妹は知らない女の子
今日から、衣替え。いい天気だ。
俺は朝起きて、いつも通りの作業をこなし、夏服に着替えた。
夏服は何となく目にまぶしく見える。昨日より気分が高揚しているのは確かだ。
――少しだけ心に引っかかることがあったとしても、だ。
俺の少しあとに、妹が部屋から出てきた。珍しく今日は俺の方が早い。女子にはいろいろ大変なことがあるのか。
「……あ、おはよ、兄貴」
「おう」
昨日の夜の感じとは違って、妹はいつも通りに見える。ただし、スカートが短くなってることを除いては。
「……おまえ、スカート短くなってないか?」
「よく見てるね兄貴のスケベ。夏服バージョンで短くしてみたよ」
夏はやはり開放的な気分になる季節なのか。服装の乱れは心の乱れ、心の乱れは性の乱れ。いかん。
「いやスケベじゃなくてもわかるだろうに。……短すぎないか?」
「そう? せっかく夏だし、このくらいは乙女のタシナミでしょ」
そう言って、妹はこちらに尻を突き出しながら、左右にフリフリした。見えたような見えないようなやっぱり見えたぞこの野郎。
短いスカートは戦車道と一緒か、乙女のタシナミは奥が深いな……
……じゃない。さすがに妹がエロテロリストになる道は避けねば、本当にゴーカンマホイホイになってしまう。
「……なにも男どもに無料サービスする必要はないだろう。兄命令だ、長くしろ」
「大丈夫、我が家限定だから」
「わふ?」
わけがわからず、素っ頓狂な声を上げてしまった俺を尻目に、妹は器用にウエストでくるくる巻いていたスカートを元に戻した。
「はい、兄ミッションコンプリート」
「……なにをやってるんだおまえは」
「いやね、せっかくの夏服だし兄貴に目の保養を、と思って。……で、今日のわたしのぱんつは、何色だかわかる?」
「……見えてねえよ」
腰を屈めて俺に向かい、小悪魔チックに微笑んでくる妹。ごまかすので精一杯で、冷や汗出そうだよ。
「あー、後ろからじゃご不満? じゃあ正面からスカートたくし上げて」
「おまえは兄をどうしたいんだよバカ野郎!」
夏という季節は、妹を小悪魔にしてしまいました。爆発霧散しろ。
―・―・―・―・―・―・―
そんなこんなで、通学途中。
「こんな美少女のあられもない姿を見てコーフンしない兄貴って、ひょっとして」
「まわりに聞かれたら、誤解どころか百階まで行きそうな発言はやめろ」
俺はEDでも同性愛者でもない、念のため。
「えー? 『……わたしの夏服姿を見て、こんなにコーフンしてくれたんだ……』ってのがやりたかったのに」
「……どこからその発想を得たんだ」
「兄貴の部屋のPCの後ろに隠してある薄い本」
「お・ま・え・は、人の部屋勝手に漁ってんじゃねえぞ!!」
妹に性癖まで握られました。もうこれ勝てない。
「あははのは。まあそれはおいといて、夏服ってなんか男子の目が気になるね」
鼻にティッシュ詰めたまま帰宅できる奴が何をぬかす、と思ったのは心に秘めよう。
「おまえがそんなこと言うとは驚きだが……そうだな。男子にとっちゃ、着てる服が薄くなるだけで見る目が変わるな」
「……兄貴も?」
「すまんが今朝ほどのインパクトはまずない」
また小悪魔の顔。おまえ、次からは人魚姫じゃなく魔女役やれよ。
「むふふー。もうちょっとかな」
「……ん? なんか言ったか?」
「んん、こっちの話」
兄妹並んで、てくてくと歩く道。夏服の群れは光が反射して、思わず手をかざしたくなる。
「でも、夏服ってワクワクしていいよね。季節を実感できて」
「そうだな。俺も同じだ」
「……兄貴と一緒にこのワクワクを感じられるなら、ブラ透けくらいサービスしてもいいかな」
「おまえ、豪気だな」
「我は拳を極めし者……」
「その豪鬼じゃねえ。お前はここでバトルするつもりか」
「瞬獄殺!」
……俺が殺意の波動に目覚めそうだよ。
―・―・―・―・―・―・―
教室に着いても、夏服のまぶしさは全体に広がっていた。あらためて夏を実感する。
そう、まぶしくて、ただまぶしくて。昨日の夜に感じた翳りは、そのまぶしさに吸い込まれてしまったようで。
俺は、考えるのをやめた。
―・―・―・―・―・―・―
考えるのをやめたら、あっという間に放課後。これがサマータイムってやつか。夏は何かが違う。
だが日常は変わらない。自宅に帰る以外選択肢がない俺は、早足で教室を出て、昇降口へ向かう廊下の先に目を向けると――――なぜかジャージ姿の妹がいた。……この格好で帰るのか?
