悪意の過程  〜カラス編弐〜

美佳『すみれっち、無事ROODルードに到着しましたー』


将吾『了解。ボディーガードありがとう』


瑠璃『お兄様は、いまどちらに?』


将吾『さすがに制服ではまずいだろうから、一張羅に着替えるため自宅』


真希『わたしたちも、着替えてきます』


将吾『OK。準備ができたら、みんな宮下町みやしたちょうのヘブンイレブンに集合しよう』


美佳『了解でーす。あれ?』


将吾『どうかした?』


真希『ROODに、うちの男子生徒が入っていきました。ひとりで』


瑠璃『あの方は……生徒会副会長の、西野様にしのさまですわね』


将吾『生徒会?』


真希『お兄さん、どうかしましたか?』


将吾『いや、なんでもない。じゃあまたあとで』


美佳『りょうかーい。あ、兄貴に連絡しておきましたー』


将吾『こちらも了解。あとは瑠璃さんのほうは?』


瑠璃『こちらも連絡完了ですわ。わたくしも準備いたします』


将吾『ありがとう。あとは無事に餌が食いついてくれるかだな。じゃあまたあとで』


 とりあえず、グループチャットから一旦落ちる。

 最近勉強ばかりで、こういうイケナイ刺激が少なかったから、少しワクワクしている自分がいる。内容を考えれば不謹慎極まりないんだけどな。……受験のことは少し忘れよう。


 ――さて、一張羅というのかどうかはわからないが、親父の形見のスーツを着てみた。ついでに素顔バレしないよう、サングラスも装着。……見づらい。

 ここまできたらとことんだ、髪の毛もセットしていこうか。

 仕上げにトレンチコートを重ねて……よし、準備完了。着慣れない格好で、少し時間がかかりすぎた。


 さて、集合場所へ行こう。


―・―・―・―・―・―・―


「「「………………」」」


 集合場所のヘブンイレブン。一番最後に到着した俺を見て、三人が石化した。


「……誰?」

「まさか……」

「お兄様、ですか?」

「……なんか、ヘンかな?」


 サングラスを外して素顔を晒す。石化した三人が全員、ほぼ同時に目を大きく見開く様が滑稽ですらある。


「これは……予想外だよー」

「さすがすみれちゃんのお兄さん……」

「ブラコンになるのも納得ですわ」

「…………」


 指さされてプギャーされてはいないのだが、ほめられてるのか、それともけなされてるのか、まったくわからない。

 ……まあ、身バレすることはなさそうだな、このリアクションなら。


「……えい」


 パシャ。


「ん?」

「これは、あとですみれちゃんに送らないと、何を言われるかわからない……」


 真希さんが顔面蒼白になりながら、スマホで撮影したらしい。手がブルブル震えているので、画像がブレブレじゃないのかな。――――いやちょっと待て、またブラックヒストリーが増えてしまうではないか!


