【番外編】残念美少女な妹とハロウィン
今日は、十月の末日だ。
オヤジとおふくろにとっては同窓会の日らしいが、ケルト人にとっては一年の終わりの日らしい。
何が言いたいかというと、ハロウィンがやってきたってことだ。
だからと言っても、渋谷に出かける予定などない。おまけに暴徒化する気などみじんもない。逆に暴徒化した人間をシチュー引き回しの刑にしてやりたいくらいである。
ちなみに、シチュー引き回しの刑とは、主にク〇アおばさんのおいしさの秘密を知ってしまったものに課せられる、恐怖のドラム缶シチュー責めという身の毛もよだつ刑罰だ。
ハロウィンだからカボチャのシチューなどもいいだろうか。
――まあ、それはともかくとして。
俺には全くと言っていいくらい無縁なイベントではあるが、こういうお祭りが大好きな我が妹は、おそらく何かしら企んでいることだろう。
絡まれてもいいように、何かしら対策をしておかねばならない。
というわけで、俺はお菓子を購入するために、帰路の途中で近くのスーパーへ寄った。
ハロウィン特設コーナーなどに足を踏み入れてみると……あるわあるわ、カボチャ味やカボチャ色のお菓子が。
いつもハロウィンの時に思うのだが、カボチャ味のお菓子ってどのくらい需要があるのだろうか。
俺がカボチャをあまり好きでないせいかもしれないが、こんな味のお菓子をもらうくらいなら普通のお菓子が欲しいと考えてしまう。
「……無難なものにしよう」
独り言で念を押し、俺は普通のチョコレートとうまい棒納豆味を袋買いした。
妹の好みはイヤというほどわかっている。
……うまい棒納豆味を三十本ほどまとめて袋買いした時、スーパーのレジ係に『なんだこいつ』みたいな目で見られたのだけが屈辱である。
あとであのスーパーに苦情メールを入れてやると心に決めた。こんちくしょう、買いたくて買ったわけじゃねえよ。
とりあえず買うものは買った。
やっと帰宅できる状況を整えた俺は、向こう側の予想をしながら自宅の玄関のドアを開ける。
「ただいま」
パーン!
響くクラッカーの破裂音。
「ハッピーハロウィーン! トリートオアトリート?」
「トリックなしかよ!?」
我が家の玄関の先には、ニットのジャックオーランタン帽子──いやこれフェイスマスクだ──を被った妹がスウェット姿のまま待ち構えていた。しかもお菓子を早速要求してきやがった。
整っている顔がパーティーグッズであろうフェイスマスクに隠され、ここにいるのは残念美少女ではなく、もはや残念な人類である。
こんなカッコで外に出たら銀行強盗と間違われることうけあいだ。
仕方ないので。
ハロウィンの仮装をした妹を哀れに思った俺は、うまい棒納豆味の大袋を無造作に開け中から一本だけ取り出し、気持ち悪いフェイスマスクめがけてぺちんと投げつけた。
マスクマンのプロレスラーならさっと避けたのだろうが、残念ながら格闘技の経験など皆無な我が妹は、俺の投げたうまい棒を顔面で受け止めることとなる。
「いた……くはないけど、なんでわざわざ顔面に投げつけるのー!?」
「やかましいわ、お笑い芸人みたいな仮装しやがって。なんだその気持ち悪いフェイスマスクは」
俺は追加でうまい棒をもう二本ほど、ジャックオーランタンの顔面にぶん投げた。今度はさっとよけ、両手でキャッチする妹に向かってため息をつく。
「その仮装、おまえが唯一他人に自慢できる部分が隠れてんじゃねえか」
「実の妹を、顔だけが取り柄のように切り捨てる兄もどうなの?」
「ほかに自慢できる部分なぞ、パッと見でわかるかよ。今のおまえは残念ながら、ただの残念な女子高校生だ」
「えええ……このマスク可愛いじゃない」
