02

桐生院知花きりゅういんちはなさーん」


 お昼休み。

 大声でのフルネーム呼びに、首をすくめて振り返ると。


「クラス別れて寂しーいっ」


 聖子せいこが、そう言ってあたしに抱きついた。


「あたしも寂しいよ」


「持ち上がりならよかったのにね」


「本当」



 お天気のいい午後。

 中庭では、ひなたぼっこも行われている。

 あたしは、聖子と理科室でお弁当を開いた。


「あ、美味しそうな玉子焼き」


「一つだけよ?」


「あたしがいつ二つも三つも食べた?」


「…昨日…」


「あ、ごめん。知花の作るおかずって、いつも美味しくてつい~…」


「ありがと。じゃあ、聖子のサクランボとトレードで」


「はいよっ」



 …聖子とは七歳の時、春のお茶会で知り合った。

 七生ななお財閥の四人姉兄の末っ子。

 背が高くて頭が良くて、きりっとしててかっこいい。


 保育園から中等部まで、遠方のインターナショナルスクールの寮生だったあたしは、聖子と同じ高校に通いたいがために祖母の反対を押し切ってまで帰ってきたのはいいけれど…

 結局は肩身の狭い想いをしてしまって、偽装結婚などするはめになってしまった。


 昔から、家族とは縁が薄かったように思う。

 遠方ゆえに、あまり会うこともなくて…寮生のお姉さん達が、あたしの家族のようだった。


 スクールでは赤毛なんて普通で。

 そこであたしは、あたしでいられた。


 だけど…実家に帰る時には、ウィッグとメガネを強いられた。

 桐生院の長女として、赤毛は隠さなくてはならなかった。

 でも…それだけでは済まなかった。

 月曜日と金曜日はお華の生徒さん、水曜日はお茶の先生が来るから、九時まで帰れない。


 自分で選んだことだから仕方はないけれど…あたしって、存在さえ否定されてるんだな…って悲しくなった。



「知花?」


 ふいに聖子が顔をのぞきこむ。


「何?」


「いや、ぼーっとして。何よ」


「ううん。着々と進んでるなと思って」


「全くね」


 聖子は…


「あんたが歌うなら、あたしはあんたをサポートする」


 って、まずはギターを手にした。

 けど。


「なんだか当り前すぎて、つまんない」


 って、ベースを弾き始めた。


 こんなにあたしの気持ちに寄り添おうとしてくれてるのに…あたしは、未だに聖子に打ち明けられない。


 赤毛のことも………結婚してることも。



「あ、そう言えばさ。この前スカウトしたって言ってたギタリスト、ちょっと大笑いよ」


 聖子が笑いだす。


「何?」


 聖子と始めたバンドも、今のメンバーがそろってもうすぐ一年。

 メンバーを揃えるにあたって、まずは聖子が幼なじみの朝霧光史あさぎりこうしをドラマーとして誘った。


 光史は現役大学二年生。

 お父さまが、Deep Redというバンドのギタリスト、朝霧真音あさぎりまのんさん。

 あたしは邦楽ロック弱いけど、朝霧さんの名前は知っている。


 そして、あたしは音楽屋というその名の通りのお店で。

 二階堂 陸にかいどう りくをギタリストとしてスカウトした。

 陸ちゃんも大学二年生。

 音楽屋でバイトしてるおかげで、たくさんの有名人とお知合いだ。

 で、なんと…光史とは、大の仲良しなのだそうだ。


 さらには、朝霧真音さんと同じくDeep Redのメンバー島沢尚斗しまざわなおとさんの長男、島沢真斗しまざわまことを光史の紹介でキーボーディストとして迎えた。

 あたしは、まこちゃんと選択科目で同じクラスだけど…

 キーボードしてるなんて、知らなかった。

 のほほんとしてて、かわいい感じだけど、とっても腕がいい。



 Deep Redの息子が二人も!!って思ってたら。


「あ、言ってなかったっけ。Deep Redでボーカルしてた高原夏希たかはらなつきは、あたしの伯父よ?」


 って、聖子が言った。

 …ぜひとも、早くDeep Redを聴かなくては…


 ともあれ、これで五人そろったし、かなり腕もあげた…はずだし。

 ライヴでもしちゃう?って言ってたところに。


「ギターがもう一人欲しい」


 って、陸ちゃんの希望。


 そこで、あたしは先月、またもや音楽屋で。

 早乙女千寿さおとめせんじゅという、二十歳の次期茶道家元をスカウトした。


「その、なんだっけ、家元」


「早乙女千寿さん」


「そう、その早乙女千寿さん?まこちゃんの従兄弟なんだって」


「え。」


 開いた口がふさがらない。

 Deep Redの親近者が三人ってだけで、身内バンドみたいだねって言ってたのに。


「信じらんない…こんな、身内ばっかり」


「うん、あたしも昨日まこちゃんに聞いて大笑いよ。それにしても、カンがいいって言うか鼻がきくって言うか。知花ってすごいって思っちゃった」


