いつか出逢ったあなた 8th

ヒカリ

01

「ちょっと、あたしの部屋に勝手に入らないでくれない?」


 学校から帰ると、あたしの部屋が荒れていた。


「んだよ、うるせーな。いいじゃねえか。仮にも、俺はおまえの亭主だぜ?」


 ベッドの中で、千里ちさとがニヤニヤしてる。


「このマンションが夫婦じゃなきゃ入れないからって、それだけの夫婦じゃない。お互いのプライバシーには関与しないって決めたはずよ?」


 制服のリボンをほどきながら、超不機嫌な声のあたし。

 それでも千里はニヤニヤしたまま。


「家を出たがってたおまえの思い通りになったわけだろ?感謝されてもいいはずなんだけどな」


 って、鼻で笑った。


「それは千里だって同じでしょう?どうしてもここに入りたいからって…はっ…バッ…バカ!!なんで裸なのよー!!」


 のそっと起き上がった千里はー…全裸!!

 あたしが目をそらしてるのを、相変わらずニヤニヤしながら長い髪の毛をかきあげてる、神 千里かみ ちさと

 その名前からは予想もできないほど、こいつは鬼よ、悪魔よ!!


 ロックバンド「TOYS 」のボーカルで、21歳。

 この防音設備バッチリ、日当り良好、環境抜群のマンションに入居したいがために、あたしの家族を説得してまで結婚にこぎつけたという…


 厳格な家を早く出たかったあたしにとっては、好都合だったけど…

 まさか、こんなに上手くいくとは思ってもみなかった…偽装結婚。

 あたしは、まだ高校生。

 こんな結婚を、よく父親が許してくれたと思う。


 あたしの実家は、もう何代も続いてる華道の名家「桐生院きりゅういん

 しかも、あたしは長女。

 けれど物心ついた時、すでに母親は二人目だった。


 兄弟は、その二人目の母親が生んでくれた双子の妹と弟。

 あたしにとっては、可愛い妹弟なんだけど…


 あたしを嫌ってた継母が


『おまえの母親は貴司たかしさんの人がいいところにつけこんで、血の繋がりのないおまえを貴司さんにおしつけて、好きな男のところへ逃げたのよ』


 って、しょっちゅう言ってたせいか…

 弟は懐いてくれてるけど、お母さん子だった妹は、あたしを姉と呼んだことはない。

 その二人目の母も、あたしが13の時、病死した。


 それでも父は、あたしが何も知らないと思っている。


 映像会社の社長もしている父親は。

 血の繋がりがないにせよ優しくて、頼りがいがあって。

 本当の父親…と、あたしは思っている。


 なのに自分自身、家を出るためだけに結婚してしまうなんて…

 それも、好きでもない人と。


 でも。

 千里はボーカリスト。

 実は、あたしが目指してるものでもある。


 物心ついた時には、すでにシンガーになろうと決めていた。

 だから、いろいろ勉強になるかな、なんて思ってたんだけど…


 甘かった。


 言葉遣いは悪くなるし、どんどんがさつになっていく自分がわかる。



桐生院知花きりゅういんちはな。下から赤毛が出てるぞ」


 千里があたしを指さして言った。


「…もう帰ったんだから、いいし」


 あたしの髪の毛は、赤毛。

 おまけに、目の色もそれとなく日本人離れしてる。

 厳格な家に生まれ育ったおかげで、昔からウィッグと眼鏡を強いられてきた。

 その方が目立たなくていいんだけど…

 最近、億劫になってきている。



「みごとに化けてるよな」


 唯一、あたしの赤毛を知っている千里が、トランクスだけはいてやってきた。


「…今日からレコーディングでしょ?早く行けば?」


「わかってるさ」


 千里はだるそうに部屋に戻ると、クローゼットから服を取り出した。

 あたしはウィッグを取って、中からこぼれ落ちる赤毛をクリップで束ねる。


「戸締りキチンとしろよ」


「子供扱いね」


「子供だろ?」


「一応、主婦でもあるんだけど?」


 あたしが小さく答えると、千里はクスクス笑い始めた。


「…何よ」


「いや、別に」


 感じ悪い男。

 あたしが嫌な顔してるのもおかまいなし。


 千里は、さっさと服を着ると。


「何回も言うけど、戸締りだけはキチンとしろよ」


「わかって…あ、ボタン取れそう」


「どこ」


「袖、ちょっと待って」


 …なんのことはない、普通の夫婦と同じだと思う。

 炊事も洗濯も掃除も、もともと好きだったから問題ないし。

 意外なことに、千里はちゃんと一緒に食事してくれるし。

 そのうえ、まめに帰るコールしてくれる。

 それについては。


「冷えた飯を食いたくないから」


 だそうだけど…


 はたから見たら、間違いなく夫婦してる。

 まあ、夫婦として足りないのは…愛情と肉体関係だけだろうか。



「はい、できた」


「サンキュ」


 袖のボタン、付け直すと。

 千里は、あたしの頭をくしゃくしゃっとして言った。


「いい子で留守番してろよな」

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