なぜか妹は俺の発言を受けて混乱しているようだが、何でもかんでも『カワイイ』で済ませるのが、このくらいの年齢の女子の悪い癖だな。
街頭インタビューしたら、百人中百二十人は間違いなくこのマスクのことを――いや、このマスクをかぶった妹のことを『キモイ』で済ませると思うんだけど、俺が間違っているのだろうか。
仕方ないので、どこかにカワイイ部分がないかを全力で探すことにする。
「じー」
「やだ……愛という感情のこもった熱いまなざしで見つめられてる……」
軽蔑という感情のこもった冷たいまなざしをそう曲解できるとは、フェイスマスクの防御力パネェ。まあいいやほっとこう。
──つい引き込まれそうな瞳、つやつやで控えめな唇。
一分ほど凝視して発見した魅力的な部分は、むしろジャックオーランタンのフェイスマスクに覆われてないところのみだ。
これでどうやってこのマスクをカワイイとほめればいいのだろうか。
「結論。そのフェイスマスク外せ」
「これ外したら、せっかくのハロウィン気分が駄々下がりじゃないのー!」
知るか。
去年など、そんなもんなくてもやたらとハイテンションだったくせに。
「うっせえよ。俺に見られてもう満足しただろ。バカモノ」
「あっ」
ひょい。
俺は妹の一瞬のスキを突いて、フェイスマスクを引っぺがす。
「こういうのは、俺みたいな何のとりえもない顔面を持つ人間がハメるものだ」
そうして俺はそのまま奪ったマスクをかぶった。
……気のせいかもしれないけど、なんだか甘いにおいがする。
「ダメだってー! お兄ちゃんの顔がみられないじゃん! 訴訟!」
騒ぐ妹。俺の気持ちがわかったか、ド阿呆。
だが返す前に俺も言わなければならない。
「トリック、オア、トリート?」
「お兄ちゃんならイタズラでもいいけど……ちなみにトリックの内容はどんなの? ハグとかチューとかもっときわどいものもあり?」
「おまえはハロウィンを家族のトラウマ記念日にするつもりか。トリックの内容は主に物理的なものだ」
「それはお断りしまーす。じゃあ仕方ないから、トリートで。はい、どーぞ」
「……? なんだこれは」
妹から渡されたお菓子は、真っ黒な見たこともない飴のようなものだった。そしてなんか変なにおいがする。
「この日のために、特注で買ってきたアルミサッキだよー。北欧の銘菓を召し上がれ」
「トリートするほうがトリック仕掛けてんじゃねえ!!! あとアルミサッキじゃなくてサルミアッキだ!!!」
ちなみにサルミアッキとは、北欧伝統の名物飴だ。俺も名前しか知らない。
「えー、試しに食べてみたけど、割と特徴あっていけると思うんだけどな」
「……じゃあ口開けろ」
妹の口にサルミアッキを放り込む。
「責任取ってお前が食え」
「むぐっ!」
妹が突然下を向いて口元を手でおさえた。
「おまえが好きそうな味でも俺は受け付けん」
腰に手を当てて、そうドヤる俺なのだが。
当然ながら反撃が来る。イタズラの祭典だもんな。
「……じゃあ、お兄ちゃんがサルミアッキを好きになるようにしてみせる」
「ほう? どうやってそうするのか言ってみろ」
「言葉より経験だよ……あ、百円落ちてる」
「……んあ?」
俺のポケットから落ちたのかも、などと反射的に下を向いてしまった。
「えいっ」
「むぐっ!」
致命的な隙を作ってしまった俺の口に、何かが入ってきた。
「ぶはあっ!!!」
なにこれ。
ミントの中に、塩味に似てるけど微妙に違う塩辛さと甘さと苦さ。
思わず毒かと危険を感じて反射的に吐き出してしまったわ。
「あー! もったいないでしょ!」
「うえぇぇぇ……バカ言うな、これは無理だ。俺には無理だ」
「もー、だからわたしの口に入ったものをあげたのにー」
「……は?」
