晴れてカラカラな妹
今日は月曜日。普通に考えると憂鬱な日なのだが、俺の目覚めはそんなに悪くなかった。
一日のはじまりに気分がいいなら、きっと今日はいい日になるだろう。何の根拠もないが、そういう予感を信じたくなる。
そんな予感の中、登校準備が終わり、靴を履いて玄関から出ると、後ろについてくる人影があった。
「兄貴、一緒にいこ」
「ん」
先週の気まずさがなくなったことで、妹に笑って返事をすることができた。妹はトテトテと小走りして、俺の隣に並ぶ。
「なんか、久しぶりな気がする。えへ」
「……そうか?」
ま、わざと素っ気なく言ってみよう。
「入学してから、ずっと一緒に登校していたせいかな」
「……たまたま一緒だっただけじゃないのか……?」
「そんなわけないでしょ。合わせてんのよ」
いや、そんなドヤ顔で言わなくてもいいんじゃなかろうか。というかそうだったのか。今更気づいた。
「そういやおまえ、今日はベスト着てないのな」
「……あー、あはは……いや、暑いしそれに……」
ふと疑問に思ったことを聞いただけなのだが、妹は歯切れ悪くそう言ってから、うつむいてしまった。先週は確か告られた翌日から、きっちりとベスト着用してたよな。
「うー……ほんと自意識過剰だった…自分が恥ずかしい」
「??……どうかしたか?」
「……なんでもない。自分の黒歴史に新しく刻まれた1ページを反省してるとこ」
反省中の妹が、相変わらずうつむいたまま顔を赤く染めたが、こいつの黒歴史なんざ思い当たる節がありすぎてわけがわからん。ほっとこう。
「……ま、それはそうとして、いい天気だな」
「ほんとだねー。もうすぐ梅雨になるなんて思えないくらい」
晴れてカラカラ。湿気も高くなく不快ではない。陽射しは少し強い。
「……夏か。勝負の季節だな」
受験生には、夏の頑張りが決め手になる。悔いは残さないようにしよう。
「そだね。今年こそいっぱい遊ぼうね、兄貴。へへ」
「……俺、受験生」
「関係ない! 兄貴と一緒の高校生活、最初で最後の夏だよ? 去年遊べなかった分、今年は遊ぶ!」
……悔いは残さないようにできたらいいな。
「おまえ、一緒の高校に来るため、必死だったもんな……よく受かったわ、今更ながら」
「来世じゃなく現世でがんばりましたっ!」
去年の夏は、俺も見てやったりしていたが、本気も本気で勉強してたからなこいつ。
――合格発表の日に『気を落とすな新生活頑張れ』パーティーの準備をしていたことは、オヤジおふくろと俺の秘密だ。永遠に。
「だから兄貴は、去年の分も上乗せして、わたしを構わなければならないのです!」
兄以外と遊べばいいんじゃないかなあ、とか思うんだけど、こいつはそう考えてないのか。友達がいないわけではないだろうに。
「ムチャクチャな理論だな。ま、夏祭りは行くとして」
「来週、新しい水着買いに行くから、海とかにも行きたいなー」
「兄妹で海に行く意味はいったい」
ナンパもできねえじゃねえか。……それより、ナンパを寄せ付けないように目を光らせるのが大変そうだ。
「えー。わたしの水着姿、兄貴は見たくないの?」
「別に」
「やっぱり兄貴ってホ」
ごちん。
「ぴゃっ」
「それ以上言ったら殴るぞ」
「殴ってる! もう殴ってるよ! 兄貴手ェ早すぎ! その手の早さで好みの相手を手ごめに」
ごちん。
「ぴょっ」
「それ以上言ったから殴るぞ」
「きゅうぅぅぅ……」
朝からどつき漫才してる場合か。ちなみに、効果音は誇張してるからな。念のため。
「まったく。軽く小突いただけなのに大げさだぞ、おまえ」
「…………えへへ」
「ん? どうした?」
いきなり笑い出したので、不安になる。打ち所が悪かったか、すまん。もう校門が見えてきたから、学校に着いたらすぐ保健室に連れてってやるからな。
「……ん、こうやって漫才してるだけで、じゅうぶん楽しいんだなって」
「漫才やってる自覚があったのか……」
「今さら何言ってるの、兄貴」
うーむ、のせられてただけなのかね俺は。やっぱこいつには勝てない。
「……俺は朝からハイテンションにつきあわされてちょっと疲れた」
「兄貴、つきあいいいもんね。……だから、いいよ。我慢する」
「……は? 何を?」
「夏。兄貴は受験生だもんね。大事な時期だもん、わたしにばかりつきあわせていられないし」
「…………」
「別に兄貴と遊べなくても、勉強の息抜きにでも、こうしてたまにわたしと会話してくれたら、それで満足だから」
「………………」
「だから……勉強、がんばってね。応援してる」
俺を気遣う言葉を言い終わってから、こいつは精いっぱい作った笑顔を向けてきた。
…………ああもう、こいつは!
わしゃわしゃわしゃ。
「きゃっ! ……髪、乱れちゃうよ」
「阿呆が。誰がおまえと遊びたくないって言ったよ」
「……だって、迷惑、かけたくない……」
「迷惑なんて一言も言ってないぞ? 俺は俺の意志で行動する。おまえがそれを気遣う必要はまったくない」
「…………」
「それに、俺はおまえの……」
屈託のない笑顔を見るのが好きなんだ、とは言わない。かわりに頭を乱暴に撫でる。だれが悔いなんて残すもんか、そんな意味も込めて。
「……もう、髪ぐしゃぐしゃ……責任取ってよね?」
「おう、俺に取れる責任なら、いくらでも」
俺から言質をとった妹は、俺が頭から手を下ろすと同時に校門に向かって駆け出して、3メートルほど離れた距離から振り向いて笑った。
ちょっとだらしない、心からの笑顔。陽射しが反射してまぶしいそれを見た俺は、起きたときの予感を確信に変えた。
うん、今日はいい日だ。
「一緒にやりたいことが多すぎて、ドキドキしてるよ……お兄ちゃん」
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