49
「…どうしたの?オフなのに…」
プライベートルームに入ると、光史がいた。
「…知花こそ」
「譜面…持って帰ろうと思って…」
「そっか…」
「……」
言葉が…続かない…
「…この前…」
しばらくの沈黙の後、テーブルの上にあるスケジュール表を眺めながら光史が口を開いた。
「え?」
「俺、神さんに…」
「…聞いた」
光史が、うつむいてた顔を上げる。
「千里から…聞いた」
「……」
「…ごめんね、光史」
「…何」
「光史に、千里を忘れさせて欲しかったの…」
「……」
「こんなあたし、光史を責める資格なんてないのに。あの時は気が動転しちゃってて…」
「知花…」
「あたし達…また、元通り…うまくやってけるかな…」
「…知花が望めばな」
「ごめん…結局…光史を傷つけた」
「そんなことないさ。俺こそ」
うつむくと、涙がこぼれてしまった。
光史は、優しくあたしを抱きしめると。
「…親友の、抱擁」
頭をなでてくれた。
どんな形であれ、光史の優しさは心地良かった。
千里とのことを忘れさせてくれるんじゃないかなって、そんな期待を持ってしまうほどの魅力もあった。
「…お願いがあるの」
光史の胸に顔を埋めたまま、つぶやく。
「何」
「髪の毛…切ってくれる?」
「…ああ」
「思いきり、短く…」
「……」
光史は体を離して、あたしの目を見つめると。
「どうして」
少し困った顔をした。
「髪の毛切ったぐらいじゃ変われないって…分かってる」
「……」
「それでも…何か変えたい」
「……」
「新しい自分になりたいの」
「……」
「自分の気持ちを、新しい自分になったつもりで考えたいの」
「…わかった。」
光史は、少しだけ目を伏せて。
「ますます子供に見られるのは覚悟しとけよ?」
あたしの髪の毛をなでた。
「じゃ…こっち座って。」
いつも誰かの髪の毛を整えたりするために持ってる、美容師さんのようなハサミのセット。
光史はそれをロッカーから取り出すと、鏡の前にあたしを座らせた。
「…一応確認するけど、本当にいいんだな?」
あたしの髪の毛を手にして、光史が言った。
「うん」
鏡の中の光史の目を見て、あたしは即答する。
「…よし」
光史は小さく息を吐いた後、ハサミを手にした。
「あたし…終わるまで目閉じてるね」
「…おまえ、信頼してくれるのは嬉しいけど、それ、さりげなくプレッシャーだぜ?」
「ふふっ。よろしく」
そっと…目を閉じる。
そして、髪の毛が切られてる間、色んな事を考えた。
『あたしを歌わせるのは千里だから』
別れる時、そう言ったクセに…
あたしは、千里のために歌った事なんてなかった。
千里に対する想いの中で、一番強かったのは…悔しさだったかもしれない。
『あたしの気持ちに気付いてくれなかった千里』に対しての。
だけどそれは、あたしの心が育ってなかったせい。
…あたしが誰かのために歌うなんて…まだまだ早いのかもしれない。
今は、ただひたむきに…SHE'S-HE'Sの楽曲を、あたしなりの歌い方で世に送り出すだけだ。
「…光史」
「ん?」
「レコーディング、頑張ろうね」
「…おう」
きっと…大丈夫。
あたし達…ちゃんと、仲間に戻れる。
やがて…耳元で聞こえてた、心地いいハサミの音が止まって。
「出来たぞ」
光史の声。
あたしは、そっと目を開ける。
「……」
「俺的には、いい出来栄えだけど…」
「…だけど…?」
「…ふっ」
「なっ何よー!!子供みたいって言うの!?」
光史を見上げて、言うと。
「いや…ははっ…予想はしてたけど……『ボク』だな」
光史はクックッと笑いながら、あたしの頭をクシャクシャっとかき混ぜた。
「ボ…ボク…」
そう言われると…ボリュームのないあたしの身体に、この髪型は…
確かに少年のようかもしれない…
…だけど。
「……」
あたしは真っ直ぐに鏡の中の自分を見つめる。
…こんにちは、知花。
「…ありがと。気に入った」
「…どういしたまして」
「みんなの反応が楽しみ」
「……」
「あっ、もう笑ってるし」
「いや…マジごめん…」
…良かった。
笑える。
明日は…
最高の歌を歌おう。
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