51*楽しそうだったから


「いや〜ケーキ美味かったねー!」


 カフェを出ると、プルメリア達は街の中央にあるケムニッツ駅に向かった。


 ケムニッツ駅からは、ガルディンベルク直通の寝台列車が出ている。プルメリア達はこの列車に乗り、ガルディンベルクを目指す事にした。


 ガルディンベルクへ行くには、他にも飛行機や超高速リニアという、より早く到着出来る交通手段もあったが、プルメリア達はあえて時間の掛かる寝台列車を選んだ。それは、セキュリティや費用の問題からではない。寝台列車が、楽しそうだったから。




「これが列車ですか……エクセレント!」


 ウメは、始めて見る列車という乗り物に瞳を輝かせていた。エリア69には鉄道は存在せず、目にする乗り物と言えば金網の外の荒野を飛び交う軍用機と民間用飛行機だけだった。だから、綺麗に舗装された道路を走るお洒落なデザインの自家用車や、大地に敷かれた線路の上をガタンゴトンと軽快な音を立てながら何両も連なって走る列車は、とても新鮮で面白いものに思えた。



 駅前は、スーツを着たサラリーマンや学生、親子連れなど様々な人で賑わっていた。一見、いつもと変わらない平和な日常のように思えるが、その人々の中に紛れて治安部隊や軍人の姿が多く見受けられた。恐らく、プルメリア達を警戒しての事だろう。しかし、プルメリア達は全く気にしていなかった。


「列車の中で寝れるってなんだかワクワクするわね!」


「はい、本で読んで一度列車に乗ってみたかったのですが、まさか寝台列車に乗れるなんて、夢のようです」


 ウメは、春に咲く花のような笑顔で言った。


 その純粋な心の中に鉄道マニアの資質を秘めているウメは、ケムニッツの電気屋で買ったデジカメで駅の様子を撮りまくっていた。


「料理も美味いらしいで」


「やったー! あっちゃんプールで泳ごー!」


「さすがにプールはないやろ」


「それにぃ、寝てるだけで移動出来るってさいこーっ!」


「飛行機でも寝れるやないか」


「ってかチケットどこで買うのよ」


「えーっと……。あ、あそこです」


 天井が高く、だだっ広い駅の構内の奥にある、透明なパネルで仕切られた改札口の隣に、沢山の券売機が壁に沿って横一列に並んでいた。


「これどうやってやるのよ。ウメ、お願い」


「任せてください〜」


 ウメは、始めて触る券売機にも関わらずまるで使い慣れたスマホをいじるように素早く操作していく。


「寝台列車にもいくつか種類がありますね。どれにしましょう?」


「じゃあねー、コレ!」


 ダリアが勢いよく押したそれは、1番高価な列車のチケットだった。


「げっ、これめっちゃ高くない!?」


「確かに、これは最高級の豪華寝台列車『ノイシュバンシュタイン』です」


「贅沢し過ぎとちゃうか」


「いいじゃん! お金はいっぱいあるんだしー!」


「そうですね。もうボタン押しちゃったしこれにしましょう、うふふ」


「まぁ、いっか!」


「いいんかい! テキトーやなー」


「でも珍しいですね、この列車は大人気で半年先まで予約が取れないはずなのに」


 ウメの言った通り、ノイシュバンシュタインの人気は凄まじく、簡単にチケットを確保出来るようなものではなかった。しかし、今は国の非常時だ。エリア69、ボンと破壊され、次に狙われるのは首都ガルディンベルクであると巷では囁かれている。なので、せっかく取れた予約をキャンセルする者も少なくはなかった。


「ちぇっ、最高級スイートルームはさすがに空いてないか。仕方ありませんね、通常の客室で取りましょう」


「えー、そんなのヤダー!」


「それでも十分高いじゃない」


「このペースで行くと理想郷にたどり着く前に破産しそうやな」


「ウメは普段冷静だけど好きな事には全力だからね」


「住所はお母さんが偽造してくれたもので登録して、と。はい、チケット取れました」


 ウメが操作を終えると、「ありがとうございました」という音声アナウンスと共に、券売機からゴールドに輝くカードが4枚出てきた。


「サンキュー、ウメ!」


「楽しみだなー、温泉おんせーん!」


「それもないわ! ってかさ、子供達だけだと怪しまれへん?」


「あー、じゃあ金持ちの子供が子供達だけでガルディンベルクにいるじいちゃんばあちゃんの家まで行くっていう設定でどう?」


「それでも良いですが、目立ってしまうかもしれませんね。少女4人というのが、あるいはわたし達を連想させてしまうかもしれません」


「それならさ、誰かが保護者役をやればいいんじゃない?」


「あー。で、誰がやるねん」


「決まってるでしょー! イチバン背が高くて大人っぽいア・ザ・ミ!」


 そう言って、ダリアはアザミの唇に人差し指を押し当てた。


「なんでやねん!」


「あ、それいいわね。決定」


「うちでも流石に保護者は無理あるやろ」


「大丈夫です。バブリーメイクをすればよっぽどバレません。あの動画で人気の娘達も高校生には見えないですし」


 そう言って、ウメは鞄から、プロのメイクさんが使うような大袈裟なメイク道具を取り出した。


「よっこらセフィロス」


「どこにそんなの閉まってあったのよ」


「お母さんが用意してくれました」


「特殊メイクでもするんかいな」


「さぁ、まずは服を用意しにいきましょう!」


「う、うちはやらんで?」


「いいじゃーん! バブリー! テテテテーテテテッテッテ〜♪」


「絶対嫌や!」


「アザミ、理想郷行かなくていいの? サクラが泣くよ?」


 低い声で、ゲス顔をしたプルメリアが、アザミの耳元で囁いた


「こ、この鬼畜が……」


「さぁ、行くわよ!」


「はい!」


「バブリ〜!」


「いやや〜〜〜!」



 アザミは、まるでロズウェル事件で捕らえられた宇宙人のように3人に引っ張られながらコスプレショップに向かった。



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