38
「誕生日、おめでとう」
クリスマスイヴ。
あたしの二十歳の誕生日。
父さんが大きな箱を差しだした。
「ありがとう…あ、すごい…いいの?」
箱の中身は、振袖。
深紅にゴールドの曲線、色鮮やかな花の模様。
「…派手じゃない?」
袖を合わせながら、上目使いにみんなを見ると。
「そんなこと、ありませんよ」
おばあちゃまは、帯を合わせながら言った。
「ま、見た目はバツイチで子持ちには見えないもんね」
「麗っ」
「だって、本当のことじゃない」
麗に痛いところをつかれてしまった。
「ありがとう。すごく嬉しい」
「お正月は晴れ着で挨拶に行くんでしょう?これ着て行きなさい」
「うん」
事務所の新年会。
ここ最近は、毎年晴れ着で集まるらしい。
宴好きなビートランドらしい気がする。
「じゃ、お料理いただきましょう」
「やったー、待ってたんだ」
「いやしいな、誓」
今年も、幸せな誕生日が迎えられた。
アメリカにいる時も、みんなが祝ってくれて。
クリスマスに便乗しているせいで、普通の誕生日より盛り上がるっていうのもあるけど。
あたしは幸せだな。
…千里がいなくても。
「知花」
ごちそうを食べて、片付けを終えたところで、おばあちゃまが手招き。
「何?」
「おまえに、いつか話そうと思ってたことがあるんですよ」
「……」
おばあちゃまは、ソファーに座ってツリーを眺めてる。
あたしは、おばあちゃまの横に腰を下ろして。
「何の話?」
って問いかけた。
「…おまえの、母親のことです」
「……」
「おまえの母親はね、さくらっていうんですよ」
おばあちゃまの、静かな声。
「私は、さくらが可愛くて仕方がなかった」
「…おばあちゃま…」
失礼だけど、ものすごく意外だった。
あたしは、てっきり…
「私は娘を一人亡くしてるんですよ。だから、さくらがうちに来た時は本当に娘のようで…全然わからないお華のことも、一生懸命覚えようとして…」
おばあちゃまは、なんだか遠くを見てる。
「貴司は自分の子供がお腹にいるって、ずっと言ってたんですけどね、それはすぐに嘘だってわかりました」
「どうして?」
「さくらが、言ったんです」
「……」
「泣いて…ごめんなさいって何度も言いながら、お腹の子は貴司の子じゃないって。私は、目の前が真っ暗になりましたよ」
「父さんは、そのこと…」
「今でも知りませんよ。私とさくらの秘密です」
「……」
「さくらのことは、本当に貴司の嫁というより、私の娘だという気持ちが強くてね…好きな人と、どうして離れたりしたの…って」
「おばあちゃま…」
「私も昔…お慕いした方がいらしたんですよ。だから、さくらには本当に好きな人と一緒になってほしかった」
「でも、父さんだって…」
「麗たちの母親は、貴司の許嫁だったんです」
「継母さんが?」
「貴司以外の人とは結婚しないって、ずっと言い寄られてましたからね…貴司も、まんざらではなかったようだし」
「それで、おばあちゃまは…」
「さくらは…妊娠していることを相手に打ち明けてないと言いました。だから、もう元には戻れない、と。私はさくらが不敏に思えて…」
「……」
「知花は私たちが幸せにするから、おまえは好きな人のところへお行き…と」
「おばあちゃま…」
「おまえを産んだ次の日、おまえの顔を一度も見ずに、さくらはいなくなってましたよ」
「……」
「おまえは、私を恨むかい?」
おばあちゃまは、涙目。
「どうして?恨むだなんて…」
「おまえには、辛い想いばかりさせていたようだし…その結果が、こんなことに…」
「待って、こんなことって?あたしは幸せだよ。確かに辛いって想った時期もあった。でも、それはあたしが…」
「知花」
おばあちゃまは、あたしの手を取って。
「おまえには、本当に幸せになってほしいんですよ」
って…
「……」
「好きな人と、一緒になってほしい」
「おば…」
「千里さんが、まだ好きなんでしょう?」
「……」
あたしは、うつむく。
「あたしは…もう、充分幸せだよ」
「知花…」
「そんな経緯があったなんて知らなかったけど、あたし、母さんのことは知ってた」
「知ってたって…どうして。」
