52・カオスを収拾させるように
豪華寝台列車『ノイシュバンシュタイン』の搭乗口でチケットを受け取り、手に持っていた端末で顧客情報を確認した若い男性の駅員は、その爽やかな営業スマイルの裏に訝しげな表情を隠していた。
すげぇ、今時リアルでこんなバブリーなカッコしてる人いるんだ……。
「よい旅を」
「あ、ありがとう……」
ラグビーでもするかのように肩の張った原色の青いスーツに、パーマをかけた青髪、そして太い眉毛、まるで殴り合いの喧嘩でもしたかのように真っ青な目元、そしてケチャップをそのまま食べたみたいな真っ赤な唇をした保護者役のバブリーアザミは、引きつった表情で列車に乗り込んだ。プルメリア、ウメ、ダリアは、キョウコが用意してくれた(ごく一般的な)衣類を身につけていた。
「部屋に入ったらこのメイクと衣装脱いでもええか?」
「ダメよ、そんな事したらバレちゃうじゃない。ガルディンベルクに着くまでダメ!」
「この外道が……」
寝台列車ノイシュバンシュタインは、ヨーロッパの古城を想わせる外観をしていた。そして内部も、高級ホテルのような豪華な装飾が施されていた。
「ヤバーイ! あっちゃん達めっちゃセレブじゃない?」
「やばい、なにこの豪華さ! ってかこの絨毯めっちゃ柔らかくない!? アザミ、あんたならこのまま床で寝れるんじゃない?」
「殺すぞ」
「ひゃー! これが列車ですよ! 流石、動く城と呼ばれているだけありますね!」
「お前らもっと慎めや。金持ちの子供はそんな騒がへんぞ」
バブリーメイクを半強制的にさせられ、自尊心を現在進行形で傷つけられているアザミはいつもより機嫌が悪い。
「ここがあたし達の部屋じゃない!?」
豪華な木製風に仕上げられた扉のパネルにゴールドのカードをかざすと、ロックが解除され、扉が横にスライドして開いた。部屋の中にはダブルベットが向かい合わせに並び、その中央の壁には大きな絵画が掛けられていた。
大海原に小さな島が浮かび、その小さな島の中央に錆びてボロボロになった古い剣が突き刺してある風景画だった。
どんよりと曇った空から一筋の光が射し、神の啓示かのようにその剣を照らしている、不思議な印象を受ける絵画だった。しかし、プルメリア達はその絵画には一筋の光のほどの興味を示す事もなく、真っ先にベッドに飛び込んだ。
「ひやっはー!」
「ふっかふかだね!」
「ふぁ、気持ちいいですぅ」
「すやぁ……」
バブリーは、ベッドに飛び込むと同時に瞼を閉じて寝息を立て始めた。
「こんなふかふかのベッドで寝れるなんて初めてだわ」
プルメリアは仰向けになり、細い脚を思いっきり投げ出した。
「ちょっとプルメリア、パンツが見えてますよ」
「誰も見てないからいいでしょ〜」
「わたし達が見てますよ!」
「それならもっと見せてやるぅ!」
ダリアは、仰向けに寝転ぶプルメリアのスカートの中に勢い良く手を突っ込み、プルメリアの下着を素早く引っ張った。プルメリアの、夏の果実を思わせる鮮やかな黄色のフリフリパンツは、細い脚をするりと通り抜け、小さな足の先から抜けて、春の訪れを喜ぶ鳥のように宙を舞い、気持ち良さそうに寝息を立てるアザミの顔に着地し、そのバブリーな鼻と口を塞ぐように覆いかぶさった。
「ごふっ! ふがががが!」
「ちょっと、何すんのよ!」
「ひゃはははは! プルプルちゃんノーパン変態痴女!」
「うるせぇこのやろう!」
「プルメリア、暴れてはダメです! 秘密の花園が露わになってしまいます!」
「ふごごごごご!」
プルメリアはベッドの上でダリアに寝技をかけ、プルメリアのプリーツスカートから時折覗く小ぶりな尻や秘密の花園を写真に収めようとデジカメを構えるウメ、そしてパンツに鼻と口を塞がれ呼吸困難になっているアザミと、最高級寝台列車の客室はカオスの海に沈んでいた。
そのカオスを収拾させるように、軽やかな電子音が鳴り響いた。
「これより、我等がノイシュバンシュタインは、ガルディンベルクを目指し、出発いたします」
その凛々しい男性の声のアナウンスと共に、ゆっくりと最高級寝台列車ノイシュバンシュタインは動き出した。
「だはぁ! 殺す気か、どアホ!」
アザミは顔に密着したパンツを剥ぎ取るとベッドの下に投げ捨てた。
「しゅっぱつー!」
「でも窓がないんじゃ雰囲気味わえないわね」
「窓ならちゃんとありますよ」
「え、どこに?」
ウメはデジカメを置くと、ベッドボードに埋め込まれているタッチパネルを押した。すると、壁に掛かっていた絵画が消え、そこには大きな窓と、右から左へとゆっくり流れる景色が現れた。
「わぁ!」
最初は高いビルや派手な電子広告、そこを過ぎると様々な色や形をした民家の屋根、次第に人工的な建物は少なくなり、森が現れた。
景色は、まるで絵本のページを足早にめくるように、次から次へとその姿を変えていった。
4人は窓に張り付いてその光景を眺めていた。
もしサクラがこの光景を見たら、喜んでいただろうか。
お母さんやイシガミ博士が一緒だったら、きっともっと楽しかっただろうに。
車窓を流れる景色のように、様々な想いが現れては消えた。
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