03

「こんばんは」


 七時ちょうど。

 あたしと聖子以外、まだメンバーは来てないダリア。

 早乙女千寿さおとめせんじゅさんは、定刻にやって来た。


 真っ黒い長い髪の毛を後ろで束ねて、銀縁の丸い眼鏡をふきながら。

 あたしの前に腰を下ろした。


 まさか、来るとは思ってなかったあたしと聖子はー…少し亜然とする。



「あのー…」


 聖子が、問いかけた。


「はい?」


「ここに、来たってことはー…」


 早乙女さんの顔をのぞきこむ。


「…テープ、聴いた」


「……」


「すごいね。なんか……なんて言ったらいいのかな。とにかく、参加させてほしいと思って」


 聖子と顔見合わせる。


「家…大丈夫なんですか?」


 あたしが身を乗り出して問いかけると。


「…勘当されちゃったよ」


「えっ!?」


「隠してやってくってのも何だか荷が重くて。一気に気軽になっちゃったな」


「だ、大丈夫なの?それで…」


「ああ、なんとか一人で暮らしていけるほどの知恵と金はあるみたいだし」


「……」


 ふいに、不安になる。


 陸ちゃんに声を掛けた時同様、あたしは早乙女さんのギターを聴いた時、『この人のギターで歌いたい』と思った。

 だけど…


 この人の人生を、こんな形で変えてしまって…いいのかな。

 声を掛けたのはあたしだけど…そうだけど…


「あの…」


「待って、言いたいことはわかる」


 あたしが不安を口に使用とすると、それを察したのか…早乙女さんは眼鏡を軽く持ち上げてストップをかけた。


「自分でも、これが正しいかどうかなんて分からない。でも、目指す物に向けて動けずにいる自分に苛立ってもいたから、むしろ感謝してる。それに…」


 早乙女さんは、あたしたちを見つめて。


「賭けてみようと思った。きみたちに」


 って、言いきった。

 聖子は、少し黙ったあと。


「きっと後悔なんてしないよ?今までの生活と180度変わっても」


 笑った。


「え…と、桐生院さん…と、そちらは…?」


 早乙女さんが、名前の確認。


「知花って呼んで下さい。こっちは聖子。七生聖子ななおせいこ


 あたしがそう言うと。


「じゃ…遠慮なく」


 優しい、目。


 目指す物があるのに動けずに苛立っていた…って、次期家元だったんだもの。

 それは仕方ないと思うけど、あたしたちに賭けてその道を捨てるなんて。

 …成功したい…ううん、成功させなきゃ。


 あたしが決意を新たにしてると…


「わっりぃ、遅れたな」


 一斉に男性陣がやって来た。

 その顔ぶれを見た途端、早乙女さんが…驚いたような顔で立ち上がった。


「よ、意外な再会だな早乙女」


「え?」


 光史こうしがそう言って、あたしと聖子はみんなを見渡す。


「言ってなかったっけ。中学高校一緒だったんだ」


「聞いてない、聞いてない」


「ギターいじってるのは知ってたけどさ、なんせ次期家元だろ?まさかこういう展開になるとは思ってなかったな。音楽屋に来てたって?全然気が付かなかったぜ?」


 陸ちゃんが手を差し出して、それを早乙女さんが少しためらって…握り返す。


「なあんだ。じゃ、初対面はあたしだけ?」


 聖子が、口唇を尖らせる。


「僕も初めてだよ。こんばんは、島沢真斗しまざわまことです…って、わかんないかな。母さんの旧姓は浅井なんだけど」


 まこちゃんが嬉しそうに言うと。


「えっ、浅井って…もしかして親父の?」


 早乙女さんはすごく驚いた顔。


「そう、妹。僕も伯父さんとは電話でしかしゃべったことないんだけど。あ、母さんが是非遊びに来てくれって」


「喜んで…」


 男性陣と顔を合わせた時早乙女さんの表情が、あまりいいものじゃなかった気がするけど…

