25*そんな悪者みたいに言わないでくれる?



 アジトに連れて来られた時と同じように、先頭のヒゲ郎と最後尾のエルフィンに挟まれる形でプルメリア達はアジトの中を移動した。どうやら、このうさぎ盗賊団のアジトは鉱山跡を利用して作られたようだ。盗んできたお宝を運ぶ為か、トロッコ軌道がそのまま残っている場所もある。


「ここだ」


 エルフィンが示したのは、うさぎのシルエットが描かれた暖簾が掛かっている部屋だった。


「きゃー可愛いー!」


「女子の部屋か!」


「どうしてエルフィンさん達はうさぎをマスコットにしているのですか?」


「ボスの趣味だ」


 エルフィンはとても不服そうに言った。どうやら、エルフィン自身はもっとクールな感じのシンボルマークがよかったようだ。


「ボス、入ります」




「あぁ」


 部屋の中から声がした。


 ボスというからにはゴツい声、と思いきや、落ち着いた雰囲気の普通の男性の声だった。エルフィンはプルメリア達を見て首をクイっと振った。中に入れ、という意味だ。


「いちいちカッコつけんじゃねぇよ人妻熟女」


 プルメリアは、不味いものを口にした時みたいに渋い顔をして舌を出した。


「てめぇ……俺だって本気出せば年下だってイケんだぞコラ?」


「キャーロリコン!」


「ついに認めたわね」


「な、違っ——」


「近寄らないでください」


 ウメはガチ軽蔑の眼差しでエルフィンを見て、身を隠すようにアザミの後ろに回った。


「お前ら……ぜってぇ殺す。オラさっさと入れ!」


「おっとっと!」


 エルフィンはプルメリア達の背中を押して、無理矢理ボスの部屋に押し込めた。


「ちょっとぉ、女性に乱暴しないでよね!」


「くっ……てめぇらの方こそ俺のハートに乱暴するんじゃねぇ。謂れのない人妻熟女ロリコン疑惑をかけられて俺のハートはボロボロだ」


「なんだ、騒がしいな」


「あ、すいません」


 部屋の奥に置かれた古びた木製の机。その机を挟んだ向こう側に、机に片肘をついて、男が座っていた。歳は30代後半くらいだろうか。すらっとした体格で、髪は黒のオールバック。銀縁の丸い眼鏡をかけている。盗賊団らしからぬ、シワのない綺麗な白いシャツを着ている。男の背後の壁には、大きくうさぎのマークが刺繍されたコートが掛けられている。プルメリア達が部屋に入ると、男は眼鏡の奥におる鋭い眼光でプルメリア達を睨んだ。


「あの人誰? アンタんトコの税理士さん?」


 プルメリアは税理士を指差して言った。


「馬鹿野郎! あの人が俺たちのボスだ!」


 エルフィンはボスの方に向き直り、一礼した。


「ボス、連れてきました」


 ボスはゆっくりとプルメリア達を眺めると、空中で手を払った。


「お前達は下がれ。暫く誰も入れるな」


「はい」


 再び一礼すると、エルフィンとヒゲ郎は下がって行った。


「誰も入れるなだって。5Pでもするつもりかしら?」


「元気だねー! このゼツリン野郎!」


「ああいった真面目に見える方が案外ゼツリンだったりするんですよね」


「あるいは、薬を飲んで頑張るつもりか」


 ボスはわちゃわちゃと騒ぐプルメリア達を睨んだ。突き刺さるような殺気だ。プルメリア達はすぐに理解出来た。


 こいつ、強い。


 しかしそれは、人間にしては、だ。プルメリア達にはとっては、部屋に現れたGが飛行モードになった時くらいのリスクでしかない。


「お前達、コダマだろ?」


 ボスは片肘をついたまま言った。


「せいかーい! 何で知ってるのぉ?」


 ダリアは両手を上げてぴょんびょん飛び跳ねながら言う。


「世界中でお前達の事を知らないのはうちのエルフィンとヒゲ郎だけじゃないのか?」


 そう言うと、ボスは手に持ったスマホの映像を拡大して空中投影した。そこにはSNSのタイムラインが表示されており、タイムラインにはプルメリア達の画像がまるで滝が落ちるような勢いで拡散されていた。


「まぁ! あたし達有名人ね」


「アイドルみたーい!」


「恥ずかしいです」


 ウメは顔を赤らめて、両手で頬を包んだ。


「拡散した奴全員死刑」


 アザミは親指を立てると、その手を逆さにして真下に振り下ろした。


 ボスは少し口元を緩めると、映像を消し、スマホを机の上に置くと、また険しい表情に戻った。


「で、なんでそのコダマがここにいるんだ? まさか、ガンドールの要塞を潰せるほどの連中が、こんなチンケな盗賊のお宝を狙ってきたわけではあるまい」


「あは、んなわけないでしょ! あははははー!」


 図星を突かれた。


「お前らの目的は何だ?」


 さて、どうしようか。プルメリアは考えた。

 べつに今ここでこいつを殺して、盗賊たちを皆殺しにしてお宝を奪ってもいいけど、クラリスとミーシャのことが気になる。


 今戦闘が起きると、ふたりに危険が及ぶかもしれない。クラリスとミーシャは、無事に家に帰してあげたい。ここは、テキトー言って切り抜けよう。こいつを殺すのは、その後だ。


「逃げて来たのよ。ほら、あたし達追われてるでしょ? 盗賊のアジトに逃げ込めばとりあえず大丈夫かなって思ったのよ」


 どう? 


