残念美少女と呼ばれる妹
冷涼富貴
妹は残念美少女
プロローグ
艶のあるストレートロングの黒髪、透き通るような白い肌。
キリッとした瞳。手のひら一枚で隠れてしまう小さな顔。
そして、天使のような微笑み。
世界中の誰にでも自慢できるような、美しい俺の妹。
本当に陳腐な表現しかできないのが、非常に残念なのだが。
その妹は、俺のボキャブラリーよりも、はるかに残念だった。
「おーい、買ってきたぞ。おしるこドリンク抹茶風味」
「あ、ありがと、兄貴」
リビングで、だらしなくスウェットを着て、だらしなくソファーに寝ころんでる妹。
おい、ボリボリと尻を掻くな。
顔がかわいくなければ、ただの残念な妹なのだが。誰が見ても。
「本当に、おまえって怪しいドリンク好きだよな」
「えー、おしるこドリンクの美味しさを知らないなんて、人生の六割損してると思うけど」
「おまえの人生の六割がおしるこドリンクだったとは、俺も知らなかったよ」
「ちなみに残りの三割は、カップラーメンとお笑い芸人のライブね」
「それだけで生きていける、おまえの幸せを分けてほしい。じゃあ残りの一割はなんなんだ?」
「それは……ひ・み・つ」
まあ、見た目がこんなだから、逆に損してる部分はあるのだろう。
『こんな美少女なんだから、成績優秀、品行方正に違いない!』とか、思い込みで接されたことが何回もある。
以前、妹に告白してきた男がいた。前述のような思い込みを引っさげて。
もちろんそいつは当たって砕けた。が、そのあと、そいつが友人たちと、妹の話をしているのを、俺は偶然聞いてしまったのだ。
『最初は完璧な美少女だと思って、幻想も抱いちゃったりしてたんだけど』
『性格、というか、中身を知るにつれ、あーこれは無理、と思うようになって』
『今では、振られて良かったかな、と思ってる』
直後に俺の拳が真っ赤に染まって、一週間ほど高校の休みをいただいたのはここだけの話。
喧嘩の理由なんか話したくなかった。いや、話せなかった。気づいたら、つい殴ってただけだ。
「おまえも、もう少しおしとやかにしたりとか、猫かぶれば、引く手あまたなんだろうにな」
「えー? 見た目だけで告ってくるやつ、ウザい」
そりゃそうか。
中身が外面と違いすぎる認識のまま、男女交際がうまく行くとは思えない。
「自分の見た目は良い、という自覚は一応あるんだな。安心した」
「まあそれは。常日頃から、あれだけ“残念美少女”とか言われてちゃね」
「そいつは残念だったな、妹よ」
「あ、なんか今の一言カチンときた」
「いやいや、美しいと言われるだけいいだろ」
「そうだね、兄貴みたいだと困るし」
「あ、なんか今の一言カチンときたわ」
「じゃあおあいこ」
「おう」
俺は、妹と会話するのが、昔から好きだった。こいつは、妹というより、気の置けない親友のような気がする。主に気を遣わない、というだけではなく。
「じー」
「どうしたの突然、妹の顔なんか凝視して」
「いや、整ってるなあと、あらためて」
「……ドキドキした?」
「それはない」
「あっそ」
「お兄様、とか呼ばれたらドキッとするかもしれない」
「うわキモ」
血の繋がってる妹なんて、いくら可愛くても、いくら美人でも、実際はこんなもんだ。
萌え文化の中で、実の妹に萌える、というのだけは理解できない。
「同じ血を引いてるのに、顔面偏差値が天と地ほど違うのは納得いかない」
「えー、十八年も生きてれば、誰かしらにイケメンだね、って言われたことはあるでしょ?」
「おまえ、本当にバシバシと人の心をえぐってくるな……」
「兄貴がノーガードすぎるから」
「おまえだってノーガードだろ」
「んー、私はノーガードじゃなくて、スカートをたくし上げて、下着を見せてる、みたいな感じ?」
「それ高校生女子が使う表現じゃねえぞ」
でも、その表現も、あながち間違いじゃないかもしれない。こいつは素直すぎるのだ。
誰にも“見せて”なんて言われてないのに、見せる必要がないことまで、他人に見せてしまう。そして、残念美少女、とレッテルを貼られてしまう。
「私の繊細さがよく表れてない? この表現」
「当たらずとも遠からず、と言う感じだが。おまえの場合、下着じゃなくて内臓まで見せてるだろ」
「やだ下品。でも、さすがにそこまで見せられるのは兄貴くらいかな」
たぶん、自称繊細なこの妹は、他人に勝手に幻想を抱かれて、勝手に失望されて、そのたびに、泣いてきたんだろうな。
「まあ、内臓まで見せられたら、お前を残念美少女とは思わないな」
「でしょー? ただの可愛い妹、でしょー?」
「悔しいがその通りだ」
「………………」
昔から、こいつを泣かせた奴に、俺は喧嘩を売ってた気がする。それはなぜか? と聞かれても、うまく答えられないことは確かだ。
俺は、ボキャブラリーが貧弱すぎるから。
「……なら、兄貴は私の中で、とっても頼りになる兄貴に昇格させてあげる」
「なんかお情けくさいな。虚しくなるからやめろ」
「でも、兄貴は私の心、読むのがうまいもんね。お情けかどうかわかるでしょ?」
「……はいはい、俺の負け。負けました」
「……ん。わかればよろしい」
たぶんこいつには一生勝てない。でも、それでいい。
「まあ、大事な妹だからな。一応」
「一応扱いはひどくない? でも、照れ隠しと受け取っておくよ」
「解釈はご自由に」
「はいな。じゃあ、これから言う言葉も、好きに解釈していいからね」
残念美少女と言われるけど、見た目以外にも、俺にとっては可愛い妹。
それを他人に説明できない、ボキャブラリー不足ではあるのだが。
――――別に俺が知ってれば、どうでもいいや。
「わたしの人生の一割はね……お兄ちゃんだよ」
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