「妹の唾液付きなら、サルミアッキでも何でもおいしいでしょ? シスコンのお兄ちゃんなら」
バコッ。
俺はかぶったマスクを外し、そのマスクで妹の頭を叩いた。
―・―・―・―・―・―・―
玄関先の戦場から場所をリビングに移して、ハロウィンはまだ続行している。
「ううぅぅぅ……ひどい……かわいい妹に対するこの仕打ちよ……」
「今日だけはその言葉否定してやる。調子に乗るな」
「そんなー、図星突かれたからって照れなくても」
瞬時に、俺は妹に腕ひしぎ逆十字を極めた。
「いたいいたい折れる折れるー!!!」
「俺は心が折れそうだよ」
「どうせなら縦四方固めで抑え込んでよー!」
「はた目から見られたら誤解されそうなイジメ方はしない」
「合意の上なら」
「つまりおまえは俺に固められることに合意したわけだな? なら遠慮はなしだ」
「い゛た゛い゛い゛た゛い゛ギブギブギブ!!!」
俺の脚が二回ポンポン叩かれたので、仕方なしに俺は関節技を解いてやった。
ちょっと最近甘やかしすぎたかもしれない。しつけは必要だな。
「第一、なんでおまえは今日自宅なんだ? 友達に誘われたりしたんだろ」
ふたりで起き上がり、ソファーに座ってから改めて問いかける。
このくらいのアオハル真っ盛りなお年頃なら、友達とかと遊ぶのがふつうだろうに。
だが。
妹はしれっとこう言った。
「え? こういう日っていうのは、大事な家族と一緒に過ごすもんでしょ?」
「……」
あまりにもしれっとそう言われたため、反論できんかった。相変わらずボキャブラリーが少なくて困る。
「だからこそ、羽目を外せて楽しいんじゃない?」
「おまえは年中外してるだろ」
「えー、羽目を外してハメまくり、なんてことお兄ちゃん以外とはしないよ」
「いつハメたバカ者が!!! オヤジやおふくろに聞かれたら誤解されそうな発言してんじゃねえ!!!」
「いいじゃない、兄妹なんだから、一緒にハロウィンを祝うのが当たり前だもんね」
もうなんか呆れた。
が、お構いなしに妹のテンションは高い。
「ということで、さあレッツパーリィ!」
またまたジャックオーランタンのフェイスマスクをかぶった妹が、ソファーの上で立ち上がり『イチバーン!』のポーズ。もうこれレスラーだわ。
「だからそのフェイスマスクはキモいとあれほど」
「今日だけだからいいじゃないのー」
「いや、おまえの場合、素のままが一番のコスプレだぞ」
中身は残念な癖に、外見だけは超絶美少女。これをコスプレと言わず何という。
「???」
妹は俺の言葉の真の意味を理解しないまま、買ってきたうまい棒納豆味を無造作に食い散らかしはじめた。
──妹よ、何がしたい。ハロウィンパーティーとか言っておきながら、単にお菓子を
………………
…………
……
そして。
ついに俺が買ってきた、うまい棒納豆味(大人買い分)が尽きた。妹のサルミアッキもなぜか減っている。
「んー、納豆味とサルミアッキって実は相性抜群じゃないかなー? 交互に食べると進む進む」
「あ、そう」
両方ともアンモニア的な香りがあるから相性抜群なのか、そうなのか。
つーか食いすぎだろうよ。
「はー。うわー、これぞアンモニア的な口臭だー!」
妹が調子に乗って自分の口臭チェックをする
こういうところが残念に他ならない。美少女がアンモニアくさい息だったら、誰の印象も相殺どころかマイナス転落間違いないわ。
許せるとしたら、どうあがいても縁を切れない肉親くらいだろ。
「……おまえな、アンモニアっていうのは気つけに使うくらい強烈な刺激臭なんだぞ。友達の前では気をつけろ」
「家族の前なら?」
「俺に息を吹きかけなければ許す」
「じゃあ、寝てるときにお兄ちゃんに息を吐くイタズラを」
「ちゃんとお菓子あげただろうが!
