番外編
【番外編】残念美少女な妹とクリスマス
「じんぐるべー、じんぐるべー、じんぐるおーざうぇー♪」
キンキラのネオンがまぶしい夕暮れの大通りを、脳天気に歌う妹とともに、俺はひたすら歩いていた。予約したケーキを取りに行くためだ。
別にケーキを取りに行くくらい、俺一人で大丈夫なんだが、『わたしも行くよ!』と悪い笑顔とともに、妹がついてきた。なんでそんなにケーキを取りに行きたいのやら。……絶対に何か企んでるな。
妹のやつは、クリスマスを意識したのか、赤いコートを着ている。ボンボンもついていて可愛いのだが、なんとなく目に優しくない。そして目立つ。
おまけに飛び跳ねるように歩くもんだから、長い黒髪までもが一緒に踊っているようだ。
まだ暗くならないのに、既に吐く息は白い。雪も降らないのにこの寒さはご遠慮願いたいものだが、冬だから仕方ないか。
「ごきげんだな、お前は。こんなクソ寒いのに」
集まる視線を皮肉るように、妹に話しかけてみる。注目されるのは、コートの赤だけが理由ではないのは明らかだからな。
「えー、クリスマスにごきげんにならない人っているの?」
「……いると思うぞ。少数派かもしれないけど、な」
リア充爆発しろ、的な方々だけではないはず。イブに残業する人とか、受験を控えている受験生とか。
「まあまあ、兄貴みたいな受験生には、最後のお祭りみたいなものだし」
「あと二週間でセンター試験だと考えると、お祭りどころじゃねえよ。憂鬱でしかない」
「今さらあわてても仕方ないでしょ。楽しむときは楽しむ、浮かれるときは浮かれる、だよ」
「年中浮かれているおまえはどうなんだ」
「幸せな証拠じゃない?」
幸せというか何かが残念というか。――まあ、クリスマスにそんなこと言うのも野暮か。
兄が言うのもなんだが、美少女が浮かれて歩けばそりゃみんな見るわな。まわりの視線は気にしないようにしよう。
そんな会話をしながら歩いているうちに、ケーキ屋に着いた。当たり前のように賑わっている。
幸せそうな空気が店内に広がっていて、二週間後の憂鬱が頭の中の大半を占める俺がここにいるのは、非常に場違いなように思えて仕方がない。
「すみません、生チョコケーキ6号予約していた倉橋ですけど」
店員さんに予約票を渡すと、奥から予約したケーキをすぐに出してくれた。6号結構デカい。
「……これ、全部食えるのか?」
「4人で食べれば、結構楽勝じゃないの?」
「実質2人だろ、俺とおまえと。オヤジが食うところは想像できないし、おふくろはなんだかんだ理由を付けて、あまり食べないだろうしな」
「余ったら、1日三食ケーキでいっちゃえ」
「……それはおまえだけがやれ」
「受験生は頭を使うんだから、糖分は重要なんだよ? ラストスパートかけるためにも」
「おまえは俺という競走馬に鞭打つ騎手か」
餌がケーキ。レース名は大学受験記念。2500メートルの長丁場。最後に急坂を登りきってゴールし、栄冠をつかむ。騎手は妹。馬主は両親。調教師は担任。……自分が競走馬にしか思えなくなった。
「あ、そういえば、お父さんから連絡入って、『有馬記念当てたから母さんと遊んでくる!』だってさ」
「マジかよ……あのお気楽極楽夫婦めが」
とはいえ、大学合格したら、一人暮らしや何やらで迷惑かけるのだ。その程度は大目に見るべきか。
「まあ、仕方ないか。たまにはオヤジおふくろもガス抜きしたいだろうしな。さて、ケーキも買ったし、帰るか」
「うん。……あ、ねーねー兄貴。あの帽子なんとなくそそられない?」
ケーキ屋の片隅に置いてある、子供向けのお菓子がたくさん入ったニットのサンタ帽子を、妹がビシッと指さす。