「……兄貴。夏の始まりくらい、一緒に帰ろ? 腕を組みながらなんて、どうかな?」
「はっはっは、だが断る」
「えー? こんな美少女が腕を組んでくれるサービスだよ?」
「ジャージ姿でサービスとは恐れ入るわ」
「じゃあ、当ててんのよ! サービスもつけるから、ね?」
「……そのサービスをすべて無しにするなら、一緒に帰ってもいい」
「ん。わかった。しょーがないなあ」
サービス無しが一番のサービスだ。なんか、今のこいつ変だぞ、まだ小悪魔モードなのか。ジャージ姿で誘惑すんな。
―・―・―・―・―・―・―
――だが、帰り道の妹は、小悪魔ではなく借りてきた猫だった。やっと口を開いたのは、遠くにわが家が見えてから。
「……今日、告られた。昼休みに」
「……は?」
そういや、最近その手の話を聞いてなかった。様子がおかしかったのはそのせいか?
「……どうせ断ったんだろ? なんだ、いつもと反応違うな。まさかOK……」
「するわけないじゃん!」
即否定きたこれ。
「もちろん断ったんだけど……なんか、視線が怖くなっちゃって」
「…………?」
「……なんて言えばいいんだろ。わたしが何とも思ってない人に、好きだ! っていう目で見られることが……」
「…………」
「わたしが好きな人を見る目と同じように、他人がわたしを見ていることが……ちょっと落ち着かなくて、怖くなって」
男に告られた後に、こんなこと言うのは初めてだな。どうしたんだ。……あと、好きな人って誰だ。おい。
「……それで、兄貴と帰りたかったんだ」
「……そうか」
……わかったようなわからんような。うーむ、このままでは妹マイスターの称号を返上しなければならなくなる。
「なんだろうね。兄貴なら、むしろ見られてないと不安なのに」
「そりゃ、家族だからな」
「……………………そだね」
妹が軽くうつむいた。
「今朝の兄貴の視線は、むしろ快感だったのに」
「おいこら」
妹がヘンな性癖に目覚めないか心配だよ、兄は。うつむいたまま笑ってるよなこいつ、おそらくは。
「…………」
「…………」
「……兄貴の視線を感じると落ち着くんだよね。ずっと見ていてほしいくらい」
「……見てるさ、ずっと。兄妹だからな、俺たちは、一生」
「……ほんと? ……約束だよ、ずっとだよ」
妹がその瞬間顔を上げて、懇願するかのように潤んだ瞳で俺を見つめてきた。
同時に、俺が感じる違和感。まただ、昨日と同じ。
言葉の代わりに俺が頷くと、妹は小走りで我が家の玄関に向かっていった。
そして、玄関のドアを開ける前に、俺の方へ振り向いて何かを言った。
「……お兄ちゃんが見ててくれるなら、わたし、何でもするよ……」
なんだ、何を言ったんだ。俺の心にざわめきが走る。
そのまま家の中に入っていく妹が、
俺の知らない、女の子に見えた。
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