 まこちゃんとの握手で、少し和らいだ。

 さすが…癒し効果抜群男子。


「おまえ下手くそだったら遠慮なくいじめてやるからな」


「うわ、陸ちゃん…何それ」


 聖子が目を細めて体を引くと。


「いーや、手加減はしないぜ。プロ目指してるわけだから甘えは禁物」


 って、陸ちゃんは威張ったポーズで言った…けど。


「でも、あたしたちより気合い入ってるよ?家、勘当されちゃったんだって」


「まじかよ…」


 早乙女さんの現状に言葉をつまらせた。


「ああ…まあ…」


「おまえ、家元だろうが」


「ま、その辺は弟もいるし」


「いいのかよ」


「いいんだ」


 …あたしたちには分からないような空間が、早乙女さんと陸ちゃんの間にあって。

 それを、光史が優しい目で見てることに気が付く。


「ま、おまえがいいんなら、いいんだけどさ。俺、怒鳴られそうだなあ」


 陸ちゃんが天を仰ぐ。


「誰に?」


 まこちゃんが問いかけると。


「俺の、双子の姉貴に」


 って、陸ちゃんは口唇を尖らせた。


「……しき、元気?」


「ああ、今武道の師範免許とって俺よかよっぽど強くなってるぜ」


「じゃ、僕なんか…すぐ投げ飛ばされちゃうな」


「当り前だ。ま、今度来いよ」


「……」


「俺の甥っ子も大きくなったぜ」


「……なんて名前?」


うみ


「…海…」


「親父が織につけそこねた名前なんだってさ」


 陸ちゃんは、ケラケラ笑ってるけど、早乙女さんはなんとも言えない表情になってる。

 二人の会話を、なぜか…しんみりと聞いてしまった。

 陸ちゃんと早乙女さんは、なんだか違う世界にいるような感覚さえしてしまった。



「早乙女っつーのも、なんだよなあ…あ、織はセンって呼んでたっけ」


「…ああ」


「じゃ、おまえはセンな。みんなは呼び捨てでいいから」


「…ん」



 陸ちゃんはー…

 あたしが早乙女さんをスカウトしたことを言うと。


「メンバーの名前は、ふせとけよ」


 って、あたしに口止めした。


『断わられるかもしれないのに、教える必要はない』って言われたけど…この様子じゃ早乙女さんは陸ちゃんの双子のお姉さんとも仲良かったみたいだし。

 もしかすると、陸ちゃんがメンバーだって知ったら入らないからとでも思ったのかな。

 だから、女二人男三人って言えって。



「それより何か食わないか?腹減っちまった」


「あ、ピザ頼んでるよ」


 ここダリアは、その昔は喫茶店兼ライヴハウスだったんだけど、ライヴハウスは近所に移転。

 その後、みんなが集うお店になった。

 うちの学校、こういうところへの出入りは禁止だから、見つかったらもちろん即退学なんだけど…もう何度も御用達だったりする。


 ちなみに、光史のお父さま、朝霧真音さんは。

 ここで奥様と出会われたそうだ。



「よし、乾杯だ」


 光史が、ジョッキを手に持つ。

 それぞれの想いを胸に、あたしたちは乾杯した。


「ところで…聞き忘れてたんだけど」


 センが、一口目のビールで苦そうな顔のまま陸ちゃんに問いかける。


「ん?」


「バンドの名前は?」


「あ」


 一斉に、みんなが顔を見合わせる。


「忘れてたよね」


 聖子が呆れたように言うと。


「次のミーティングまでに考えてこようぜ」


 って、陸ちゃんが言った。


「メンバーが決定して、初めての難関だな」


 光史が腕組なんてして言うから笑っちゃう。


「バンド名…なるべく語呂がよくて響きのいいやつな」


 陸ちゃんがそう言ってみんなを見渡したけど。

 すでにみんなはそれぞれ空を見つめながら。

 名前を考え始めてしまってた。

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