靴下じゃなく帽子なのか。しかも紙製じゃなくニット。変なところに凝るもんだ。パーティーグッズも兼ねてるのかな。
……うわー、うまい棒なんて高校入学してから食べてないわ、懐かしい。
「……こりゃまたおまえが好きそうなお菓子が入ってるな」
「そそられるよね? あ、うまい棒なっとう味まで入ってるよ! これは買いだね!」
言うより早く、妹がお菓子入り帽子を素早く取って、レジまで進んだ。
……うまい棒なっとう味は単なる売れ残り処分で入れたんじゃなかろうか。
「ありがとうございましたー」
店員の声とともに、妹がお菓子入り帽子を抱えて戻ってきた。満面の笑みだ。まったく。
「無駄遣いしちゃった。でも後悔はない!」
「……欲しかったならいいんじゃね?」
「うん。……で、帽子の中身を出して、っと」
妹は中にあるお菓子をビニール袋に移して、空になった帽子を自分の頭の上に乗せた。
「お、ぴったりフィット。さあこれでさらにクリスマス気分盛り上がり!」
「……おう」
かぶるために買ったわけではないのだろうが……ま、こいつらしいか。似合ってないことはない。
「じゃ、今度こそ帰ろう」
ケーキ屋を出た時には、既にあたりは暗くなっていた。さすが一年で一番、日が短い季節だ。
暗くなったせいで、外の電飾がやたらときれいに見える。クリスマスならではの魔法、気分は悪くない。
「わー、もう真っ暗だね。目がチカチカしてなんか興奮する」
妹も同じように感じるらしい。赤、白、緑。クリスマスカラーに彩られた景色は少し幻想的で、ちょっとだけ儚い。
「おまえ、はしゃぎすぎだろ」
このままだと子供より騒ぎ出しそうな妹を、軽くたしなめるふりをする。
「そりゃ、兄貴とのラスト・クリスマスだもん、はしゃぎたくもなるよ」
「……ラスト?」
「そ。同じ高校生として、兄貴とのラスト・クリスマス」
「ラストの意味が微妙に違うが……しかし、ジョージ・マイケルは残念だったな。まだまだ若かったのに」
「縁起でもないこと言っちゃだめー!」
吐く息も白いどころか、鼻すら凍りそうな気温だが、街行く人々は、なぜか幸せそうにしか見えない。
クリスマスバイアスがかかって見えているのかね。俺も知らず知らずにテンションが上がっているようだ。
「あっ……ね、兄貴。あそこに行ってみない?」
そんなまわりの雰囲気ににとけ込んでいる妹が、やたら強い光に包まれた場所を指さして、俺を誘ってきた。
「あれは……クリスマスイルミネーションのド派手なやつか」
「大通り名物だよー。せっかくだし、近くで見たいな」
「そうだな。行ってみるか」
近くに寄ってみると、思いのほか迫力のある光景だった。
大通り名物だけあって、さすがに豪華なイルミネーションだ。サンタ、トナカイ、そり、モミの木。
よくもまあ、こんな夢の国みたいな感じが出せるもんだ。これならSNSにアップしたくなる気持ちも分かる。
「ここにいる人、みんな幸せそう……」
「クリスマスイブだしな。待ち合わせしてる人も多いんじゃないか。恋人を待つ時間も幸せ、ってな」
「恋人来ないね〜♪」
「……それは、残念な人だ」
俺と妹は、そんなバカな会話をしてから、巨大なクリスマスイルミネーションを見上げた。雰囲気も何もない会話が瞬時にとぎれた。
「……………………」
「……………………」
叫びたくても叫べない、そんな心境だ。ボキャブラリーが貧弱だと、こういう時に不便だな。
たぶん、隣にいる妹も同じだろう。ぼけーっとしている横顔を見ると、なんとなくわかる。
「……言葉も出ないくらいだね」
「ああ。夜の空気が、そう見せてるのかな」
