53*血が噴き出すような死闘



 列車は高度を上げ、山の中を走る。


 大きな谷を鉄道橋で越え、尾根を貫くトンネルを潜る。トンネルを抜けると、眩しいほどの夕焼けが、列車を包み込むように暖かい光で照らした。そして、陽が落ちる。


 豪華寝台列車の夜は優雅に更けて……いかなかった。






「わぁ、すごい!」


 豪華寝台列車ノイシュバンシュタインでの夕食は、バイキング形式のディナーだった。白身魚のムニエルやローストビーフ、ケーキなどのスイーツも並んでいる。それはみなどれも美味しそうで、高そうで。こんなものを自由に食べていいなんて、プルメリア達にとっては夢のような出来事だった。


「ウメ、盛り過ぎでしょ」


「そうですか?」


 各々白いお皿に料理をバランス良くよそっていく中、ウメは中華料理店の大盛りチャーハンのように盛り盛りに料理を載せていた。


「こんなの普通ですよぉ」


 ウメは笑顔でそう言い、盛り盛りのお皿をテーブルの上に置くと、椅子に座った。


「ウメ取りすぎ〜」


「そうだよね〜って、ダリア、あんたローストビーフしかないじゃない」


 席に着いたダリアの前に置かれた皿には、ローストビーフだけが山盛りに載せられていた。


「だって美味しいんだもん! えへへ〜」


 プルメリアの皿には、そのままディナーの一品として出せそうなほど綺麗な盛り付けがされていた。アザミのお皿には、お好み焼き一つが載せられて、隣りの茶碗には白いご飯が置かれていた。


「やっぱこれやな」


「なんで洋風のディナーにお好み焼きがあるんですか……」


「細かい事は気にせんでええ。それじゃあ——」


「いただきます!」


 声を合わせて言い、料理を食べ始めた。


 ウメは、大量に盛られた料理を、決して焦る事なく、しかしハイペースで美味しそうに食べた。それはまるで、某大食いタレントを彷彿とされる食べ方だった。


「やっぱ高いだけあって料理美味しいわね」


「うーん! ローストビーフマジ神」


「ソースがイマイチやな」


 美味しそうに料理を食べる少女達を見てウェイターも微笑んでいたが、時間が経過するにつれ、次第に顔が青ざめてきた。







 ウェイターは調理車両に駆け込んだ。


「料理長、急いでください! もう料理が尽きそうです!」


「馬鹿野郎、こちとらすでに食材と魂が尽きてるんだよ……」


 料理長は、長いコック帽が折れ、背を大きく曲げて項垂れ、真っ白に燃え尽きた様子でスツールに腰掛けていた。他の料理人達も、同じように地面に倒れこんでいる。



 ウメは、驚異的なスピードで料理を食べていった。料理が追いつかないほどに。しかし、そこは一流の高級レストランを仕切るコックのプライドである。


 バイキングの料理を絶やす訳には行かない。


 ウメ達や乗客が楽しく食事をしている裏で、血が噴き出すような死闘が繰り広げられていたのだ。


 コック達は奮闘した。しかし、食材と体力には限りがある。しかもここは、列車の中だ。人員や、食材を調達する訳にはいかない。


 料理長は窓から外を見下ろした。城の周りは、数万の敵兵に囲まれている。城で籠城している味方は皆満身創痍で、食料も武器も尽きかけている。


 料理長には、確かにその光景が見えた。


 危ないクスリをやっている訳ではない。


 確かに見えたのだ。


 それは、料理長が命を懸けて闘っている故の幻であった。


「お前ら、まだ残りの食材がある! 最後のまで闘うぞ!」


「は、はいっ!」


 料理長とコック達は、立ち上がった。


「料理長……」


 ウェイターが見守る中、コック達は最後の闘いへと挑んでいった。










 闘いは続き、最終局面を迎えた。




 次、もしウメがお代わりを取りに立ち上がれば、料理が尽きてしまう。すなわち、コックの敗北となる。料理長とウェイターは、食堂車両の影からウメが食事をする様子を伺っていた。





 皿に残った、白身魚の最後の一切れ。


 ウメはフォークで刺し、それを口に運ぶ。


 とても美味しそうに、咀嚼する。


 料理長達は、手に汗をかき、生唾を飲み込んでその様子を注視する。



 ウメが、口に含んだ最後の一切れを飲み込む。



 そして、フォークを皿の上に置いた。












「ふぅ、美味しかった。満足です」



 満面の笑み。


 そして、料理長達は、まるで捕虜となった身から解放されたみたいに、心の底から安心感が湧いて出て、全身の力が抜けた。


「我々の勝利——」


「さて、次はスイーツにいきましょうか」


「ぐはっ!」


「料理長!」


 料理長は吐血し、その場に倒れこんだ。


「あ、明日の朝の、モーニングは、頼んだ、ぞ……」


「料理長ぉ!!!」


 ウメはお皿を持ち、席を立った。


「あんた、まだ食べるの?」


 プルメリアはフォークに突き刺したショートケーキを頬張りながら言った。口元には、白いクリームが付いている。


「だってまだスイーツ頂いてないんですもん」


「じゃあついでに苺のタルトもってきてー!」


 ダリアが両手にフォークを掲げて言った。


「分かりました。もう、ダリアは食べ過ぎですよ」


「だって好きなんだも〜ん」


「あ、あんたに言われたくないでしょ……」



 アザミは、テーブルクロスの上にヨダレを垂らしながら気持ちよさそうに眠っていた。





 豪華寝台列車の夜は、まだまだ続く。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

金なし×家なし×保護者なし!13歳美少女4人(+男子1名)による絶望殲滅放浪記♡〜落園の徒花〜 竜宮世奈 @ryugusena

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