「すごいも何も…でも、ちょっとまこちゃんとはつながらないなあ、家元さん」


 あたしが首傾げてると。


「まあ…戸籍上は他人だって言ってた」


「え?」


「まこちゃんの伯父さんと、家元さんの母がカケオチ寸前でできた子らしいんだよね」


「…ふうん…」


 なんだか少し…ブルーになる。


 家元さんは、いつも音楽屋の楽器コーナーで。

 何とも言えない瞳で、レスポールを手にして少しだけ弾いてた。

 その少しのフレーズが、何ともきれいで…印象的で…


「だからさ、まこちゃん喜んでたよー。従兄弟なのに顔も見たことないって言ってたし」


 戸籍上は他人とか、従兄弟なのに顔も見たことないとか…何だか複雑そうだとは思いながらも。

 あたしも親戚なのに会った事がない人は結構いるものね…と思うと、事情は違えど少し親近感が湧いた。



「来てくれるかなあ…ミーティング」


 あたしが自信なさそうにつぶやくと。


「家元だもんねえ…」


 聖子も、ちょっぴりため息まじりにつぶやいた。



 窓の外には、桜。

 高校二年生になって一ヶ月。

 あせってるわけじゃないけど、早く活動したい。

 でも、その前に千里に打ち明けなきゃ…バンドしてること。


 本気で言ったのかどうかわからないけど。


「おまえがお嬢ちゃんでよかった。俺、音楽やってる女って苦手だから」


 って。


 ちなみに千里とは、あのマンションで知り合った。

 千里は自分が座り込んでる部屋で、最初に会った女と結婚しようと思ってた…なんて言ってたけど…



「あ、あんたの小憎らしい妹よ」


 聖子が窓の下を眺めて、目を細めた。

 そこには、妹のうららが歩いてた。


 この学校は、中学から高校へはエスカレーター式。

 あたしは高校からの中途編入で、大変な受験をした。


 本来、男子校舎と女子校舎って分かれてたらしいんだけど。

 去年から共学になった。

 それでも中等部とは隣の敷地とは言え、その広さゆえになかなか会えないのが実情。

 学校での麗…久しぶりに見たなあ。


 うららちかしも中等部の二年生。

 麗は学園祭なんかの人気投票で常にトップで、男子生徒のアイドルだったりする。



「全く、みんな外見に騙されてるわよね」


「でも、麗もかわいいとこあるんだよ?」


「どこに~?」


 聖子の、超やな顔。

 個人的にはー…はっきりしてて、自分の信念をちゃんと持ってるあたり。

 聖子と麗って、似てると思うんだけど…


「あんたには悪いけど、あたしは嫌い」


 それは言わずにおいた方がいいかも…



「あ、ベルだ」


 聖子がポケットを探る。

 ポケベルがどんなに流行であっても。

 うちの学校は厳しくて、そんなもの、見つかった日には…

 けれど、うちの祖母がこの学校の何かの役員を長年務めていたせいか、先生方のあたしに対する風当りは柔らかい。



「陸ちゃんからだ。7時にダリアだって」


「じゃ、一度帰ってからでいいね」


「最近よく出て来るけど、平気なの?」


「あ、うん。大丈夫」


 結婚してからというもの…あたしは夜の練習やミーティングに出たい放題参加している。


「まこちゃんには、後で言っとこ」


 いつもはお弁当も一緒に食べるまこちゃん。

 今日は、用事があるからってパス。


「忘れないでよ?」


「五時間目、選択一緒だから」


「…絶対忘れないでよ?」


「失礼ねー。あたしが忘れた事…」


「……」


「…あるね。うん。分かってる。絶対忘れない」


 聖子はそう言って、自分の左手の甲に『まこちゃんに伝達』って赤ペンで書いた。



「あ、聖子。バイトのこと、どうなった?」


 思い出したように問いかけると。


「ごめん」


 聖子は両手を合わせて頭を下げた。


「伯父貴、まだアメリカなんだわ。なかなか話が通んなくて」


「そっか…それなら仕方ないよね」



 聖子の伯父さん、高原さんは。

 日本とアメリカに音楽事務所を持ってらっしゃる。


 …千里も、その事務所に所属してたりして…



「バイト、見つかったら退学だよね」


「ちなみに、今日のダリアも見つかったら退学よ」


 そこそこに厳しい校則。

 だけど、みんな寄り道もするしバイトもしてる。

 だから大丈夫…って言うわけじゃないけど…

 何となく…本当に、何となく。

 あたしは、何でも出来る気がしてしまってた。


 それはきっと…

 偽装結婚っていう、とんでもない事を成し遂げてしまったっていう…妙な達成感のせいかもしれない…。


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