39
『明けましておめでとう』
新年会。
事務所1Fのホール、壇上の高原さんは、少し眠そうな顔。
『今年も楽しく働こう。以上』
短い挨拶が終わると、会場は一斉にパーティ会場と化した。
「伯父貴の挨拶って、淡泊…」
聖子が、あたしの後ろでつぶやく。
「知花、すごくいい柄だね」
「誕生日にもらったの」
「すごく似合う」
「ありがと。聖子こそ、背が高いから着物の柄が映えるね」
聖子は、黒から深緑へのグラデーションのシックな着物。
七生ブランドの広告塔になってもいいぐらい、聖子は何を着ても似合う。
聖子はそんな気、全然ないみたいだけど。
「子供っぽいの似合わないからさ。本当は赤いのとか着たいんだけど」
「いいじゃない、似合いそうよ?」
「恥ずかしいよ」
「よ、綺麗やな」
あたしと聖子が談笑してると、朝霧さん登場。
「あ、明けましておめでとうございます。光史、具合どうですか?」
光史は、年末からカゼで寝込んでいる。
「あー大丈夫。なんや大雪ん中、長いこと人待ってたっちゅうから、アホやな、ほんま」
光史はルーズな人が嫌いだから、待たされたりしたら帰っちゃう方なんだけど。
…好きな人でも、できたのかな。
「うおっ、馬子にも衣装じゃん」
続いて、陸ちゃんの憎まれ口。
聖子、着物なのにパンチを繰り出してる。
「陸ちゃんも、袴似合うね」
「親父の借りてきた」
「センは着物着てたよ。さすがって感じだった」
「まこちゃんは?」
「あー、タキシード着てチョロチョロしてたけど…」
「あはは、あいつらしい」
三人で盛り上がってると。
「あ…」
高原さんが、近くに。
「ちょっとごめん」
あたしは、聖子と陸ちゃんから離れる。
どうしても…聞きたい。
「高原さん」
あたしが、小走りに近寄ると。
「え?あ…さ…」
高原さんは、何か言いかけて…口を手で押さえた。
「?」
「あ、いや。綺麗だな。女ってすごい」
まぶしそうな、目。
「あの、聞きたいことがあるんですけど…」
「何だ?」
「高原さん、結婚は一度もされてないんですか?」
「え?」
あたしの問いかけに、高原さんはポカンとされて。
「意外な質問だな」
って、笑われた。
「したよ、一度だけ」
「…いつですか?」
「正確には、したはずだった。かな」
「え?」
「どうした?急に」
「いえ、そのー…そう、曲作りの参考に、色んな方から恋の話を聞いたりして…」
「なるほど、勉強か。いい心がけだな」
高原さんはシャンパンを手に。
「だが、俺のはあまり参考にはならないと思うけど?」
やんわりと…目を細めて笑った。
「いえ、ぜひ聞かせてください」
それでもあたしがしつこく食い下がると、高原さんは小さく笑って。
「俺の母親は、高原の愛人でね」
ソファーに座って…話し始めた。
「そのせいで、小さな頃から嫌な思いばかりした。それで、絶対自分は子供を作らないって思ったよ」
あたしも…隣に座る。
「周子の事は?」
「知ってます…」
「瞳が生まれたのは、周子と別れた後だった」
「……」
「告白された時は…正直冗談じゃないって思ったね。だけど、周子は別に育ててくれなくてもいい、父親という肩書だけ背負ってくれって言ったんだ」
父親という肩書…
「でも…可愛いんだな、これが」
「周子さんとは、結婚…」
「してない。実は、瞳が生まれた時も他の女と同棲しててね」
…それだ。
「別に子供の事を隠すつもりはなかった。でも、言い出せないうちに他から彼女の耳に入った」
「……」
「呆れられてね。出てかれたよ」
「その人と結婚を?」
「…するつもりだった」
「その人とは、それっきり?」
「いや、それが…三年後に見つけたんだ」
「三年後?」
瞳さんが産まれた次の年にいなくなって…瞳さんは、あたしより二つ歳上だから…
あたしが、二つの時?
二年間は何してたの?
