43
「…さ……さくら…」
家に帰ると、おばあちゃまは突然の母さんの帰宅に倒れそうになった。
「今更…顔なんて出せないんですけど…」
「元気だったのかい…?」
おばあちゃまが、母さんに抱きつく。
「お義母さん、会いたかった…」
母さんは、本当に心からの声で、そう言ってくれてる。
そんな感動の再会の中…
「貴司さん」
突然、母さんが顔をあげて父さんを見据えた。
「は…はい」
父さんは、なぜか姿勢を正してる。
「よくも、嘘を付いてくれたわね。あたしがどんなにショックだったかわかる?」
「…嘘?」
「知花のことよ。死産だったって」
「まあ、貴司。おまえ、そんな嘘を?」
「あ…あれは、さくらを好きな人の所へ…」
「あたしは、貴司さんが大好きだった」
「……」
「貴司さんも、お義母さんも、大好きだった。なのに出て行けだなんて…」
「あ、あ…いや、それは…」
「おまえ、そんな事言ったのかい?」
おばあちゃまがつっこむと。
「お義母さんも」
母さんは、あのおばあちゃまさえも見据えて言った。
「え?私は出て行けなんて言ってませんよ」
「お腹の子の面倒は私たちが見るから、好きな人の所へお帰りって。あたしは貴司さんが好きだって何度も言ったのに」
「あ、だっておまえ、それは…」
「……」
「……」
「……」
「ま、いっか。知花…こんなに大きくてきれいになってるし」
長い沈黙の後、母さんは満面の笑み。
それを、父さんはまぶしそうな目で見てる。
「それにしても、病人だったなんて思えない。すごく元気」
あたしが母さんの顔をのぞきこんで言うと。
「うん。まだまだ20代の気分でいるからね」
母さんは、元気はつらつ。
だけど。
「おかあしゃーんっ」
「かかーっ」
ふいに、華音と咲華がやって来て、あたしの足に抱きついた。
「…お母さん?」
母さんが、けげんそうな顔であたしを見る。
驚かせちゃいけないと思って、まだ言ってなかったんだっけ…
「う…うん…」
「誰の子供?」
「えーと…」
「そうそう、さくら。おまえ、20代の気分って言っても、もうおばあちゃんなんですよ」
おばあちゃまが笑いながらそう言うと。
「…がーん…」
母さんは少し途方に暮れた顔になった。
「あたしに…孫が…」
…そ…そうだよね…
娘のあたしの事だって…つい最近知ったばかりなのに。
孫がいるなんて…
「…て事は、義母さん…ひいおばあちゃん?」
母さんが目を細めてそう言うと。
おばあちゃまは眉間にしわを寄せて。
「…それが何ですか」
低い声。
「ひいばあちゃん」
「…そうは呼ばせてません。大ばあちゃんです」
「大ばあちゃん…」
「何ですか」
「ううん。別になんでもないんだけど…」
「……」
「…大ばあちゃん…」
「さくら」
「……」
母さんとおばあちゃまは、見つめ合ったかと思うと…
「…義母さん」
また…ゆっくり抱き合った。
それを見た父さんは、あたしの足元で母さんに人見知りしてる華音と咲華を連れて、リビングに向かった。
* * *
「ちょっと、さくらさん。あたしのスリッパ履かないでよ」
麗が、母さんにきつい口調で言う。
「えー。麗がいつまでたっても『さくらさん』なんて言うからよ。ちゃんと『お母さん』って言ってくれたら、これでも何でも返してあげる♡」
母さんは、麗を前に…満面の笑み。
「何でもって…他にも何か取ってんの?」
「さあ、どうかなあ」
「…信じらんない。姉さん、どうにかしてよ。姉さんの母親でしょ?」
「あたしの母親は、麗の母親」
あたしは、頬杖ついて笑ってみせる。
あの麗が、タジタジ。
だけど母さんが来て、少しだけ元気になった。
母さんは少女のような人だ。
とにかく、明るい。
とにかく、よく笑う。
そして、人なつっこい笑顔で抱きついてくる。
騒がしいのが嫌いなはずのおばあちゃまが、母さんを実の娘のように可愛がってた…って言うのが。
いまだに…あたしには不思議でならないのだけど。
でも、母さんと居ると…明るい気持ちになれる。
おばあちゃまと父さん、二人にとって…
母さんは、太陽みたいな存在だったのかもしれない。
「可愛いなあ、ノンくんとサクちゃん」
母さんが華音と咲華を見て唇を尖らせる。
可愛いって言ってくれてるのに、その唇は何?って思うけど…
華音と咲華は、なぜか母さんに人見知り中。
母さんは近付きたくて仕方ないみたいだけど…なぜか二人は泣いてしまう。
「ねえ、貴司さん。あたし、もう一人産みたいな」
「ぶふふっっ…」
母さんの明るいお願いに、父さんだけか…おばあちゃままでがお茶を吹き出した。
「な…何言って…」
「だって、知花を育てられなかったし。もう一人欲しいー」
「い…いくつだと思ってるんだ」
「えっ、あたしまだ38だよ?」
「…さくら、子供たちの前ですよ」
「子供ったって、もう子供の作り方ぐらい知ってるよ」
母さんて、なんてストレートな…
誓は下向いて笑ってるけど、麗は呆れた顔。
「知花、どう思う?」
「今できたとして…21違いかー。あたしはいいけど、麗が…」
あたしが麗に話を振ると。
「なっ何よ、何であたしに話を振るのよ」
って、麗は立ち上がった。
「勝手にすればいいじゃない」
けたたましく足音をたてて、部屋に戻る麗を見て。
「うーん。可愛いっ」
って、母さんは笑ってる。
「可愛いから、いじめてるの?」
「えー?いじめてるつもりなんかないけど」
母さんの言葉に、誓が。
「でも麗、嫌がってないと思うよ」
廊下を振り返って言った。
「えっ、ほんと?」
「だって、最近よく鏡見てるから」
「そりゃあ、あんなに可愛かったら、あたしだって何度も見ちゃうよ」
もう…母さんたら。
つい、あたしとおばあちゃまは苦笑い。
「たぶんさ、母さんが麗に『可愛い可愛い』って抱き着いたりするじゃん?そのせいじゃないかって思うんだよね」
「……」
「麗、昔からよく言われてたのは『お人形さんみたい』だったからさ…」
いつもクールな麗は…本当綺麗な顔立ちで。
笑うと本当に可愛いのに、あまり…笑わずに育った。
確かに…そのせいなのか、よく言われる言葉は『麗ちゃんってお人形さんみたい』だったと思う。
それが誉め言葉であったとしても…麗は嬉しくなかったのかもしれない。
「ぐはっ!!」
突然母さんに抱きしめられた誓が、変な声を出した。
「もー!!愛し過ぎる!!麗がいないから、誓抱きしめちゃう!!」
「あー!!母さん!!脇腹っ!!こそばゆいっ!!ひゃー!!」
大笑いする誓のそばに、華音と咲華が駆け寄って。
「ちー!!こちょこちょー!!」
って、母さんに加勢してる。
「はっ…!!」
華音と咲華がそばに行った事に喜びを隠せない母さんだけど、あからさまに喜ぶと逃げられるとでも思ったのか…
「う…うふふ~…ちー、こちょこちょ~…」
なんて、控えめに誓をくすぐってる。
「まったく…賑やかだ事…」
おばあちゃまはそう言いながらも笑顔で。
あたしは…母さんが帰って来てくれた事に、心から感謝した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます