50
「どー…どーしたの、姉さん」
玄関で、麗が目を丸くした。
「え?」
早速反応してくれた!!と思って、少し嬉しくなってしまうと。
「今日遅くなるんじゃ…」
え。
髪型に驚いたわけじゃないの?
あたしは目を見開いて、口を一文字にした。
初のショートカット。
それよりも、早く帰った事に驚かれるなんて…
何なんだろう。
「用事が済んだから。それより髪型についても何か言ってよ」
玄関に立ったまま麗の反応を待ったけど、何も言ってくれなさそうだったから自分で言った。
「あああ…うん、似合う」
それだけ!?
「え…ええと…姉さん、あの…ちょっと今…」
「…何?」
麗、何か狼狽えてる。
「あの…はーーーー……」
「…何…その大きなため息…」
「う…ううん。あの、ちょっと…」
「…あたしが帰っちゃ、いけないことでもあるの?」
「そー…そんなことないけど…母さーん、姉さん帰ったわよー」
麗が、バタバタ走りながら言った。
…なんなの、いったい。
「…あれ…」
麗、今…母さんのこと、『母さん』って呼んでた。
「……」
麗の背中を見つめながら、ホッとしてると。
「おや、知花。もう帰ったのかい?」
おばあちゃままでが…
「ただいま。華音たちは?」
「ああ、今、寝てますよ。それより、ちょっといらっしゃい」
「?」
あたしはおばあちゃまについて、リビングのソファーに座る。
「何?」
「…どうしたんですか、その頭は」
座ったとたん、おばあちゃまが目を丸くして言った。
「どうって…切ったのよ」
「何もそんな…短くしないでも…」
今言う?
玄関では何のリアクションもなかったのに、今?
…おかし過ぎる…
「…何かあったの?みんな、何かヘンよ?」
「何もありませんよ」
「で?何の話?」
「あー…そう、新しいCDはいつ出るんですか。録音ばっかりしてるみたいで」
「…一応、秋には」
「そうですか」
「……」
「……」
「……」
ますます怪しい。
おばあちゃまが、こんなこと聞くなんて。
「あたし、ちょっと子供達を…」
あたしが立ち上がろうとすると。
「あーああ、知花、ちょっと…」
おばあちゃまは、あたしの手を取った。
「何?」
「あの、おまえ…そう、ちょっと花を買ってきてくれないかい?」
「花?」
「そうだねえ…さくらがアレンジメントをするって言ってたからー…ちょっと派手めなのを買ってきておくれ。はい、これお金」
「派手めって…」
「悪いねえ、疲れてるところを」
「…それはいいけど…」
おばあちゃまは、あたしの背中を押して玄関まで来ると。
「じゃ、頼んだよ。あ、そこの花壇屋さんは今日休みだから、悪いけど表通りの映華さんに行っておくれ」
って、あたしに手を振った。
「……」
あたしは首を傾げながら歩き出す。
麗といい、おばあちゃまといい…何なの。
思いきってショートカットにしたんだから、もっと何か言ってくれてもいいじゃない。
「…派手目の花ね…」
あたしは頭の中で母さんがアレンジメントを作る姿を想像して。
「…ぷっ」
小さく笑ってしまった。
* * *
「うーん…」
どれにしよう。
表通りの「映華」さん。
あたしはたくさんの花を前に、悩んでいる。
でも、花を買うのは久しぶりで楽しいな。
ついでだから、花瓶に飾る花も買って帰ろうかな。
アレンジはー…だいたい、母さんって、どんな花が好みなんだろ。
あ、これは壁掛けの一輪ざしに生けたら素敵かも。
あたしが花々を前に浮かれてると。
「あら、誰かと思ったわ。イメチェンしたのね」
店長さんがニッコリ笑ってくれた。
「そのストロベリーキャンドル、切口焼いたら二週間くらい持つわよ」
「かわいいですね。壁掛けの一輪ざしに生けようと思って」
「いいわね。赤いのと白いの、一輪ずつでも結構かわいいでしょ。あと、赤いのばっかり丸いグラスに生けてもいけるわよ」
「あ、それもいいなあ…」
「あとね、前言ってたジンシャーも入ったのよ」
「えっ、覚えて下さってたんですか?」
「もちろんよ。あれはおもしろいと思うな」
「見せてもらっても…?」
「ちょっと待っててね」
ワクワクしちゃう。
花屋さんて、大好き。
何時間いても飽きない。
…あ。
それどころじゃなかった。
母さんの花。
ただでさえ自分で選ぶには時間がかかるのに…
やっぱり聞いてくればよかったかな。
あたしが顎に手を当てて悩んでると。
「何悩んでんだ」
胸が…高鳴る声が聞こえた。
振り返ると、千里が自転車によっかかって笑ってる。