 まともな理由になってんじゃん? 


 ほら、素直に信じなさい、ボス!


「こんなネズミの巣に逃げ込むとは、大反逆者が随分弱気じゃないか?」


 やっぱこいつはカンタンに信じてくれないか。


 ってかさ……


「ってか、あたし達やってないからね!」


「やってない? 何を?」


「確かにゴリアテはやっつけちゃったけど、エリア69を破壊したのはあたし達じゃないから。そんな悪者みたいに言わないでくれる?」


 プルメリアは腕を組んで一歩前に出た。ボスも机の上に手を組み、身を乗り出した。


「じゃあ誰がエリア69を壊滅させたんだ?」


「ラオム・アルプトです」


 ウメが言った。ボスの眉がピクリと動いた。


「ラオム・アルプトはお前達の仲間が倒したはずだろう」


「倒したわよ。でもまた現れたんだからしょうがないじゃない」


「それを、お前達がまた倒したと」


「そうよ。そしたらゴリアテが来て、助けてくれるのかなーって思ったらいきなり攻撃してきたのよ。あたし達がやったって決めつけてさ」


「待て。もう一度話してくれ。出来るだけ詳しく」


「だから〜」


 ボスは、何やら熱心にラオム・アルプトが現れた時の状況をプルメリア達に尋ねた。プルメリアは途中で説明するのがめんどくさくなり、ウメにバトンタッチした。ウメは丁寧にその時の状況を説明した。そのうちに飽きてきたのか、ダリアはボスの部屋の物色を始め、アザミは立ったまま眠っていた。


「何にも面白いもの隠してないし! マジメか!」


 アザミは、ボスの机の下にエロ本等秘密のアイテムが隠してないか捜索していた。しかし、ボスは子供の相手などしていられないという風にダリアの物色行為を完全に無視していた。途中でプルメリアも加わってボスの部屋を根こそぎ調べたが、面白いものは何1つ出てこなかった。それはおそらく、自身の痕跡を残さない為であろう。このボスは、とても用心深い男のようだ。税理士の様な容姿をしているのも頷ける。


「なるほどね」


 ボスは一通り聞き終わると、満足したように微笑みを浮かべた。


「おい、エルフィン」


 ボスが大声で呼ぶと、すかさずエルフィンが部屋に入って来た。


「はい」


「用は済んだ。こいつらを牢にぶち込んでおけ」


「わかりました。来い」


「言われなくったって行きますよ。ふぁ、眠い」


 プルメリアは口に手のひらを当てて大きくあくびをした。


「おい、エルフィン」


 エルフィンがプルメリア達を連れて行こうとしたところで、ボスが呼び止めた。


「俺は暫く留守にする。アジトを頼んだ」


「わかりました」




 プルメリア達は薄暗い坑道を歩き、再び牢に向かった。


「ボスはよくどこかに出掛けられるのですか?」


 ウメがエルフィンに尋ねた。


「そうだな。あの人は思ったら即行動の人だから。何か上手い儲け話でも思いついたんだろう。ってか、お前達コダマだったんだな」


「あー! 盗み聞きー!!」


 ダリアは人差し指でエルフィンの頬をグリグリやった。ダリアの長い爪が、エルフィンの頬に突き刺さる。


「いてぇ、やめろ! 聞こえてきちゃったんだよ」


「物は言いようね」


「クソガキが」


 牢に戻ると、クラリスはまだ起きていた。


「大丈夫でしたか?」


「全然だいじょーぶだよ。こいつらみんなイ○ポみたい」


「本気で殺すぞオラ」



 本気で殺すつもりでここに連れて来たのに……、一体なんなんだこいつらは。ペースを乱される。


 エルフィンは自分の感情が定まらずイライラしていた。そのイライラをぶつけるかのように、少し強めに牢を閉めた。


「兄貴!」


 ヒゲ郎が、そう叫びながら部屋に入ってきた。


「なんだ」


「列車強奪班が戻ってきやした!」


「分かった。すぐ行く」


 大人しくしてろよ、と言うようにエルフィンはプルメリア達に睨みを聞かせてから部屋を出て行った。しかしそれは、頼むから大人しくしていてくれよ、という願いに近いものだった。この小娘達が少しでもその気になれば、こんなアジトなんて砂で作ったトンネルのようにすぐに崩れてしまう。


「ミーシャちゃん、よく眠ってるね」


 プルメリア達は、気持ち良さそうに眠るミーシャの寝顔を眺めた。それを見て、クラリスは微笑んだ。


「じゃあ、ミーシャちゃんが眠ってる間にやっちゃおうか」


「やるって何をですか?」


「ここから出るの」


「ガッポリお宝もいただいちゃう!」


「でも、そんな事が出来るのですか?」


 クラリスまたポカンした表情を浮かべていた。


「大丈夫ですよ。クラリスさんとミーシャちゃんの安全はわたし達が保証します」


「もうちょい盗賊達が寝静まったら決行するから、それまでお母さんも休んどき」


「はぁ……」


 クラリスは半信半疑だったが、これから何かが起きる、という予感と緊張感があり、その後も眠ることは出来なかった。


 



 そして、夜はその深さを増していった。




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