30*こんなゴミ屑みたいな俺を
「起きたら全員、一発ずつ殴ってやる」
そう言って、エルフィンは銃剣を構えた。深い井戸のように暗い銃口と、冷たい切っ先がプルメリアの額に向けられた。ウメとアザミは眠っているふたりを隠すように背に乗せ、身体をエーテルで覆った。こうすれば、ふたりに銃弾が当たってもエーテルがバリアの役目を果たしふたりを守ることが出来る。
「エルフィン、大人しくそこを退いて。殺すわよ」
「それはこっちの台詞だ。お宝はともかく、その2人は絶対に逃すんじゃねぇってボスに言われてんだ」
プルメリアは理解した。エルフィンに、譲る気はない。たとえここで命を落としても。こいつは、そういう男だ。きっと。
「フィン! あっちゃん達がどんだけ強いか知ってんでしょ! あんたなんかデコピン一発で地獄行きだよ! 早くソコどきなさーい!」
「駄目だ」
エルフィンは揺るがない。
ボスは、あの親子を必ず生かしておけ、という条件はつけていない。必ず逃すな、と言ったのだ。それなら、絶対に逃げられない簡単な方法がある。
殺せばいい。
エルフィンは、あの親子だけでも仕留められないかと考えた。しかし、いざこうしてコダマと呼ばれる少女達と『闘う相手』として対峙すると、そらすらも無理だという事が理解出来た。それなら次の策だ。爆弾で、金庫室を潰す。この身もろとも。
エルフィンは身体に仕込んだ爆弾を手で抑えた。
頼んだぜ、派手に吹き飛んでくれよ。
「エルフィン、退いて」
「残念だな、お前達は俺とここで——」
「エルフィンさん!」
突然、盗賊の1人が金庫に駆け込んできた。
「どうした?」
エルフィンはプルメリア達から視線を逸らさずに尋ねた。
「わぁ、なんだこの可憐な美少女達! いや、それどころじゃねぇ! 外の見張りから連絡があって、治安部隊がアジトに向かって来てるって!」
「なに……強奪班の奴ら、ハマしやがったな」
「どうしやす!?」
「寝てる奴全員起こして逃げろ!」
「はい!」
盗賊は急いで走って金庫を出て行った。
「あら、ピンチじゃない? アンタも、こんなトコで遊んでる場合じゃないんじゃないの? 仲間が捕まっちゃってもいいのぉ?」
プルメリアはゲス顔をして言った。しかしエルフィンは動じない。
仲間達はどうにかして逃げるだろう。俺はここでこいつらを食い止めて、死ぬ。
エルフィンは爆弾を起動させようと銃弾を持っていない左手を動かした。
「動かないで! 今から、ちょっとでも動いたら殺す」
「1ミリでもダメだよーん」
「お願いですから、このままお仲間さん達を助けに行ってあげてください」
「それは出来ねぇな。お前達こそ覚悟を決めな」
プルメリアは右手にエーテルを集中させた。殺したくなかったけど、仕方がない。プルメリア達としても、ガンドールの治安部隊と鉢合わせするのは都合が悪い。早くここを脱出しなくてはならない。
もう時間がない。
「あと5秒あげる。5秒後、アンタの手と首を同時に落とすわ。5……」
「エルフィン、命を粗末にするな」
アザミが言った。
「4……」
エルフィンは考えた。
命を粗末にするな、か。俺は、死ぬ事は今更怖くない。子供の頃からいつ死んでもおかしくないような環境で生きてきた。何回も死線を潜ってきた。そして、こんなゴミ屑みたいな俺を拾ってくれたボスに命を捧げると誓った。
「3……」
だから、ボスを裏切って生き延びるなんて事は出来ない。
「2……」
いいさ、勝負だ。
どっちが速いか。
「死んだら、そこで試合終了ですよ」
ウメが言った。
爆弾の起爆装置を押そうとしたエルフィンの指が止まった。
