50*素晴らしく、かけがえのない時間に思えた
「おぉーお! ここがケツムッニかー!」
「ケムニッツです」
ジャージ上下にスニーカーという出で立ちでアスファルト舗装された道路脇に立つプルメリア達の前には、『ケムニッツへようこそ』と書かれた大きな青い看板と、そのとなりに並ぶ謎のオブジェが青空の下に鎮座していた。
彼女達がボンからひたすら歩き、辿り着いた場所は中規模の都市、ケムニッツだった。
首都ガルディンベルクとは鉄道や高速道路で結ばれており、また軍の支部もあることから、南地方の拠点として栄えている。ケムニッツ駅がある街の中心地には、いくつかの高層ビルが他の建物の間から頭を覗かせて街の繁栄を主張している。
「ウメのケツむにむに〜」
そう言いながら、ダリアはウメのジャージに両手を突っ込み、下着の上から尻を揉んだ。
「あっ、ダメです。初めてなのにそっちの穴なんて……」
「よいではないか〜よいではないかぁ〜! 前の穴も後ろの穴も入れちゃえば同じだ〜! ほ〜れほ〜れ!」
「ち、違いますよ。バレンタインのブラックサンダーとGODIVAくらい違います」
「しかし疲れたな、ちょっと休もか」
アザミが、ウメとダリアの戯れを完全スルーして言った。
「そうね、ずっと歩いてたから靴擦れしちゃった」
プルメリア達は、ボンの街から3日かけて、徒歩でケムニッツまで辿り着いた。ボンの周辺は軍備部の軍用機が飛び交っていた為、迂闊に上空を飛ぶことが出来なかったのだ。
ただし、丸3日歩き続けたわけではない。昼寝したり、雄大な自然の景色を眺めたり、魚釣りしたり、花を鑑賞したり、川で水浴びしたり、色々寄り道していたら3日もかかってしまったのだ。
「あ、ちょーどカフェあるじゃん!」
そう言ってダリアが指差した先にあったのは、道路沿いにある、雑貨屋とレコード屋の間に挟まれた、こじんまりとしていて雰囲気の良さそうなカフェだった。三角の屋根が可愛らしい木造の平屋建てで、四角いガラスの窓からは、落ち着いた店内の様子が見て取れる。
「カフェって一度入ってみたかったのよね!」
「あっちゃんケーキ食う!」
「うちは甘いの苦手や」
「ちょっと待って下さい!」
カフェに駆けこもうとするプルメリア、ダリア、アザミを、ウメが引き止めた。
「どーしたウメ? 焼肉の方がよかった?」
「違いますよ! アザミ、まぼろし〜を使ってください」
「あぁ、忘れとったわ。ほい」
アザミが、人差し指を立てた右手を左右に振ると、指先から青いオーラが花粉のように舞い、4人の身体を包んだ。ウメが『まぼろし〜』と呼んだそれは、エーテルで身体を覆い、他者から見たその者の視覚的な印象を限りなく薄くするという効果があるアザミの特殊能力だった。
相手はしっかりとプルメリア達の顔を見ていたとしても、全くその姿形がイメージとして認識出来ない。故に、堂々と街中を歩け、カフェにも入れるという訳だ。ただし、深く関わった事のある人間だと視覚以外の感覚からバレてしまうことがある。
「ありがとうございます」
「それと、服も着替えよーよ。これじゃ部活帰りの中学生みたーい!」
「まぁそれはそれで自然でええんとちゃうか?」
「でも、せっかく街の中歩くならお洒落したくない?」
「プルメリア、また本来の趣旨から脱線しかけてますよ」
「服装なんどーでもええやろ。さぁ飯食うで飯」
少し古びたドアノブに手をかけ、木製の扉を押す。
店内は、昔ながらのカフェといった感じで、いい感じに使い込まれた木製のカウンターやテーブルが安心感と暖かみを与えてくれる。奥に置かれた古いオーディオ機器からは、心地の良いジャズ・ミュージックが主張しすぎない程度に流れていた。