「途切れ途切れだけど、ほんの少しだけ…記憶があるの」
「記憶?」
「あたしの名前、おばあちゃまが付けたでしょう?」
「……」
「ずっと父さんだと思ってたんだけど…違った」
「どうしてですか」
「華音たちの名前、おばあちゃまが付けてくれたじゃない」
「…ええ」
「華やかな音の子。きれいに咲く華の子って。」
「…そうですよ」
「あたしの名前は、母親の名前が、みんなが知ってる花…だからよね?」
「……」
「父さんはね、花を知るって、言ったもの。それ聞いた時、ちょっと違うなって気がしてた」
「……」
「母さんが…どうしてるか、知ってる?」
あたしが問いかけると。
「…いいえ」
おばあちゃまは、静かに首を横に振った。
「会いたいけれど…私は実の息子を裏切ってしまったんですからね…会うことは許されませんよ」
「父さんは知ってるのかな…」
「…どうでしょうね…」
「……」
そうだ。
「母さん、会ったのかな。好きな人と…」
「会えていたら…と。それだけが、私の気掛かりですからね…」
「……」
「…知花?」
「おばあちゃま、あたしも…」
「?」
「あたしも、母さんに会いたい」
「知花…」
「会っていい?」
「いいって…おまえ、どうやって…」
「わかるかもしれないの」
昔は、憎しみに近い想いもあった。
だけど、今…こんなにも愛しいと想う。
母さんに…会いたい。
* * *
「知花、ちょっとおいで」
「?」
大晦日。
父さんが華音と咲華を寝かしつけてくれて、あたしを呼んだ。
「これを…」
父さんは部屋のタンスの中から小さな箱を取り出して、それをあたしの手に。
「何?」
「お守りにしなさい」
箱を開けると…
「指輪?」
「母さんが置いて行ったものだ」
「……」
「母さんが、死んだっていうのが嘘だって知ってるんだろう?」
あたしは無言で父さんを見つめて…
「…うん…」
静かに…頷いた。
「おまえも二十歳になったことだし、告白しようと思ってね」
「告白?」
「さくらが出て行ったのは、私のせいなんだ」
「…え?」
あたしは、驚いて父さんを見る。
だって…
おばあちゃまも、自分のせいだ…って…
「母さんの名前がさくらだって、知ってるのか?」
「……」
「そうか」
父さんは、椅子に座ると。
「ばあ様に、悪いことをした」
って、苦笑いした。
「ばあ様は、本当にさくらを気に入っていた。しかし…お腹の子は私の子じゃない。その上…さくらには忘れられない人がいた」
「……」
「さくらは口にしなかったけど、そうなんだと思った。時々遠くを見て目を伏せるんだ。私は、さくらにそんな寂しい目をさせている自分がいやになってね」
父さんは、小さく笑いながら…だけど、寂しそうに。
「…出て行けって、言ってしまったんだよ」
って…
「父さん…」
「おまえの顔なんて見たくない。子供は死産だった。もう、本当に好きな奴のところへでも行けばいいって」
「それ、母さん…」
「信じたみたいだ。出産した翌日、さくらはその指輪を置いていなくなってたよ」
「……」
「さくらは、ここにいちゃいけなかったんだ」
「どうして?」
「……」
あたしの問いかけに、父さんは答えなかったけど…
だけど、伏し目がちなその雰囲気に、父さんが自分を責めてる事が読み取れた。
…父さんと、おばあちゃまは…お互い、罪の意識を持ち合ってる。
お互いが、母さんを愛しての結果がこうだなんて…
「父さん」
「ん?」
「正直に答えてね」
「ああ」
「あたしが、本当の父親に会いたいって言ったら…どうする?」
「……」
父さんは、しばらく黙ってあたしを見つめて。
「当然の想いだろう」
って、静かに目を伏せた。
「…父さん」
「知花?」
あたしは、父さんに抱きつく。
「大好きよ。父さんも、おばあちゃまも麗も誓も」
「…そうか」
「母さんは、きっと幸せで暮らしてるよね」
「そうだといいな…」
あたしは、涙があふれそうなのを我慢する。
みんなが、あたしと母さんを愛してくれてる。
みんなが…。
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