「また思いきって切ったな。髪の毛」
「…よく後ろから見て、あたしだってわかったね」
「足だけでもわかるさ」
…赤くなってしまった。
赤毛だから分かるって言われると思ったのに…
そんな…足だけでも…だなんて。
「飾んのか?」
「…母さんが、アレンジメントするって…」
千里、自転車をおいて…あたしの隣に立った。
やだ。
何、緊張してんの。
「アレンジ?」
「あの…ほら、そこにあるようなの」
お店にかざってあるアレンジを指さして言うと。
「ああ、あれな」
千里は店内を見渡した。
「お待たせ…あ、いらっしゃい」
店長さんがジンジャーを持って来られて。
「こんにちは」
千里が…愛想よく挨拶する。
「これ、いい色でしょ」
「あ、本当」
「これは面白い使い方ができると思うわよ?」
「あー…それとアレンジの華材を買いに来たんですよ」
「誰が生けるの?」
「母が」
「そうねえ…」
「おまえの好みでいいじゃん」
あたしと店長さんが話してると、ふいに千里が言った。
「え?」
「親子だから似たようなもんだろ。おまえが使いたいの、選べばいいんじゃねーの」
「……」
「なんだっけ、これ。おまえが玄関でおっことしたやつ」
千里が、ガーベラを手にして笑った。
「あ…あれは、千里が悪いのよ」
「なんで俺?」
「いきなり帰ってきたから驚いて…」
「おー、これも見たことあるな。サラダん中入ってたやつ」
オンシジューム。
「…別にわざと入れたわけじゃ…」
「あ、俺、これが好き」
千里がそう言って手にしたのは…
「これに赤い花とか合わせてたよな」
「…うん」
…覚えてくれてるなんて…
「ブルースターって花なんですよ」
「なんか、そのまんまの名前ですね」
「花言葉は、信じ合う心…だったかな?」
「……」
思わず、黙ってしまった。
千里は、ブルースターを手にしたまま黙ってる。
「ど…どれにしようかな…」
あたしが、とってつけたようにそう言うと。
「ま、早く選んで帰れよ。暗くなんぞ」
千里はあたしの頭をついた。
「……」
「じゃあな」
「待って」
自転車に手をかけた千里を、あたしは呼び止める。
「…あたしに…」
「あ?」
「あたしに、花を贈るとしたら、どれをくれる?」
「俺が?おまえに?」
「…うん。」
「さあなー…チューリップかカーネーションかヒマワリか…」
「知ってる花じゃなくて、あたしに…贈りたい花よ?」
「おまえのイメージで言ったんだけどな」
千里は面倒くさそうにお店の中を見渡して。
「あれあれ。レジの横んとこのカップに入ってるやつ」
って…
「じゃあな、俺は帰るぜ」
「…うん…」
千里が言ったのは…ミント。
そりゃあ、今こんな髪型で、高価な花は似合わないかもしれないけど…
贈りたい花。って聞いたのに…
それまで千里の口から出た、チューリップにカーネーションにヒマワリ…
ドキドキして聞いてた。
なのに、ミント…?
嫌いじゃないけど…
花じゃないよ?
なんだか…ちょっと期待はずれ…っていうか…
「何だか…驚いちゃったな」
「え?」
あたしがあきらかにガッカリしてると、店長さんが顎に手を当ててつぶやいた。
「今の、彼氏?」
「え…あー…」
「彼と、ケンカでもしてた?」
「ま…まあ、そんな…感じです…」
なんて答えていいかわからなくて、とりあえず…苦笑い。
「チューリップの花言葉は愛の告白」
「え?」
「カーネーションは私の愛は生きている。ひまわりはあなたを見つめる。ミントは…」
「……」
「もう一度、愛して」
「……」
言葉が、出なくなってしまった。
「花言葉なんか知らなくてもね」
店長さんは、レジの横からミントを持ってきて。
「その時の気持ちで、花って選べられるものなのよ」
って…あたしにミントを渡された。
「ちなみに、あなたなら…彼に何の花を贈る?」
「……」
あたしが…千里に…
「あたしは…」
千里を思い浮かべる。
見てないようで見てくれてて…さりげなく、包んでくれる暖かい…
「ラベンダー…かな…」
店長さんは、小さく笑って。
「私に答えてください」
って。
「……」
「もう、妬けちゃうな。お互いそんないい想いを持ってるなんて」
頭の中の霧が…少しずつ、晴れていくような気がした。
店長さんが手にしたミントを眺めながら。
あたしは…千里への想いがいっぱいに広がってゆくのを感じていた…。
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