07
「
「……」
ちょうど、あたしが帰ったところに、千里への電話。
留守番電話がうけたまわってる。
今日は千里の夕食の心配もしてやらずに、あたしはみんなと楽しい食事をした。
その場にいるのが珍しかったからか、何だかみんなもテンションが高くて。
ずっと笑いっぱなしだった気がする。
時計の針は、午後八時。
…食べに出かけたかな…
「
つぶやきながらキッチンで水を飲んでると。
「
いつものように冷たい口調であたしを呼びながら、
「…何よ」
夕べのことを思いだしてムッとする。
だけど…その反面…
曲を書いてくれてたのも思い出して、複雑な気持ちになった。
「おまえ、うちの事務所でバイトするって?」
「…言ったじゃない」
聖子の伯父さんに、やっと話しが通って。
あたしと聖子は、来週からビートランドでバイトすることになった。
「バイトするとは聞いたけど、うちの事務所とは聞いてないぜ?」
「そうだっけ」
ついそっけなく言ってしまったんだけど、千里は気にするでもなく。
「バレないようにしろよ」
って、いつも通り冷たい口調で言った。
「当り前じゃない」
千里に背中を向けて…今のこの言い知れない気持ちと向き合う。
…夕べあんな事されたんだもの…
あたし、帰って来ないって道もあったのに。
どうして普通に帰って来たの?
て言うか、離婚案件にしたっていい。
あたしのこと、所有物だなんて…勝手に自分のものにするなんて…
…なのにあたし、どうして帰って来て…千里と普通に会話なんてしちゃってるの…?
『瞳です。帰ったら、お電話ください。10時までは事務所にいます』
千里が留守電に残ったメッセージを聞いて、それを消去する。
何だかもやっとしてしまったあたしは…
「…彼女?」
少し嫌味っぽく聞いてしまった。
「…そうだけど?」
「……」
「何だよ」
え…
え!?
ええええええ!?
「彼女がいるのに、あたしと結婚したの!?」
思わず立ち上がってしまった。
「悪いかよ」
「わ…悪いわよ!!何考えてんの!?」
「うっせーな。おまえ、俺と結婚したかったんだろーが。それでいいじゃねぇか」
「よくないわよ!!彼女…知ってるの?」
「知るわけねぇだろ」
「じゃ、あたしと結婚してて…彼女ともつきあってるってわけ?」
「まあ、そうなるよな」
「どうして、彼女と結婚しなかったの?」
「あ?」
千里は面倒くさそうに冷蔵庫からビールを取り出す。
「だって、彼女がいるなら、彼女と結婚すれば良かったのに…」
「彼女イコール結婚ってのは、ちょっと違うね」
「ど…」
呆れてしまった。
普通じゃないとは思ってたけど…
「だけど」
部屋に入りかけてる千里を追って、あたしは続ける。
「あたしたち、一応夫婦なんだよ?これじゃ、彼女…不倫ってことになっちゃうじゃない。それに、知らないままだなんて…千里がしてることって詐欺だよ?」
「そうとも言うな」
「ひどいよ…そんなの…」
あたし…何ムキになってるの?
彼女のこと、かわいそうって思うのに…でもこれ…
何か違う。
「あー…めんどくせぇな。おまえ、俺と結婚したかったっつったじゃねぇか。俺も、おまえと結婚したかった。それでいいだろ」
「…え?」
千里は上半身裸になって。
「それに…」
突然、あたしを見てニヤニヤし始めた。
「…何よ」
「期待してなかったけど、思ったよりいい体してるしな。いやだとか言いな…いってぇな!!」
千里の言葉の途中、クッションを投げつけてしまった。
どうして、この男は…まじめな話をしようとしてるのに…!!
「…とにかく。彼女がいるって知ってたら、あたしは結婚なんてしてなかった」
「ほんとかよ」
千里はベッドに座って、相変わらずニヤニヤしてる。
…こいつ、おもしろがってる。
やな奴!!
「本当よ?だって、これじゃ二股じゃない」
「二股が気に入らねぇのかよ」
「そりゃ、気分よくないわよ」
あ。
言ってしまってから気付いた。
あたしは…どんどん墓穴をほってしまってる。
「ほ~…」
千里はベッドからおりて、あたしに近寄ると。
「知花は、よっぽど俺に惚れてるとみた」
って、あたしの顎を持ち上げた。
「ばっばか言わないで。言葉のあやよ。彼女のこと、もっと考えてあげてよね」
「考えてるさ、おまえが気にしなくても」
「…どういうふうに?」
「別に、話す必要ないだろ?」
ふいに千里の顔が近付いてきて、あたしは顔をそむける。
「やっ…」
「何がいやなんだよ。夕べは、あんなに悦んでたくせに」
「ばか!!」
千里をはねよけて洗面所で顔を洗う。
どうして…あの時、聞かなかったんだろ。
彼女、いるかどうか。
本当は気になってたはず。
だって、黙ってれば「素敵な人」で通るもの。
彼女、いたって不思議じゃない。
ううん、いない方が…不思議。
なのに、聞かなかったのは…
「おまえ、俺に惚れてるだろ」
後ろから声がして、タオルで顔を覆ったまま振り向くと、千里が真顔で言ってた。
「…何の根拠があって、そんなこと言ってんの?」
「必要以上にムキになってっから」
「……」
何が気に入らないの?
この、ずっともやもやした気持ちは…何?
「…もし…あたしがこんな状態がいやだって言ったらどうする?」
あたしは背中を向けたまま問いかける。
「あ?」
「…彼女と別れてって言ったら?」
何、これ。
これじゃ、まるであたし…
それとも、聖子の言った通り…千里を好きなことに気付いてないだけ?
「おまえは?俺があいつと別れないって言ったらどうする?」
「わかんない…」
「俺もわかんねえな」
「でも…」
「?」
「彼女を抱いた手で、あたしを抱かないで…」
「……」
言ってしまった後で、悔やむ。
これじゃあたし、千里のこと好きだって言ってるようなもんじゃない。
「いっ今のなし。忘れて」
言った事の重大さに気付いて、慌てて千里の横を通り過ぎようとすると。
「わかった」
ふいに、真顔の千里に腕をつかまれた。
「…え?」
「おまえだけなら、いいんだな?」
「な…ちょちょっと待っ…」
強引に引き寄せられて…キス。
なのに、あたしの体はおとなしくなってしまってる。
彼女のこと、もっと考えてあげてって言ったくせに…
そして、あたしは早くも千里の二度目の体温を知らされてしまったのだけど…
気付いてしまった。
千里の背中に…手を回してしまってる…って。
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