「……あのー、撮影はご遠慮願いたいのですが……」


 俺の言葉は無視された。真希さんが撮った画像を、両脇から美佳さんと瑠璃さんも覗き込む。

 真希さんはジーンズに茶のダッフルコート、美佳さんはワークパンツに黒のダウンジャケット、瑠璃さんは白のコートとロングのフレアースカート。

 みんなちょっとラフに着替えてきたようだが、一緒にいると俺が浮きまくりだ。


「……マキちゃん、これあとであたしにも送ってね」

「わ、わたくしにもぜひ」

「だからねー……おーい?」


 三人とも、俺の言うことなんざ聞きゃしねえ。もう少しであたりも暗くなると言うのに、いつまでも油売っていられない。


「目的、忘れてないよね? みんな」


 その言葉で、やっと三人が真面目な雰囲気に戻った。ほっとした。


「……いけないいけない」

「目的忘れかけてた……」

「わたくしとしたことが……」


「まったく。気が緩んでいたら危険かもしれないんだから、ちょっと引き締めていこう」


「らじゃ」

「わかりました」

「了解ですわ」


 よし。さて、少なくともこの三人を危険な目に遭わせるのは避けたいからな。俺も気合いを入れないと。


「ああ、お兄様、約束のものです。お渡しするのを忘れてましたわ」


 瑠璃さんが俺に鉄の棒を渡してくれた。この手前のボタンを押すと……シャキーン、と棒が伸びた。おお、これはいい。


「ありがとう。百人力だ、これ」

「使い方次第では命をも奪いかねない代物ですから、くれぐれも取り扱いに注意なさってくださいませ」

「ん」


 あとはあの連絡をした相手と会ってからだ。果たしてどういう展開になるか……


「じゃ、待ち合わせ場所に行こうか」

「待ち合わせ場所は、どこにしたんですかー?」

「ああ、ホテル『エンペラー』の入り口近辺だよ」

「あのあたり、浄水場の近くで閑静ですよね」

「うん。おまけに、地理も道路事情もバッチリ把握してるからやりやすい」

「わたくしのほうでも、所定の位置に人員配置完了しましたわ」

「瑠璃さんサンキュー。では、みんな離れていてね。あ、真希さんは見つからないように」

「「「ラジャー」」」


 本当、みんな悪い笑顔だ。このノリ、嫌いじゃねえぞ。


 今現在、予定時間の午後四時半を少し過ぎている。『エンペラー』の入り口近辺を見渡していると……入り口のあたりに女の子がひとり立っていた。

 わかりやすいよう、わざと人通りが少ない『エンペラー』を指定したので、たぶんあれが関係者だろう。


「……さて、行くか」


 あらかじめ伝えた服装、チャコールグレーのスーツにエンジ色のネクタイ。わざとコートの前をはだけキョロキョロして、ゆっくりと入り口前を通り過ぎるふりをする。


 それに合わせて、入り口近辺に立っていた女の子が、ゆっくりと動いた。


「あの、もしかして『ジョー』さん、ですか?」


 出会い系サイトに登録した際に使ったハンドルネームで呼びかける女の子。ビンゴだ。しかし、よく見るとこの女の子、幼い。まだ中学生くらいじゃなかろうか。


「……そうだ」

「よかった、遅かったからすっぽかされたかと思っちゃいました」

「そんなことはしない。ところで……写真の子とは違うようだが?」

「あの子は、入り口の奥で待っています。さあ、早く行きましょう」


 会話が終わり、女の子は強引に腕を組んできた。そうしてホテル入り口に引っ張りこまれ、門をくぐり自動ドアが開こうとしたとき。


 カシャッ。


 女の子と腕を組んで、ホテル入り口に立っているところを撮影された。――――はい、予想通り。いやー、古典的な美人局つつもたせだこと。

 さて、ちょっとの時間ばかり、俺の演技タイムだ。


「な、なにをするんだ」


 うわひっでえ棒読み。超絶すら足元にも及ばない大根役者のセリフ読みだが、まあ相手が気にしてないなら無問題。


「おっさんよう、こんな中学生と一緒にホテルに入ろうとしてるなんざ、犯罪だろ? ん?」


 リーダー格らしき男が、撮影に使ったスマホをこちらに見せながらそう言って近づいてきた。同時に二人、柄の悪そうな男たちも出てきた。……全部で三人。女の子を含めると、四人か。そして女の子はやはり中学生、と。


「あーあー、スケベ心を出したオヤジは災難に遭いましたねえ」

「この写真、ネットにアップされたくなかったら、有り金と名刺置いてここから去りな」


 ――――こう言って複数人の半グレに絡まれるのも久しぶりだな。しかし……リーダーの男、どこかで見た気がする。


 ……………………


 ――――あ。ひょっとして、中学が一緒だった、小谷卓巳こたにたくみじゃねえか。

 確か、高校の時に、近所の医大の薬品室にヤク漁り目的で忍び込み、大々的な火事を引き起こしてドロップアウトしたと聞いたが……まだこんなことやってるのか。懲りないヤツだ。


 知ったヤツが出てきて、一気に緊張感がなくなった。ああもう面倒くせえ、ここで一気にカタをつけたい……けど、逃げられたら面倒だ。予定どおり行くしかない。


「パターンA。ひ、ひいー」


 暗号ののちに大根演技を繰り返し、ホテル入り口からヨタヨタと逃げる。むろんあまり早くないスピードで。


「あっ、おい!」

「待ちやがれ!」


 よし、追いかけてきた。ホテル脇の細道に逃げ込むが、ここは行き止まりな細い道である。あたりは民家すらない。


卓巳たくみ、逃げたよ?」

「安心しろ、アイツはバカだ。あの道は行き止まりだから」


 女の子と小谷がそう会話するのをおぼろげながら聞いた。よし、ヤツらに一撃入れて怒らせなくても大丈夫だな。


「ひ、ひいー」


 棒読みみたび。俺は行き止まり奥までたどり着き、追いかけてきた奴らを振り返って、絶望感に覆われた――


 ――――顔の演技をした。


「おう、行き止まりだぜオッサン。とっととあきらめて有り金……って、おい、何で笑ってんだよ」


 すでに日が暮れていて、暗闇を照らすのは古い街灯一本きり。それでも小谷にわかってしまうくらい、俺は悪いニヤケ顔をしていたようである。


「何で笑ってるか、だと? ……教えてやる、それはおまえらがあまりに――――」


 俺はそのセリフを言いながら、先ほど瑠璃さんから借りた警棒の手前のスイッチを押し、


「――――バカだからだよ!!」


 一番前にいた男に、伸ばしたそれを振り下ろした。バキッ、という鈍い音とともに、アゴの先端にクリーンヒット。


「ぐわっ!」


 男1が倒れたところ、さらに逆のアゴをつま先で蹴り返す。


「ぐえっ!」

「て、めえ、何しやがる!」


 もうひとりの男が突進してきた目の前に、力いっぱい警棒を振り下ろす。


「うわっ!」


 そう言って止まった男2に向かって一歩進みながら、振り下ろした警棒を上げると、みごとにそいつの股間を直撃した。


「!!??@※☆」


 言葉にならない奇声を発し、男2も悶絶して倒れた。


「こ、この野郎!」


 小谷は怒りに震えながら力いっぱいそう凄んできた。すまん、全然怖くない。


「この野郎じゃねえよ、小谷。久しぶりだな、三年ぶりくらいか?」


 俺はそう言ってサングラスを投げ捨てる。あまり光をカットしないタイプを選んだのだが、外すとやたら見やすい。うん、サングラスはもうやめよう。


「! …………誰だ、おまえは!?」

「ずいぶんなご挨拶だな。中三の夏に、おまえにムカつくプレゼントをもらった者だよ」

「…………! ……ひ、ひっ……」


 どうやら小谷も俺に気づいたらしい。顔に怯えが現れ、数歩後ずさった。


 ガチャン。

 後ずさった小谷に、自転車がぶつかる。


「!? な、なんだこれは!? 誰だこんなところに自転車を二台並べたヤツは!?」


 よし、美佳さんナイスアシスト。打ち合わせ通り、逃げ道を自転車二台でふさいでくれたようだ。

 さて、あとは小谷がナイフを出さなければいいんだが……


「…………っっざけんなよ倉橋!」


 シャキーン、という聞こえない音とともに、暗闇を照らす街灯の明かりを反射する金属。


 …………ですよねー。

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