13

「結婚してることを、公表しなさい」


 おじい様の言葉に、千里と二人…愕然とする。


「…公表って、知花は学生だぜ?」


「わかっておる」


 お招きあずかって訪れた、千里のおじいさまの豪邸。

 出て来る料理に目移りしてると、いきなり言われてしまった。



「最近、偽装結婚というのが流行っていると聞いてな」


「ぶふっ」


 おじいさまの言葉に、千里がワインを吹き出した。


「なんだよ、それで疑ってんのかよ」


「まさか」


「俺は職業柄、知花は学生。それでしばらく公表は控えるっつったんだぜ?」


「学校には言わなくてもいいが…千里、事務所の上司にぐらいは報告するべきじゃないか?」


 見透かされてるようで、つい…うつむきがちになってしまった。

 あたし…何かバレてしまうような事…


「わかった」


 あたしが胸をざわつかせていると、千里が観念したような声で言った。


「明日、高原さんに言うよ」


「い…言うの?」


 あたしが問いかけると。


「ま、いつかは言うつもりだったし。高原さんと朝霧さんとメンバーには言う。あ、おまえもメンバーには言えよ」


「え…?」


「当り前だ。おまえんとこは男もいるんだぜ?言っといた方が間違いがなくていいだろ?」


「……」


 少し…呆然としたかもしれない。

 あたしは、千里を見つめる。


「…なんだよ」


 サラダを食べながら、少し不機嫌そうな声。


「…それって、ヤキモチ?」


 思いきって言ってみると。


「何でヤキモチ」


「だって…」


 言わなきゃよかった。

 なんて思いながら、あたしもサラダに手をのばす。


「思いの他、仲は良いようだな」


 あたしたちを見て、おじいさまが笑う。

 仲良く見えるかな…


「これなら近い将来、曾孫の顔も見れるかもしれないな」


 ひ…曾孫って…


「おいおい…まだあと二年は高校生だぜ?」


「休学して出産する手もある」


「…あのなあ…じいさん、言ったろ?知花は、うちの事務所期待の新人なんだぜ?」


「子供を産んでも、歌は歌えよう」


「……」


 おじいさまの言葉に千里はお手上げ。

 首をすくめて食事を再開させた。


 あたしは…曾孫とか出産っていうワードに…何となく胸の奥を突かれた気がして。

 パチパチと瞬きをしながら…いや、これじゃいけない。と、目の前のチキンに手をつける。


「俺にも」


「あ、はい」


「サンキュ」


 いつものやり取り。

 そんなあたし達を、おじい様はにこやかに眺めてる。


「何だよ、じいさん。んな、ジロジロ見んなよ」


 しびれを切らした千里がそう言うと。


「可愛い娘さんだと思って感心してた所だ。知花さんは本当に、いいお嫁さんだ。」


「あ…ありがとうございます…」


 …何だか照れちゃう。

 ここで食事をするのは、もう何回目だろう。

 もう慣れてるはずだけど…

 子供の話が出て、現実味を帯びた気がする。

 結婚の先には…やっぱり…そうだよね。


 …あたし達、偽装結婚なのに…

 偽装結婚…だけど…この先って、あるのかな…。



「ところで、貴司たかし君に伝えてもらえるかね」


「はい?」


「今度、親戚を集めて顔見せをしようと思ってね」


 目まいがしたような気がした。


「顔…見せ…ですか?」


「結婚式もしておらんしな」


「は…あ」


 千里はすでに諦め顔で、黙々と食べ続けてる。


 …どうなるんだろ…

 メンバーに打ち明けるっていうのも、気が重いな…


 あたしがブルーになってると。


「心配すんな、なんて事ないから」


 千里がいつもの顔で言ってくれて、少しだけ気持ちが軽くなったような気がした。




「こちら、コナンのフルーツケーキでございます」


 おじい様に見つめられながらの食事は、何だか食べたような気がしなかった。

 だけど、最後に出て来たのは…


「わあ…ありがとうございます」


 あたしの大好物!!

 長年おじい様に仕えてらっしゃる執事の篠田さんが、笑顔であたしの前に置いて下さった。


 コナンのフルーツケーキ、生クリームがたくさんで絶品。

 以前もそうだったけど…もしかして篠田さん、また並んで買ってくださったのかしら…


 …それにしても。

 今思うと…おじい様の視線だけじゃない。

 篠田さんも、ずっとあたしと千里を見てらっしゃる…気がする。


 動揺してる事を悟られちゃいけない。

 そう思いながら、ケーキを食べてると…


「…知花、ついてるぜ」


「え?何?」


「生クリーム」


 千里はそう言ったかと思うと…


 ペロリ。


 あたしの唇を舐めた。


「!!!!!!!!」


 キャーーーーーーーーーーーー!!


 なっなっなななな…

 何すんのよーーーーー!!



「これだけの量でも、あめぇな」


 千里はポーカーフェイスで、そんな事をつぶやいてるけど。

 あたしは…


 あたしは…!!


「もうっ!!バカっ!!こんな所で…!!」


 恥ずかし過ぎて、おじい様と篠田さんの前だと言うのに、千里をポカポカと叩いた。


「いってぇな」


「だっだだって!!」


「なんだ。物足りなかったか?」


「ちがーう!!」


 もう…!!

 …もう…


 はっ。


 おじい様と篠田さんの前で、あたし…なんて失態!!


「す…すみません…大声出して…」


 冷や汗をかきながらペコペコと頭を下げると。


「いや、安心した」


 おじい様はそう言って笑顔になられて。


「わたくしも…とても嬉しゅうございます…」


 篠田さんは、なぜか…涙ぐまれたのよ。

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