自意識過剰な妹
「わたし、きれいになったと思わない?」
「…………」
唐突な、妹による頭のイカレた発言。俺は思わず固まる。
気づけばもう師走。きっと、あまりの寒さに脳みそが凍傷になったんだろう。かわいそうに。
「そのせいかね、最近やたらと視線を感じる」
「…………」
「どこにいても、誰かに見られてるような」
「…………」
「やれやれ、わたしは罪作りな女だぜ」
「…………」
「……って、なんとか言ってよ、兄貴」
「……なんとか」
「…………」
お、逆に黙らせることに成功した。まあ、俺が言うのもなんだが、こいつくらいの見た目があればストーカーのひとりやふたりや三人四人くらいいてもおかしくはないわけで。
「いきなり後ろから刺されないように気をつけろよ」
「…………」
「人気のない路地裏とか歩くときは特にな」
「…………」
「あとは、いきなりハイエースでさらわれたりとか」
「…………」
「……おい、コケコッコーくらい言ってみろよ」
「……カックードゥードゥルドゥー」
「通訳ありがとう」
うん、今日も平常運転だな。ということは、こいつが視線を感じていることは間違いではない可能性が高いか。
「……で、視線の主に心当たりはあるのか?」
「目の前の人以外にはまっっったくありませーん」
「なんで俺がおまえを四六時中見つめなきゃならんのだ」
「いや、それ以外の視線だとキモイし」
妹を常に見つめる兄も相当キモいぞ、と言いそうになって、俺は自分のキモさ具合に今さらながら気づいた。自粛しよう。
「……うんまあ実害がないならいいんだけどな」
「実害が出てからじゃ遅いでしょ!」
「おっしゃるとおり」
ふむ。確かにそうなんだが、心当たりがないということは、こいつに胸キュンゾッコンせつなさ炸裂な人間か、もしくは振られてもあきらめきれない病的な人間か……しか思いつかない。
「まあ、これだけきれいなら、見られるのも仕方ないね」
「自分で言うな、命の危険にさらされるから。刺されても知らんぞ」
……あ。妬みの視線の可能性もあるか。一番現実味があるわ。
「えー、でもみかっぱちゃんにもマキちゃんにもDちゃんにもそう言われたよ!」
「
「わたしも入れると四天王だよ!」
「最弱はおまえだろ」
「……なんでわかるの?」
「わからいでか」
おまえ、おもちゃにされてるだけじゃないのか? とは思ったが……まあいい。何が幸せかなんて、本人にしかわからないもんだ。
オヤジが逝って、いろいろあったけど、こいつがまた明るさを取り戻してきて、それは嬉しいことである。
「まあ、気のせいかもしれないし、たまたまかもしれないし、視線のことはあんまり気にするな」
ハイテンションな妹の頭を右手でポンポンと叩き、とりあえず落ち着かせようとする。……妹は一瞬肩をビクッと上げてから、目尻を垂らして俺から視線を逸らした。
「……そうだね。もし何かあったときは、兄貴が颯爽と現れて助けてくれるもんね」
明後日の方向を見ながらそうつぶやく妹。こいつの中で俺はどれだけ有能な人間なのだろうか。俺はスーパーマンではないし、そこまで買いかぶられても困る。
「……俺が気づいた時ならば」
「だーめだよ。兄貴はかわいい妹を、常に見てなきゃ!」
急に向き直って言い切られても困るわ……それはそれで、外部から白い目が飛んできそうな予感。
「……だから自分でかわいい言うな」
「妹という花は、兄視線を栄養にして、よりかわいくきれいになれるんです!」
いやドヤ顔されても……しかし、兄エキスだの兄視線だの、こいつの語録は
「じゃ、あとは二酸化炭素があれば、光合成で酸素が作れるのか?」
「癒しのオーラが出てるでしょ? 地球に優しいエコな妹!」
「はいはい。地球温暖化を解消できるよう頑張れ」
「ん、じゃ、もっときれいに咲けるように頑張るよ」
満面の笑みの脇でため息をつく俺がいた。
癒し……か。まあ、それは否定しないのだが……もっときれいになってどうするんだ。
まったく、これ以上惑わせんな。
「……枯らさないでよね、お兄ちゃん」
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