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「…さ……さくら…」


 家に帰ると、おばあちゃまは突然の母さんの帰宅に倒れそうになった。


「今更…顔なんて出せないんですけど…」


「元気だったのかい…?」


 おばあちゃまが、母さんに抱きつく。


「お義母さん、会いたかった…」


 母さんは、本当に心からの声で、そう言ってくれてる。

 そんな感動の再会の中…


「貴司さん」


 突然、母さんが顔をあげて父さんを見据えた。


「は…はい」


 父さんは、なぜか姿勢を正してる。


「よくも、嘘を付いてくれたわね。あたしがどんなにショックだったかわかる?」


「…嘘?」


「知花のことよ。死産だったって」


「まあ、貴司。おまえ、そんな嘘を?」


「あ…あれは、さくらを好きな人の所へ…」


「あたしは、貴司さんが大好きだった」


「……」


「貴司さんも、お義母さんも、大好きだった。なのに出て行けだなんて…」


「あ、あ…いや、それは…」


「おまえ、そんな事言ったのかい?」


 おばあちゃまがつっこむと。


「お義母さんも」


 母さんは、あのおばあちゃまさえも見据えて言った。


「え?私は出て行けなんて言ってませんよ」


「お腹の子の面倒は私たちが見るから、好きな人の所へお帰りって。あたしは貴司さんが好きだって何度も言ったのに」


「あ、だっておまえ、それは…」


「……」


「……」


「……」


「ま、いっか。知花…こんなに大きくてきれいになってるし」


 長い沈黙の後、母さんは満面の笑み。

 それを、父さんはまぶしそうな目で見てる。


「それにしても、病人だったなんて思えない。すごく元気」


 あたしが母さんの顔をのぞきこんで言うと。


「うん。まだまだ20代の気分でいるからね」


 母さんは、元気はつらつ。

 だけど。


「おかあしゃーんっ」


「かかーっ」


 ふいに、華音と咲華がやって来て、あたしの足に抱きついた。


「…お母さん?」


 母さんが、けげんそうな顔であたしを見る。

 驚かせちゃいけないと思って、まだ言ってなかったんだっけ…


「う…うん…」


「誰の子供?」


「えーと…」


「そうそう、さくら。おまえ、20代の気分って言っても、もうおばあちゃんなんですよ」


 おばあちゃまが笑いながらそう言うと。


「…がーん…」


 母さんは少し途方に暮れた顔になった。


「あたしに…孫が…」


 …そ…そうだよね…

 娘のあたしの事だって…つい最近知ったばかりなのに。

 孫がいるなんて…



「…て事は、義母さん…ひいおばあちゃん?」


 母さんが目を細めてそう言うと。

 おばあちゃまは眉間にしわを寄せて。


「…それが何ですか」


 低い声。


「ひいばあちゃん」


「…そうは呼ばせてません。大ばあちゃんです」


「大ばあちゃん…」


「何ですか」


「ううん。別になんでもないんだけど…」


「……」


「…大ばあちゃん…」


「さくら」


「……」


 母さんとおばあちゃまは、見つめ合ったかと思うと…


「…義母さん」


 また…ゆっくり抱き合った。

 それを見た父さんは、あたしの足元で母さんに人見知りしてる華音と咲華を連れて、リビングに向かった。



 * * *



「ちょっと、さくらさん。あたしのスリッパ履かないでよ」


 麗が、母さんにきつい口調で言う。


「えー。麗がいつまでたっても『さくらさん』なんて言うからよ。ちゃんと『お母さん』って言ってくれたら、これでも何でも返してあげる♡」


 母さんは、麗を前に…満面の笑み。


「何でもって…他にも何か取ってんの?」


「さあ、どうかなあ」


「…信じらんない。姉さん、どうにかしてよ。姉さんの母親でしょ?」


