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「…どうしたの?オフなのに…」


 プライベートルームに入ると、光史がいた。


「…知花こそ」


「譜面…持って帰ろうと思って…」


「そっか…」


「……」


 言葉が…続かない…



「…この前…」


 しばらくの沈黙の後、テーブルの上にあるスケジュール表を眺めながら光史が口を開いた。


「え?」


「俺、神さんに…」


「…聞いた」


 光史が、うつむいてた顔を上げる。


「千里から…聞いた」


「……」


「…ごめんね、光史」


「…何」


「光史に、千里を忘れさせて欲しかったの…」


「……」


「こんなあたし、光史を責める資格なんてないのに。あの時は気が動転しちゃってて…」


「知花…」


「あたし達…また、元通り…うまくやってけるかな…」


「…知花が望めばな」


「ごめん…結局…光史を傷つけた」


「そんなことないさ。俺こそ」


 うつむくと、涙がこぼれてしまった。

 光史は、優しくあたしを抱きしめると。


「…親友の、抱擁」


 頭をなでてくれた。



 どんな形であれ、光史の優しさは心地良かった。

 千里とのことを忘れさせてくれるんじゃないかなって、そんな期待を持ってしまうほどの魅力もあった。



「…お願いがあるの」


 光史の胸に顔を埋めたまま、つぶやく。


「何」


「髪の毛…切ってくれる?」


「…ああ」


「思いきり、短く…」


「……」


 光史は体を離して、あたしの目を見つめると。


「どうして」


 少し困った顔をした。


「髪の毛切ったぐらいじゃ変われないって…分かってる」


「……」


「それでも…何か変えたい」


「……」


「新しい自分になりたいの」


「……」


「自分の気持ちを、新しい自分になったつもりで考えたいの」


「…わかった。」


 光史は、少しだけ目を伏せて。


「ますます子供に見られるのは覚悟しとけよ?」


 あたしの髪の毛をなでた。



「じゃ…こっち座って。」


 いつも誰かの髪の毛を整えたりするために持ってる、美容師さんのようなハサミのセット。

 光史はそれをロッカーから取り出すと、鏡の前にあたしを座らせた。


「…一応確認するけど、本当にいいんだな?」


 あたしの髪の毛を手にして、光史が言った。


「うん」


 鏡の中の光史の目を見て、あたしは即答する。


「…よし」


 光史は小さく息を吐いた後、ハサミを手にした。


「あたし…終わるまで目閉じてるね」


「…おまえ、信頼してくれるのは嬉しいけど、それ、さりげなくプレッシャーだぜ?」


「ふふっ。よろしく」


 そっと…目を閉じる。

 そして、髪の毛が切られてる間、色んな事を考えた。



『あたしを歌わせるのは千里だから』


 別れる時、そう言ったクセに…

 あたしは、千里のために歌った事なんてなかった。

 千里に対する想いの中で、一番強かったのは…悔しさだったかもしれない。

『あたしの気持ちに気付いてくれなかった千里』に対しての。


 だけどそれは、あたしの心が育ってなかったせい。



 …あたしが誰かのために歌うなんて…まだまだ早いのかもしれない。

 今は、ただひたむきに…SHE'S-HE'Sの楽曲を、あたしなりの歌い方で世に送り出すだけだ。



「…光史」


「ん?」


「レコーディング、頑張ろうね」


「…おう」



 きっと…大丈夫。

 あたし達…ちゃんと、仲間に戻れる。



 やがて…耳元で聞こえてた、心地いいハサミの音が止まって。


「出来たぞ」


 光史の声。

 あたしは、そっと目を開ける。


「……」


「俺的には、いい出来栄えだけど…」


「…だけど…?」


「…ふっ」


「なっ何よー!!子供みたいって言うの!?」


 光史を見上げて、言うと。


「いや…ははっ…予想はしてたけど……『ボク』だな」


 光史はクックッと笑いながら、あたしの頭をクシャクシャっとかき混ぜた。


「ボ…ボク…」


 そう言われると…ボリュームのないあたしの身体に、この髪型は…

 確かに少年のようかもしれない…

 …だけど。


「……」


 あたしは真っ直ぐに鏡の中の自分を見つめる。


 …こんにちは、知花。



「…ありがと。気に入った」


「…どういしたまして」


「みんなの反応が楽しみ」


「……」


「あっ、もう笑ってるし」


「いや…マジごめん…」



 …良かった。

 笑える。



 明日は…





 最高の歌を歌おう。

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