優しい世界  〜カラス編四〜

「ねーねー、ところで将吾お兄さん。あの小谷っていうゲスの極みと、なにやら因縁があったような口振りだったけど、前になにかあったんですかー?」


 美佳さんの質問が、台風後の平穏をぶち壊した。


「あ、わたしも、気になります!」

「そうですわね。浅からぬ因縁という感じでしたわ」


 興味津々な視線のビームが一点集中するのを感じ、発火する前にゲロせざるを得ないと悟った。変なところにつっこまれてしまったな……


「……小谷が、中3のときに、妹(すみれ)を襲おうとしたんだよ。それが発覚したときに、俺はあいつからナイフを取り上げて、×××をちょん切ろうとしたんだ」

「「「…………」」」

「ちょん切っちゃえば、襲うこともできないだろ? まあ、まわりに止められて断念したけど」


 ため息が三つ、同時に起きる。


「はあ、将吾お兄さんって……」

「すみれちゃんのためなら……」

「無茶も平気なんですのね……」


 無茶……か。まあ、自分のことなら、確かにこんな危険なことしなかっただろう。


「あらためて、ちょっと危険なことに巻き込んですまなかった。美佳さん、真希さん、瑠璃さん、ありがとう」


 いまさらだが、頭を下げる。


「なーにを言ってますか、あたしは楽しかったですよー!」

「うん、なんかドキドキして、新鮮でした」

「天罰も下しましたし、わたくしもすっきりしましたわ」


 みんな、悪くない良い笑顔でそう言ってくれた。本当に……いい友達だよ。


「あ、そういえば、ラ〇ンのグループだけど……どうする? 今日の記念に、残しても良いと思うんだけど。みんながよければ」


 俺はそう提案してみた。三人はアイコンタクトでしばらく会話していたようだが、真希さんがその提案を固辞してきた。


「……せっかくのご提案ですが、このグループを残しておくと、すみれちゃんが美月ちゃんみたいにグレちゃいますよ?」

「うっ」


 痛いところを。真希さんは穏やかに微笑んでいるが、それが美佳さんと瑠璃さんにも伝染したようである。


「そう、だねー。万が一、間違いが起こらないとも限らないし、今回限りで!」

「そう……ですわね。少し名残惜しいくらいが、一番いいと思いますわ」

「…………そうか。わかった」


 ――少し名残惜しいくらいが、一番いい――良い言葉だ。俺は承諾せざるを得なかった。


「はい。だから、お兄さんは……すみれちゃんのこと、ずっと見ていてあげてくださいね」


 真希さんが最後に念を押してきた、その瞬間。


「兄貴! なんでそんな格好してるのか、ちゃんと説明してよね!」


 店内の客が引けてきたのか、勤務中の妹が寄ってきた。自分だけのけものにされたと思っているのか、ふくれっ面である。


「おまえ、仕事はいいのか」

「ごまかすなー! わたしだけのけものにしてー!」

「すみれっち、のけものじゃないって。いいものあるから」

「はい。ふふ、あとですみれちゃんにも送っておくね、お兄さんの画像」

「すみれさん、あの画像を見たら、さらにブラコンが加速しそうですわね」

「なになになに? つまんない画像だったら、怒るよ?」

「ちょっとだけ今見せるよ。これ」

「…………!!」

「あー、かっこよすぎて声も出ないかー」

「家に帰ったら、ツーショット撮影してはいかが?」

「……マスター! わたし頭が腹痛なので、早退させていただきます!」

「おいこら、まじめに仕事しろや!」


 ――――笑顔に囲まれた、優しい世界。


 一足早い、クリスマスプレゼントみたいなものか。こんな日がいつまでも続けばいいんだけどな。


 俺は、そう願わずにはいられなかった。

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