。


「…ありがと」


 ベースを取り出してる聖子の肩に頭を乗せて一言。


「何よ」


「……」


「何てことないじゃない」


 聖子は、あたしの頭を抱えると。


「さ、頭も気持ちも軽くなったことだし。目一杯叫んでもらいましょうか」


 って、笑ったのよ。

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