「誰と見ているかも重要じゃないかな」
妹が右腕をギュッと握ってきた。俺は慌てて、右手に持っていたケーキを左手に持ち替えた。落としたらえらいことだ。
「……………………」
「……………………」
無言ふたたび。吐く息とハレーションを起こしそうな聖夜のイルミネーションは、撮影するのも野暮に思えてきた。この一瞬は、心に焼き付けておきたい。
「…………なんか、このイルミネーションのサンタさん、どんな願いも叶えてくれそうだね」
「……プレゼントの希望か?」
「んーん。未来が幸せならいいな、って」
切なそうにそう漏らした妹は、俺の右腕を掴む力をさらに強くしてから、何かを願うように目を閉じてうつむいた。
「……どんな未来が希望なんだ?」
真剣に願っていた妹が、顔を上げて俺の方を見たときにそう聞いてみると。
「それは、兄貴の未来しだいかな」
「……俺の?」
「そう。わたしの願いは、兄貴の未来で叶えてほしいから」
「………………」
「……だから、兄貴の未来に期待してる……よ」
言い終えてから、瞳を潤ませた妹が上目遣いで俺を見つめてきた。静寂。
――――こいつは。俺の大学合格を願ってくれたのか。まったく、可愛いやつめ。
「……任せろ」
「ほんと? ……ほんとに、期待していい?」
イルミネーションもかすむほどの笑顔を見せる妹。これには兄も感動。大事なことなのでもう一度、可愛いやつめ。
「ああ。大学受験なんざ、気合い一発でクリアしてやるさ。おまえが心配することはなにもない」
――――妹の笑顔が、いきなり停電した。
あれ? 俺、なんか選択肢ミスった?
「……もう。このあんぽんたん」
妹が、かぶっていた帽子を自分の目線までずり下げて暴言を吐く。
「は?」
「この流れでそうなる? あん・ぽん・たん」
「誰がだ?」
「聞こえなかった? あ・ん・ぽ・ん・た・ん!」
「だから誰がだ」
「…………はあぁぁぁ」
妹のため息まで凍ってるぞ。冬はこわい。
「……もう。兄貴みたいなあんぽんたんは、雪に埋もれちゃえ。サンタさーん、雪降らせてくださーい!」
「ねえ、なんであんぽんたん扱いなんですか? ……妹さーん?」
すねてそっぽ向いてる妹のご機嫌取りをする兄。滑稽だな。泣く子と妹には勝てない。
「つーん。知らないもん。……あ」
「……あ」
妹の気持ちがサンタに通じたのだろうか、白いものが空から舞い落ちてきた。同時に気づいて、二人で思わず空を見上げる。
「本当に降って来やがった……寒いわけだ」
「わー、ホワイトクリスマスだ! 十六年近く生きてきて、初体験かも?」
「……俺も初めてだな」
「これはやっぱり、サンタが兄貴を雪の中に埋めようとして」
「……おまえが願ったからだろ、それは」
「あー、そっか……でも、まあいいよ。初体験できたし」
わが妹の可愛いおねだりに、サンタさんも我慢ならなかったらしい。思わぬプレゼントだな。
「兄貴と一緒に初体験、嬉しいなー」
「……まわりに聞かれて誤解受けそうな発言を大声でするのはやめろ」
「いいんだよ。性なる夜だし」
「間違ってはないがたぶん間違いな気がするぞ。せいや違いだ」
「小宇宙を感じれる人たち?」
「……もう勝手にしろ」
イルミネーションに散らばる白い雪と、気温の寒さとネタの寒さも合わさって、いろいろな意味で震えがくる。
「……寒いから、そろそろ帰るか」
「……ん、そうだね。夢見心地なうちに」
スノーフレークの街に輝くイルミネーションの余韻。
妹はまだ、心ここにあらず、という感じだ。が、鼻の頭が赤くなってきてるし、あまりいても風邪引くかもしれない。そろそろ帰るが吉か。
「……凍えるな」