「あたしの母親は、麗の母親」


 あたしは、頬杖ついて笑ってみせる。


 あの麗が、タジタジ。

 だけど母さんが来て、少しだけ元気になった。


 母さんは少女のような人だ。

 とにかく、明るい。

 とにかく、よく笑う。

 そして、人なつっこい笑顔で抱きついてくる。


 騒がしいのが嫌いなはずのおばあちゃまが、母さんを実の娘のように可愛がってた…って言うのが。

 いまだに…あたしには不思議でならないのだけど。

 でも、母さんと居ると…明るい気持ちになれる。


 おばあちゃまと父さん、二人にとって…

 母さんは、太陽みたいな存在だったのかもしれない。



「可愛いなあ、ノンくんとサクちゃん」


 母さんが華音と咲華を見て唇を尖らせる。

 可愛いって言ってくれてるのに、その唇は何?って思うけど…

 華音と咲華は、なぜか母さんに人見知り中。


 母さんは近付きたくて仕方ないみたいだけど…なぜか二人は泣いてしまう。



「ねえ、貴司さん。あたし、もう一人産みたいな」


「ぶふふっっ…」


 母さんの明るいお願いに、父さんだけか…おばあちゃままでがお茶を吹き出した。


「な…何言って…」


「だって、知花を育てられなかったし。もう一人欲しいー」


「い…いくつだと思ってるんだ」


「えっ、あたしまだ38だよ?」


「…さくら、子供たちの前ですよ」


「子供ったって、もう子供の作り方ぐらい知ってるよ」


 母さんて、なんてストレートな…

 誓は下向いて笑ってるけど、麗は呆れた顔。



「知花、どう思う?」


「今できたとして…21違いかー。あたしはいいけど、麗が…」


 あたしが麗に話を振ると。


「なっ何よ、何であたしに話を振るのよ」


 って、麗は立ち上がった。


「勝手にすればいいじゃない」


 けたたましく足音をたてて、部屋に戻る麗を見て。


「うーん。可愛いっ」


 って、母さんは笑ってる。


「可愛いから、いじめてるの?」


「えー?いじめてるつもりなんかないけど」


 母さんの言葉に、誓が。


「でも麗、嫌がってないと思うよ」


 廊下を振り返って言った。


「えっ、ほんと?」


「だって、最近よく鏡見てるから」


「そりゃあ、あんなに可愛かったら、あたしだって何度も見ちゃうよ」


 もう…母さんたら。

 つい、あたしとおばあちゃまは苦笑い。


「たぶんさ、母さんが麗に『可愛い可愛い』って抱き着いたりするじゃん?そのせいじゃないかって思うんだよね」


「……」


「麗、昔からよく言われてたのは『お人形さんみたい』だったからさ…」



 いつもクールな麗は…本当綺麗な顔立ちで。

 笑うと本当に可愛いのに、あまり…笑わずに育った。

 確かに…そのせいなのか、よく言われる言葉は『麗ちゃんってお人形さんみたい』だったと思う。


 それが誉め言葉であったとしても…麗は嬉しくなかったのかもしれない。



「ぐはっ!!」


 突然母さんに抱きしめられた誓が、変な声を出した。


「もー!!愛し過ぎる!!麗がいないから、誓抱きしめちゃう!!」


「あー!!母さん!!脇腹っ!!こそばゆいっ!!ひゃー!!」


 大笑いする誓のそばに、華音と咲華が駆け寄って。


「ちー!!こちょこちょー!!」


 って、母さんに加勢してる。


「はっ…!!」


 華音と咲華がそばに行った事に喜びを隠せない母さんだけど、あからさまに喜ぶと逃げられるとでも思ったのか…


「う…うふふ~…ちー、こちょこちょ~…」


 なんて、控えめに誓をくすぐってる。


「まったく…賑やかだ事…」


 おばあちゃまはそう言いながらも笑顔で。

 あたしは…母さんが帰って来てくれた事に、心から感謝した。

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