寝てるときにアンモニア臭をかいで目覚めたら、きっとその日は鬱になることうけあいだわ。
相手にもよるということは否定せんけど。
「ふーん、目覚めるくらい強烈なニオイなんだね。ということは」
「……ということは、なんだ」
「ひょっとして、眠れる森の美女でキスした王子って、実は口臭がアンモニアくさかったとか」
「おまえには夢もロマンもないのか」
斬新すぎる解釈にため息しか出ねえ。目覚めてからトラウマを抱えるだろう、されたほうは。
「でも気つけでしょ? もしわたしが深い眠りから目覚めなかったら、お兄ちゃんは納豆食べてからわたしにキスしてね」
「するかボケ」
「えー……そのくらいいいじゃないの」
「豆腐の角に頭でもぶつけたか。普通は兄妹で目覚めのキスなどしない」
キッパリと言い切る兄の俺、カコイイ。
そういうのは恋人同士がするべきものだ。
俺たちは兄妹、大事な家族。それ以上でもそれ以下でもない。
妹はなにやら不満げな顔をした後、あきらめたように笑い。
「……じゃあさ、キスはあきらめるとしても、せめて譲歩案として」
「なんだ」
俺が訊き返すと、またまた妹がジャックオーランタンのマスクをかぶる。
「トリック、オア、トリート!」
「……もうお菓子ねえよ」
「なら、トリックだね。じゃあ……」
隣に座ってきて、ぴたっと身をくっつけたまま。
「そうなったら、わたしが目覚めるまで、そばにいてほしいかな……なんてね」
そんなおねだりをしてくる妹。これ、トリックになってないと思うけどなあ。
ついでに言うなら、そうなっても他のだれかにキスしてもらえば、万事解決な気もするが。
……うむぅ。
それをされるくらいならば。
「……おまえが寝てるなら、俺も一緒に眠ってやるよ」
こっちの方がはるかにましだ。俺の心情的に。
言い終わってから、横からかぶったマスクをはぎ取ると。
現れた妹の表情はこれ以上ないくらい穏やかで、俺はなぜかほっとする。
「……それで、わたしがずっと目覚めなかったら、どうするの?」
「俺もずっと眠ってんじゃねえか」
「……それ、いいかもね。現実でも、夢の中でも一緒。ずっと寝てそう」
「ずっと寝てるって、それ死んでると同意にも思えるな」
「いいじゃない。二人仲良く天国へ行けるよ」
なんて会話だ。
いやさ、確かに死ぬまでは永遠に仲のいい兄妹だろうけど。
死ぬのも一緒に、なんてところまで仲よくなくてもいいじゃん。
そこまで縛んねえよ、俺。常識的に考えれば多分、俺のほうが先に死ぬだろうし。
──おまけに。
『妹を他のやつへと渡したくない』
そんなわがままな気持ちを持つ兄など、きっと業が深すぎて。
「……俺は天国へ行けそうにないぞ」
心の底からの気持ちを真剣に口にする。情けない。
それでも。
なぜか妹は、『心配ない』とばかりに俺の膝をポンポン叩き、肩へ頭をのせてきた。妹の体温に少しだけ鼓動が早まる。
「大丈夫、お兄ちゃんは絶対天国へ行けるよ。だって……こんなに
「……さあな」
何に対しての『さあな』なんだろう。自分でもわからん。
今の俺は、顔が赤くなっているかもしれない。
でも。
俺は気分が悪くないし、こいつもなんだか幸せそうだし。
なら、どうでもいいか。
そう割り切った俺は考えるのをやめて、兄妹水入らずでのハロウィンの夜を過ごした。
──あったかいな。全部が。
「いつイタズラしても、わたしは許すからね……お兄ちゃん」
残念美少女と呼ばれる妹 冷涼富貴 @reiryoufuuki
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