「ん。ちょっと寄り道しすぎたねー」
家へ向かって歩いているうちに、雪は徐々に大粒になってきている。これは積もりそうだ。
「指先の感覚がない」
「大事な時期に、風邪引かないようにね。……つきあわせちゃって、ごめんなさい」
突如、妹がしおらしくなった。つきあわせたことを後悔しているかのように。
「ばかやろう。俺がいやいやつきあったとでも思うか。この程度で風邪なんか引かねえよ」
「……ならいいんだ。えへ」
「とはいえ、指先が死にそうだ。カイロかなんか持ってないか?」
「残念ながらないよ。……じゃあ、代わりに妹カイロ、する?」
「……なんだそれは」
「こんなのー」
妹は、俺の手を取って、自分の赤いコートの襟の隙間から、それを中に突っ込ませた。――ヘンな場所が手に当たった気がする。
「どう、暖かいでしょ?」
「……お、おう」
違う意味でホットすぎて、思わず戸惑いながらの同意を返してしまった。だが、これで終わりではないようだ。
「そしてさらに、えいっ」
腕に抱きついてくる妹。密着感がまたこの……うーむ。いかんいかん俺は兄こいつの兄。心頭滅却。
「はい、可愛い可愛い妹カイロ完成でーす♪」
「……おまえは寒くないのか」
「あったかいよー、心が」
わけのわからん理屈で返された。心が暖かいなら物理的な寒さも大丈夫なのか。
――――ま、いっか。俺は考えるのをやめた。
「………………」
「………………」
気まずいわけではないが、なぜかお互いに無言で歩く。大通りを抜けて、歩く人もまわりからいなくなったその時。
「……雪に埋まりそうだよ、兄貴」
「ん?」
妹がそう言ってきて、俺の頭の上に積もった雪を手で払いにきた。
「結構降ってきたよね。兄貴が雪に埋まっちゃうと困るから、帽子貸してあげるよ」
「……さっき埋まっちゃえって言ってたのはどこのどいつだ」
「埋まっちゃえじゃなくて、埋もれちゃえね。いいからほらかがんで」
腕を引っ張り、かがむことを要求してくる妹。別に帽子はかぶらなくてもいいのだが、まあ素直に応じたほうがよさそうだ。
「はいはい、わかりましたよ」
「ん、素直でよろしい。じゃ、帽子どうぞ……はいっ」
スポッ。
妹がかぶせてきた赤いニットのサンタ帽は、勢い余って俺の両目を覆ってきた。片手にケーキ、反対側の腕は妹にホールドされて、自分で帽子を上げられない。
「おい、見えないぞ」
ちゅっ。
「…………ん?」
何かが俺の頬に触れてきた。
「……はい、妹サンタからのプレゼント。大学合格できる特典つきだよ」
プレゼントの解説後に帽子を上げてくれた妹の顔は赤かった。鼻の頭も、頬も。
「……このやろう」
「えへへ。計画通りだよー」
思わぬプレゼントにちょっとドキドキしたのは秘密にしとくとして。
なんだろうな、この気持ち。こんな気持ちを、世の中のリア充は味わっているのだろうか。……うん、爆発霧散していいな。
でも、まあ、今日だけは。
「はいはい、負けました。これは、おまえの願いも叶えられるよう努力しないとならないな」
「…………えっ?」
「おまえの願いを、俺の未来で叶えられるように、……だろ?」
「…………うん! ……待ってる、からね?」
イルミネーションもかすむ笑顔ふたたび。寒さなど考える余裕もなくなったな。本当に気の持ちようか。いまなら焼死も苦しくないかもしれない。
まあ、この笑顔が見れるなら。こいつの願いを、叶えたくなるだろ。兄として。
――――いや、兄としてだけじゃなく、な。
「メリークリスマスだよ……お兄ちゃん」
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