そうだ……、ここで死んだら、全てが終わりだ。俺の夢だった、エルフィン帝国を造るって夢がここで終わっちまう。ヒゲ郎に希望を託すには、少し心許ない。やっぱり俺がいなきゃ、エルフィン帝国は成り立たない。
「1……」
ここでかっこつけて死んだって何にもならないじゃないか。たとえ惨めにでも生き残って足掻いた方が、まだ価値があるってもんだ。
「ゼ————」
「わかった! わかったよ、俺の負けだ。お前ら、行けよ」
そう言うと、エルフィンは漆黒の銃剣と、腹に巻いていた爆弾を外して地面に置いて両手を上げた。
「最初っから大人しくそうしてればいいのよ」
「覚えとけよこの野郎」
エルフィンはそう言うと、漆黒の銃剣を拾って走り出した。
「ぶん殴ってもいいから寝てる奴ら起こせ!」
エルフィンの叫びが、アジトの中を疾風が駆け抜けるように木霊した。
エルフィンが去ったのを見届けると、プルメリア達は手頃な袋を見つけ、素早くその袋に札束と金塊を詰め込んだ。
「ま、こんだけあればお金には困らないでしよ」
「そうですね、そろそろお暇しましょうか」
「お腹へったよぉ〜」
「そうですね。ここを出たら何か食べましょうか。わたしが何か食料を調達してきますよ」
「魔獣以外でな」
プルメリア達は、アジトにお宝を搬入する為の竪坑がある部屋まで来ると、そこで翅を出現させ、一気に上に飛んだ。
「出口に治安部隊が潜んでいたらどうします?」
「その時は止むを得ず皆殺しね」
幸いな事に、竪坑の出口には治安部隊は潜んでいなかった。ここの竪坑はマークしていなかったらしい。
竪坑を出ると、冷たい夜の冷気がプルメリア達を包んだ。木々の隙間から見える空には、丸い月が優しい光でプルメリア達を照らしている。
暫しの静寂、の後にけたたましい機械音が押し寄せてきた。治安部隊のヘリコプターだった。ヘリコプターは空中で止まると、ロープが降ろされ、数人の治安隊員達が森へ降りてきた。プルメリア達は素早く木の上に飛び、枝と葉の間に姿を隠した。
「これじゃあ飛べないわね」
「木々を伝ってこっそりとこの場から離れましょう」
「ターザンみたいだねー!」
プルメリア達は闇に同化して、木々の枝を伝い、森を進んだ。葉が揺れても、それは風が小動物の仕業にしか見えなかった。盗賊達のアジトから遠ざかると、ヘリコプターの音も小さくなり、再び自然の静寂が訪れた。
「ふぁ〜、ねむいぃ」
「今日はここら辺で休もうか?」
「そうですね。そろそろ疲れてきましたし」
プルメリア達コダマは日光を主なエネルギー源とする。その為、日中は日光が当たる場所にいればほぼ無限に活動出来るが、日光が当たらない夜や屋内で長時間積極的な活動するとたちまちエーテルと体力を消耗して身体が動かなくなってしまう。
プルメリア達は森に降りると、札束と金塊を入れた袋を無造作に放り投げ、ミーシャとクラリスをゆっくりと地面に寝かせた。ふたりとも、ぐっすり眠っている。プルメリア達は着ていたジャケットを脱ぎ、ふたりに被せた。プルメリア達はブラウスとスカートという肌寒い格好となったが、体内にあるエーテルを使えば体温を調節する事も出来た。プルメリア達は、クラリスとミーシャふたりを囲むようにそれぞれ横になった。それは、獣や盗賊、又は万が一魔獣が襲いかかってきても対処出来るようにする為だった。
「ふぁあ、おやすみぃ」
目を閉じると、すぐに睡魔がプルメリア達を深い眠りへと誘った。
プルメリア達は、遊び疲れた子供の表情で寝息を立てた。
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