兄として、妹として

 コンコンコン。


「ぴゃっ!!」


 ヘンな声が中から聞こえたが、気にしない。


「妹よ、いるか?俺だ。ちょっとおじゃましていいか?」

「あ、兄貴……どうぞ」


 ガチャ。


 妹は、起きてるくせになぜか自分のベッドに座っていた。なにか考え込んでいたのだろうか。


「すまないな、突然押しかけて」

「…………どうしたの?」


 ここ最近での俺の態度と違うことにすぐ気づいたらしい。妹は、なにやら不思議そうな顔をした。


「突然だが、俺とおまえは兄妹だ」

「…………うん、そだね」

「だから、それを確認しに来た」

「……………………はい?」


 おおう、久々の、鳩が豆鉄砲なんとやら顔。


「兄妹の絆を確認したい。頼むから、協力してくれないか」

「…………………」


 だが、俺が真剣に頼んだことに気づいたのだろう。すぐさま豆鉄砲顔が妹から消えた。


「お願いだ。俺のために、協力してくれ」

「……いいよ。兄貴の頼みなら、なんだってするよ。それで兄貴が救われるなら…」

「ありがとう!」


 よし、言質はとった。

 あとは、俺がふだんから妹にドキドキしてないことを確認すればすべて解決だ。

 俺はまず、ベッドに座った妹の隣へ近づいた。そして、間を置かずに座る。


「………………ふむ」


 まったくドキドキはしない。まあ、この程度の距離感、今まで何度経験したかわからんしな。

 じゃ、次は……


「ちょっと、左手を貸してくれ」

「なんかよくわからないけど……はい」


 差し出された妹の左手を俺の右手と繋げる。いわゆる恋人つなぎってやつだ。


「!?」

「………………ふむ、何ともない」

「あ、あの…………兄貴、いったい?」


 ドキドキまるでなし。これも、好きな相手とすれば脈拍が上がる行為なんだろうがな。


「じゃ、次は…………」


 俺は恋人つなぎした手をいったんほどき、妹の右肩をつかんで抱き寄せた。


「!?!?」

「………………ふむ。何ともないな」

「あ、あ、兄貴……なにがしたいの?」

「協力してくれるんだろ? すまんが、あと少し頼む」

「い、いいけど……たぶんわたしが苦しめたせいだから、きょ、協力はいくらでもするけど……」

「感謝する。じゃ、次は……」


 今まで、密着していた経験が豊富すぎるせいか、肩を抱くくらいでもまったくドキドキしない。もう少し密着度を上げてみるか。となると……次は、背後からハグかな。


「悪いが、座ったままでいいから、ちょっと後ろを向いてくれないか」

「う、うん…………」


 むぎゅっ。


「!?!?!?」

「おー、相変わらずやわらかいな」

「ちょ、ちょ、ちょ、なんで、なにが、なして!?」


 なんで最後なまった。まあそんな些細なことはどうでもいい。

 ……やはりドキドキしない。むしろなんか落ち着くこの感じはなんだろう。俺はやはりこいつの兄だ、うん。


「ね、ねえ、あ、兄貴、いったいなにがしたいの……?」

「まあ、確認だな。……じゃ次。悪いが、座ったままでいいから、今度はこちらを向いてくれ」

「う、うん……」


 妹がおそるおそるこちらを向いた。顔が真っ赤だな。真夏に抱きついたから暑かったかな。


「暑い中、すまんな」

「い、いや、暑いけど嬉し、って何言っちゃってんのわたし今のなし気にしないで気にしちゃダメ」

「……? まあいい、じゃまた失礼して」


 今度は正面からハグしてみよう。


 むぎゅっ。


「?!?!?!?!」

「………………ふむ」

「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ」

「………………うーむ。柔らかくて抱き心地はいいが……」


 これでもドキドキはしない。やはり妹は妹なんだな。


「あの、あの、あの、あの、あの」

「ん?苦しいか?」

「いやいやいやいや、苦しいどころか昇天しそうです…………」


 消え入りそうな声の妹。そんなに苦しかったか。じゃあ緩めよう。


「すまんな、あと少し付き合ってくれ」

「……は、はい……」


 妹の息が荒い。苦しかったんだろうな。すまない。

 ……何をしてもドキドキは皆無。やはり、この前のドキドキは、名も無き救いの神曰く、シチュエーションによる魔がさした気持ちってやつなのかもしれん。


「じゃ、次はこうしてみよう」


 俺は、ハグから離れた妹を、そのままベッドに押し倒し、上から押さえつけてみた。


「?!!?!??!?!??!?!?!!」


 なんか符号が変だぞ。まあ気にせず…


「……も、も、も、も、もうやーーーーーん!」


 バコッ。

 ベッドの脇にあった本で、妹に殴られた。暗闇に火花が飛び散った。


 あに は いきたえた!


―・―・―・―・―・―・―


「…………ちゃんと説明してよね。何でもするとは言ったけど」

「……はい。ごめんなさい」


 俺は床に正座させられている。今更遅いが、確かにやりすぎた気もする。


 ……………………………………


「……つまり、兄貴にとってわたしが妹であると再確認するために、ドキドキしないかいろいろやってみた、と……?」

「……はい。ごめんなさい」

「わけわかんない。なんでそんな……」

「俺が、ずっとおまえの兄でいるために、だ」

「……………………」

「そして再確認できた。俺は、ずっとおまえの兄でいられる、と思う」

「……なんか自信なさげな言い方だね。人をおもちゃにしといてその程度ですか」

「いや、何でもするって言ったのはおま…」

「限度ってものがあるでしょー!!!」

「……はい、ごめんなさい」

「……………………」

「……………………」

「…………まったく。しょーがないなあ、兄貴は。反省するなら許してあげる」

「……はい。ごめんなさい」

「その謝り方なんかムカつく。…………なんか、いつもと逆だね」

「……?」


 妹の頭からツノが消えた。やっと。


「いつもはさ、わたしが勝手気ままに動いて、兄貴に迷惑かけちゃってるのに、今日はその逆」

「……はい。ごめんなさい」

「だからムカつくって。……でも、いいの」

「……?」

「たまには、兄貴が自分の都合でわたしをひっかき回してくれてもいい、ってこと」

「………………」

「……そうすれば、兄貴は反省して、わたしのこと、もっと大事にしてくれるよね?」


 この前の部屋での会話を思い出す。


『だって兄貴は、いつもわたしを妹として大事にしてくれたのに、わたしはいつも自分の都合で兄貴をひっかき回してばっかりで……』

『だから……反省したの。わたしも、兄貴のことを大事にしなきゃ、って』


 脳天に杭を打たれた。

 俺は、自己嫌悪に負けて、自分を正当化することしか考えてなかったのだ。妹のことなど考えず。

 妹を大事にする。そんな一番大事なことを忘れるとは、俺はバカだ。大バカだ。


「…………すまん。本気で反省する」

「ん。反省してくれたなら、許す。言質取ったよ?」

「おう」

「兄として、妹を大事にすること」

「ああ。約束する」

「……そうしたら、わたしも兄貴のこと、大事に、大事に、してあげるよ……妹として」


 そう言った妹が、正面から俺の首に手を回し、抱きついてきた。


「お兄ちゃんが苦しまずにすんで、よかった……よかった」


 声が鼻声だ。泣いているのだろうか。

 だが、今の妹の気持ちは、あの日俺の部屋で涙を流した時とは違う、ということはわかる。


 こいつを一生、大事にしよう。今、俺はそう誓った。




 そう思いつつ、ちょっとドキドキしたのは……何でだろうな。

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