15

「知花」


 学校の帰り道。

 名前を呼ばれて振り向くと…


「…高原さん」


 高原さんが車に乗ったまま、窓からあたしに手招きされてる。


「聖子は一緒じゃないのか?」


「あ…はい」


 聖子とは…

 あれ以来、少し気まずい。

 おかげで…まこちゃんと三人でのお昼休みも、まこちゃんに気を使わせてしまってる。


「乗れよ」


「…はい」


 言われた通り、高原さんの助手席に乗り込む。


 車の中では…瞳さんの、歌。

 最近聴くようになった瞳さんの曲は、どれも…恋の歌。



「率直に聞くけど」


 走り出した車の中で、高原さんは静かに言われた。


「千里と知り合った時、瞳のことは?」


「…知りませんでした」


「結婚するまで、ずっと?」


「はい」


「いつ知った?」


「結婚して四ヶ月位…経ってからです」


「その時、千里はなんて?」


「しばらくは何も言いませんでしたけど…ふられたって…」


「瞳に?」


「はい」


 高原さんはしばらく黙りこまれて。

 あたしは、外に目をやる。


 父親って…こんなものなのかな。

 お父さんは、千里に関して特に立ち入って聞くこともなかったけど…



「瞳は、千里との結婚を考えてたんだ」


 ふいにそう言われて、あたしは高原さんを見る。


「俺には息子がいないからね。いずれは瞳の結婚相手に継がせるつもりだ。千里はその点については合格点をやれる奴だし、俺もそう願ってた」


 …だからあんなにムキになられたんだ…


「それに以前…瞳から千里と結婚したいって言ってきたんだ。だが、その時は二人とも若過ぎると思って許さなかった」


「…あたしと彼が結婚してるのが、そんなに気に入りませんか?」


 気が付いたら、口にしてた。


「確かに、瞳さんのこと知った時ショックでした。でも、彼はあたしを選んでくれたんです。あたしは今幸せです。瞳さんには…悪いと思います。でも、あたしの幸せを高原さんにどうこう言われる筋合いは…」


「ない…よな、確かに。でも、誰だって自分の娘がかわいい。たとえ親バカだと言われても。俺は誰よりも瞳の幸せを願ってる」


「…そのためには、あたしはどうなっても?」


 半分涙目だったかもしれない。

 初めて出会ったとき、心地いい感覚を感じた人なのに。

 今では嫌悪感さえ感じられる。



「…悪かったね」


「…停めてください」


 あたしが冷やかな声で言うと、車は静かに路肩に停まった。

 シートベルトを外しながら、沈んだ気持ちをどうすればいいのか分からないままでいると…


「気を悪くしたなら謝る。嫌な奴だと思われても仕方がない。でも…」


「……」


「…偽装結婚じゃないかと思ったんだ」


 その言葉に、あたしの動きが止まる。

 …今…高原さん、なんて…?



「あの二人はもう四年近くつきあってたんだ。俺が千里に期待しても おかしくはないだろう?」


「……」


「確かに、俺は瞳が千里と結婚したいって言った時に反対した。でも、それは交際を反対したわけじゃない」


「あたしは…」


「今住んでるマンション、既婚者じゃないと入られないらしいな」


「……」


「知花は、どうして家を出たかった?」


 知ってる。

 この人、知ってる…



「あたしは、千里が好きなんです。だから…」


「普通じゃないと思わないか?高校生でしかも名家の生まれだ。誰だって、疑うさ」


 高原さんが、あたしの肩をつかんで振り向かせた。


「まだ事が大きくならないうちに、どうにかしろ」


「……」


 高原さんの剣幕に、思わず言葉が出なくなった。


「おまえは絶対ビッグになる。千里もだ。偽装結婚なんてばれ」


「あたしは千里が好きなんです!!」


 気が付いたら、高原さんの言葉を遮ってた。


「……」


「あたしは、彼が好きです。確かに、家を出たいという思いは強かったです。でもそれ以上に、彼が好きなんです」


 あたしは、無言でウィッグをとる。


「…知花…そ…」


 高原さんが、驚いた顔であたしの赤毛を見てる。


「あたしは、あの家の人間じゃないんです。だから…」


「……」


「だから、もし千里に愛情がなかったとしても、彼が居場所のないあたしを迎えにきてくれたようで、すごく嬉しかったんです」


「……」


「それでも、別れろって言いますか?」


 涙声になってしまった。

 高原さんは言葉を失くして、呆然とあたしを見てる。



「高原さんがどうおっしゃっても、あたしは彼と別れるつもりはありません。あたし…瞳さんには負けませんから。失礼します」


 大変なことを言ってしまったって思ったのは、車を降りて歩き始めてからで。

 あたしが背中を向けても、しばらくは高原さんの車は動く気配がなかった。



 背筋を伸ばして稟としてるのに。

 前に進むにつれて、涙があふれてきた。


 どうして、こうなっちゃったんだろ。

 どうして千里はあたしを選んだんだろ。


 どうして…あたしは、千里を好きになってしまったんだろ…。

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