夏の一番長い日
夏ももうすぐ終わり……なのだが。
倉橋家では、四人全員が夏バテ気味だ。そんな理由から、夏バテ対策の晩ご飯に、焼き肉を妹が提案した。
……夏バテの胃に焼き肉ってどうなんだろうな。
まあでも、焼き肉が嫌いな奴はそうはいないだろう。肉肉肉野菜肉肉くらいのペースになりそうだ。カルビ、ロース、おお、牛タンまであるぞ。レモンを準備しよう。
主役のホットプレートを、オヤジが運んでくる……右足を引きずってるな。
「オヤジ、右足どうかした?」
「いや、なんかここんとこずっと膝が痛くてな……歩くのが痛い」
「若くないんだから、無理しないで病院行けばいいのに」
オヤジは毎年夏バテするのだが、今年の夏はやたらとバテ方がひどい気がする。……やつれてるというより、痩せてないか?
「仕事が忙しくてな……今は頑張りどきだし。まあ、倒れたら病院行くわ。はっはっは」
まったくこのオヤジは、病院嫌いにもほどがある。だが、疲れがたまっているのに休まないのは……たぶん、俺の進学のために頑張っているからだろう。申し訳なく思う。
「……倒れるのだけはやめてくれよ。とにかく、無理は禁物だから、自分の体を大事にしてほしい」
この程度が、俺にできる精一杯の気遣いだ。照れくさい言葉は、ついためらってしまう。
「わかったわかった。まあ、とっとと準備しようか」
「……うん」
夏休みの締めに、焼き肉パーティー。肉を皿に盛り、準備OK。あとは焼いて食べるだけだ。
「さー、準備できたし、食べるぞー!」
妹のテンションがマックス。
……頼むから、牛タンばかり食うなよ。それは絶対許さんぞ。
「すみれ。牛タンばかり食べたら、お母さん許しませんからね」
「…………はい」
おふくろが牽制した。俺と同じことを考えていたらしい。ナイスだ。
……と思ったのだが、牛タンばかり食べていたのは、おふくろだった。策士め。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
「……うーむ、匂いがしみついてるな」
焼き肉パーティーが終了し、後片付けも全部済ませた。だが、部屋にも髪にも焼き肉の残り香が。
「兄貴の髪の毛、うまそうなにおいがする」
俺が、髪を梳(す)いた指の匂いを嗅いでいると、横から妹がチャチャ入れしてきた。
「おまえもニンニク臭いぞ」
「えっ。うっそ……やっば。ブレス〇ア飲まなきゃ」
ニンニク臭いというのは冗談なのだが、奴は本気にしたらしく、戸棚からブレ〇ケアを出してきて、一気に十粒も飲み込んだ。
「ごくごくごく。……はー、これで明日まで残らないよね」
「さあな。ブレスケ〇って、そんなににおい消す力あるのか?」
「におい消えたか、兄貴が確かめてみてよ。……んー♪」
そう言ってこいつは、目を閉じ唇を突き出してくる。
……またかよ。妹エキスって、こんなに補給する機会があるんだな。
「うわ、ニンニク臭え」
「まあそれならそれで、ニンニクで精力アップできるじゃん! 早く、んー♪」
「俺の精力をアップさせてどうするんだおまえは」
「……いつもより激しい夜……とか?」
「何年何月何日何時何分何秒に『いつも』があったのか、具体的に説明願う」
「過去は振り返っちゃだめだよ、兄貴」
「じゃあ未来に生きるため、俺は風呂に入ってくるわ」
三十六計逃げるにしかず。こいつのペースに乗せられちゃだめだ。乗せられたら破滅だ。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
チャポン。
「ふー…………」
洗髪を終え、湯船につかりながら、ため息をつく。
なぜか、妹が最近、俺にぐいぐい迫ってきてる感じがする。
おかげで、夏休み前より、不意打ちでドキッとする回数が増えてきている。冗談なのか、それとも…………俺が、常にドキドキするようになったら、どうなるんだろうな。実の兄のくせに。
……考えているとのぼせそうになる。俺は考えるのをやめて、風呂から上がった。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
「……夏休みも、終わりだね」
クーラーのきいたリビングでしばらく涼んでいると、妹も風呂を済ませたらしく、近くにきて話しかけてきた。
「ああ。勉強した記憶があまりないけどな」
「あは。たくさん遊んだもんね……わたしは楽しかったよ。たぶん今までで一番」
「そうか。ならよかったな」
「……うん。でもね、だめなんだあ……もっと先を求めちゃって」
どうやらこいつはまだまだ遊び足りないらしい。俺はさすがに……真面目に受験勉強しないとな。
「ほどほどにしとけ」
「ほどほど……っていうか、中途半端などっちつかずが一番悩まない?」
俺が何の気なしに軽く返すと、妹は俺の頭では詳細不明理解不能な言葉を、追いうちで投げてきた。
……遊ぶときはとことん遊ぶ、という意味だろうか。
「おまえは、何を求めてるんだ?」
「……わたしはね…………」
俺の問いかけを聞き、妹は数十秒黙り込んでしまった。
「………………」
「…………うまく言葉にできないけど、たぶん『家族という永遠を超えた家族』になりたいんだと思う。言葉にしなくても伝わる、家族を超えた想いに包まれるような永遠を、ずっと重ねる家族……」
「………………」
全く予想外の方向に話が飛んでいってしまった。俺には抽象的すぎて、よくわからない。
言葉にしなくても、伝わるもの。
言葉にしないと、伝わらないものよりも、それは遥かに素晴らしいものだとは思う……けれど。
「……それはいつ手に入るんだろうな」
「さあ? わたしにもわからないけど、それが手に入った時は、兄貴のことを…………」
「……俺を?」
「『兄貴』じゃなくて、『お兄ちゃん』でもなくて」
「………………」
「『将吾さん』とか呼んじゃってたり、するかもよ……? なんてね、あははー」
「………………」
「……それじゃ、わたしは寝るよ。おやすみ、兄貴」
「…………おやすみ」
妹がいなくなっても、俺はリビングから動けなかった。
……言葉にしなくても伝わる想いを永遠に感じるためには、言葉にしないと伝わらない決意を伝える必要があるんだ。
その言葉とは、いったい、なんだ。
………………
そんなことを繰り返し考えていたら、時計は夜の12時をすぎていた。俺の夏は、もやもやが消えないまま終わりを迎えた。
……何を望んでるんだろうな、俺も、妹も。ここに生まれなければ、知り合うことすらなかったはずなのに。
兄妹の、足枷が。…………重い。
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