33

「どこか出かけんのか?」


 買物に行こうとしてドアを開けると、陸ちゃんちに遊びに行ってた光史が帰って来た。


「あ、夕飯の買物…」


「そんなの、陸んちに電話してくれれば買って帰ったのに」


 光史はコートに薄くかぶった雪を払って。


「車出そうか?」


 ポケットからキーを出した。


「ううん。ちょっと運動不足だし、歩いてく」


「…二人抱えて?」


「うん」


「雪道、危ないぜ?」


「……」


 最近、光史は意地悪だ。

 あたしが「お願い」って言うのを待ってる。

 だから、あたしも意地張って言わない。


「大丈夫。ベビーカーがあるし」


 ニッコリ笑ってそう言うと。


「ちくしょ…何で言わないかな」


 光史は眉をしかめた。


 そして。


「君たちのお母さんは、甘え下手ですね~」


 そんな事を言って、華音と咲華を抱き上げて。


「さ、行くぞ」


 階段を降り始めた。



 お願い…なんて、言えない。

 ただでさえ、居候なのに。

 一つ甘えちゃうと、どんどん甘えっぱなしになりそうで…



「足元気を付けろよ」


「うん」


 ベビーカーに二人を乗せて、光史は歩き始めた。

 まだ少しだけ残ってる雪に気を付けながら、傘をさす。


「夕飯、何」


「うーん。何がいい?」


「そうだなあ…今日は魚かな」


「焼く?」


「ノンくんたちに合わせるよ」


 光史は優しい。

 一緒に暮し始めて、前よりもずっとそう感じるようになった。

 子供たちの面倒も進んで見てくれるからー…すごく助かってる。

 申し訳ないなって思いながらも。

 結局あたしは甘えっぱなし。



「あ、俺ちょっと寄り道していいか?」


「うん。あ、どこかで待ち合わせる?」


「じゃ、いつものカフェで」


「わかった」


「あ、いいよ。俺が見てる」


 あたしがベビーカーに手をかけると、光史は何でもないようにそう言って。


「うまい食材買って来いよー」


 って、手をひらひらさせながら歩いて行った。


「……」


 光史の背中を見送りながら、小さくため息。

 本当、光史は結婚したらいいお父さんになるんだろうな。

 …どうして、男の人しか好きになれないんだろ。

 それがいけない事だとは思わないけど。

 光史の優しさに触れるたび、女性を愛して、そして愛されて欲しいと勝手な事を思ってしまう。



 そんなことを考えながら、あたしは市場に。


「ハイ、チハナ」


「こんにちは」


 顔なじみのおじさんが、声をかけてくれる。


「新鮮な野菜、安くしとくよ」


「んー、じゃ…これ二つください」


 信じられないくらい、穏やかな生活。

 千里がいなくても、笑ってられる自分が少し不思議。

 …毎日忙しくて、泣いてる暇もないって言うのが…本音だけど。



「今夜はどんなごちそうだい?」


 この街は楽しい。

 今更ながらに、インターナショナルスクールで語学力がついたことに感謝する。



 一通り買物をすましてカフェに向かうと…


「…?」


 光史が、女の子に囲まれてる。

 もしかして、光史のファンとか?



「かわいい~。目がパッチリ」


 女の子たちは、ベビーカーをのぞきこんで大騒ぎ。


「あ、知花」


 あたしに気付いた光史が、手招きする。

 カウンターでコーヒーを頼んで。


「お待たせ」


 紙袋をイスに置くと。


「あなたがママ?若いわねー」


 驚いた顔で言われてしまった。

 でも、きっとあたしの方が歳上だろうな。

 あたしは、こっちに来て16歳以上に見られたことがない。


「目はママ似ね。口元はパパかしら」


「パパ?」


 光史と顔を見合わせる。


「将来は美男美女ね。パパとママがこんなにキュートなら」


「……」


 キョトンとしたまま黙ってると。


「じゃあね~」


 女の子たちは子供たちの頬を軽く触って歩いて行った。


「…すごい勘違いだな」


 光史が苦笑いしながら、コーヒーを飲んだ。


「ごめんね。子持ちにさせちゃって」


「あはは、いいさ」


「光史のファンかと思っちゃった」


「ハビナスの保育科なんだってさ」


「へえ…。で、どこに寄り道してたの?」


 思い出したように問いかけると。


「CDショップ」


 光史は少しだけ笑いながら答えた。


「CDショップ?何か買ったの?」


「いーや。俺らのが売れてるかどうか、見に行っただけ」


 …そう言えば、そういうの全然気にしてなかった。

 朝霧さんが『おまえら売れてるで~』って言って下さったけど…

 本当の所、どうなんだろう。


「…売れてた?」


 光史の顔を覗き込むようにして問いかけると、光史は首をすくめた後…


「一枚もなかった。」


 ニヤリと笑ったのよ…。

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