「聞いてみれば一人だって言うし。もう、半ばムリヤリ連れて帰ったよ」
高原さんは、照れ笑い。
「その人は…今…」
ドキドキしてる…
「いるよ。うちに」
「うち…?」
「ずっと、一緒に暮らしてる」
時間が止まった気がした。
ずっと、一緒に暮らしてる…
「その人に…」
「ん?」
「…会ってみたいな…」
「……」
高原さんが、一瞬あたしをマジマジと見たあと、小さく笑われた。
「?」
「いや、ごめん。最近どうして、みんなあいつに会いたがるのかなと思って」
「みんな?」
「千里も、少し前にそんなこと言ってさくらに…ああ、彼女の名前な。さくらに会いにきたよ」
「千里が?」
どうして千里が?
あたしが途方に暮れてると。
「ま、さくらに会いに来てくれるのはいいけど、内緒な」
高原さんは、人差し指を立てた。
「え?」
「誰にも言ってないんだ」
「どうして…ですか?」
あたしがつぶやくように問いかけると。
「さくらは…ね、時間が止まってるんだよ」
って、寂しそうに言われた。
「……」
意味がわからなくて黙ってると。
「事故に遭ってね…」
「事故…」
「意識はある。だけど、喋れない。時々何かに反応はするけど…無表情でね」
目の前が真っ暗になった気がする。
母さんが?
「医者は心因性だって言うが…何が正解なのかは分からない」
「……」
「さくらは素敵な女性だよ。知花には特別…会わせたくなったな」
「…会わせてください…」
涙が、あふれてしまった。
「知花?」
「今、すぐ…会わせてください」
* * *
「ここだよ」
あたしを乗せた高原さんの車は、事務所から30分のところで止まった。
緑の多い庭。
大きな洋風の家。
「確かマンション…」
「ああ、表向きの家。こっちが本宅。さ、入れよ」
「おじゃまします」
開けてもらった玄関。
ドキドキしながら中に入る。
「ただいま」
「おかえりなさい…あ、お客様ですか?」
二階の部屋から、年輩の女の人。
「ああ。さくらに会いに」
「こんにちは」
「まあまあ、喜ばれますよ。どうぞ」
足が震えてきた。
なかなか前に進まない。
「さくら、お客さんだよ」
高原さんが開けたドアの向こう…
「……」
あたしは、口を開けたまま部屋の中の女の人を見入ってしまった。
確か、17であたしを産んだって聞いた。
じゃあ、今…37。
でも、部屋の中にいる女の人は、どう見ても…あたしとそう変わらないように見える。
「……」
無言で近付く。
そして、恐る恐る手を…
「あ…」
ふいに、さくらさん。
あたしの手を取られた。
「知花は気に入られたな」
高原さんが、笑う。
「気に入った人には、そうするんだ」
あたしは、その細い肩に手をかける。
…母さん…
「ちょっと着替えてくるから」
高原さんが部屋を出られて。
あたしは、さくらさんの手を握りしめる。
「お母さん…知花です」
小さくつぶやくと、さくらさんは少しだけ手をピクンと動かした。
「あなたの娘です」
さらにつぶやくと、視線があたしに向いたような気がした。
「…この歌、わかりますか?」
あたしは、高原さんが歌っていたあの歌を口ずさむ。
「母さん、いつも歌ってくれてたよね…あたしに」
そうつぶやいてると。
「今日の予定は新年会だけだったのか?」
ふいにラフな格好の高原さんが来られて。
あたしは、慌てて顔をあげる。
「は、はい」
高原さんは、あたしの向い側に座られた。
「…優しい顔になってるな、さくら」
高原さんは、さくらさんの頬をそっと触って。
「こういう顔の時は、機嫌がいいんだ」
って言われた。
「わかるんですか?」
「ああ」
高原さんは…
こうやって、ずっとさくらさんを愛してきたんだ…
「高原さん…」
「ん?」
「あたし、時々さくらさんに会いに来ていいですか?」
「そりゃいいけど、どうした?」
高原さんは、ちょっぴり嬉しそう。
「なんだか、いい気分になっちゃって…」
「いい気分?」
「…こうして…触れただけで、何か感じる物があるって言うか…」
「……」
「素敵な方だな…って」
あたしの言葉に、高原さんは小さく笑われて。
さくらさんの頬に…そっと、手の甲で触れた。
「ありがとう。嬉しいよ」
さくらさんは、相変わらずあたしの手を持ったまま。
あたしは、その手を優しく握りしめる。
心をこめて。
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