「いらっしゃい」
カウンターの中に佇むマスターは、店の雰囲気とは違い、若い青年だった。
「お好きな席へどうぞ」
「はーい!」
店内を見回すと、カウンターに老夫婦が1組と、奥のテーブルでコーヒーを飲みながら熱心にタブレットPCを眺めているサラリーマンがいるだけだった。プルメリア達は、窓際のテーブルに座った。窓の前には、木を削って作られた可愛らしい人形が置かれていた。
「ご注文はお決まりですか?」
若いマスターが、爽やかな笑顔で尋ねてきた。
「暖かい紅茶とショートケーキで」
「クリームソーダといちごのタルト!」
「ホットコーヒーとモンブランと小倉トーストとあんかけスパゲティをお願いします」
「カフェオレとスーパービッグチョコパフェ」
「かしこまりました。出来るまでちょっと待っててね」
「はーい!」
マスターはメニューを聞くと、カウンターの奥に戻り手際よく調理を始めた。
「ってかウメ、どんだけ食べんねん」
「えー、沢山食べないと力が出ないじゃないですか」
「アザミだって、甘いのニガテ〜、とか言っときながらイチバン甘そうなの頼んでるじゃん」
「しかもスーパービーッグ! キャハハハ!」
「うるさい。イメージが大事なんやイメージが」
「なんのイメージだか」
暫くすると、注文したメニューが運ばれてきた。5人がけだと少し小さく感じるテーブルの上に所狭しとスイーツが並ぶ様は、まるで宝石をちりばめたように光り輝いて見えた。一部、スイーツと呼べないメニューも同居していたが。
「いただきまーす!」
いただきますの合図をすると同時に、ダリアはプルメリアが注文したショートケーキのイチゴ目がけてフォークを突き刺した。
「ちょっとあんた何すんのよ!」
すかさず、プルメリアはフォークでフォークを受け止めた。あと数ミリのところで、プルメリアのイチゴは一命を取り留めた。プルメリアはダリアのフォークを弾き返すと、素早くイチゴにフォークを突き刺し、口に運んだ。
「ぶーっ!」
ダリアは不服そうに頬を膨らませていちごのタルトを頬張り、クリームソーダを啜った。
「ったく油断も隙もあったもんじゃないってかイチゴうまーい!」
「モンブランも美味しいですよ。はい、あーん」
そう言って、ウメはフォークでモンブランをすくってアザミに食べさせた。
「美味しいなぁ、モンブラン」
「はい、あーん」
今度はウメが、鯉のように開けた小さな口をアザミの方に突き出した。
「ウメ、さっきのは優しさと見せかけてうちのチョコパフェが食べたいだけだったんか」
「だって美味しそうなんですもん」
「あっちゃんもー! ウエハースちょーだい!」
「あぁっ! これはアカン! ウエハースはうちのもんや!」
「じゃああたしももーらいっ!」
「お前ら自分の食べろや!」
「あんかけスパもひと口ちょーだい」
「あっちゃんもー!」
プルメリアとダリアはウメのあんかけスパゲティをフォークですくった。アザミは、何も言わず器用にくるくるとスパゲティを巻いて食べた。
「もう、結局食べるんじゃないですか。ヒトのこと大食いとか言っておきながら」
「だって美味しいんだもん」
その様子を見て、奥に座っているサラリーマンは少し迷惑そうにチラリと眼鏡を光らせ、若いマスターは優しく微笑んだ。老夫婦は仲睦まじげにカフェを楽しんでいる。
こんな、カフェで友達とケーキを食べるなんていう何気ない事が、プルメリア達にはとても素晴らしく、かけがえのない時間に思えた。
こんな素晴らしい事を、何も気にせず普通に出来るなんて。
普通の女の子って、いいな。
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