ライネスとヴァルセンティア

26*私を負かした最初の人間



「ヴァルセンティアはどこだ!?」


「こちらです! しかし総司令官、ヴァルセンティア様の容態は……」


「説明は後で良い。早く案内しろ!」


 ガンドール帝国首都ガルディンベルクの中央区に位置するガンドール帝国病院。


 優秀な医師と、最新の医療機器を備えた帝国内随一の巨大病院。そこに、大勢の軍人を引き連れ、軍備部総司令官のライネスは院内の廊下を大名行列のように進んでいた。


 プロレスラーのようながっちりとした体格に、ゴツゴツした岩野ように硬い色黒の肌と、見たものを硬直させるギロッとした大きな瞳、それだけで風貌は強烈なのに、トドメの金髪のモヒカンをしている。若い頃はもっと立派なトサカだったが、最近は頭髪が薄くなり、枯れた大地のように少し寂しげである。


「ヴァルセンティア司令官はこちらです」


 ガンドール帝国病院の理事長は、地下にある特別病棟の集中治療室の扉の前で言った。


「お前達はここで待て」


 ライネスは、引き連れて来た軍人達を外で待たせ、集中治療室の中に入って行った。


 特別病棟は、政府や、軍関係の人間の為の特殊な医療施設である。その集中治療室の1番奥に、ガンドール帝国軍備部司令官のヴァルセンティアは収容されていた。航空戦艦ゴリアテを指揮し、プルメリア達を攻撃し、サクラを殺した人物である。


「ヴァルセンティア司令官、ライネス総司令官がお見えになりました」


 薄いカーテンを隔てて、理事長が呼びかける。


「あぁ、お通しになってくれ」


 若い女性の声が返事をする。少し調子は落ちているようだが、その声には強気な姿勢が伺える。理事長はカーテンを開け、ライネスは中に入る。


「申し訳ありません、コダマ殲滅作戦は失敗に終わりました」


 ウェーブのかかった美しいピンク色の髪は真っ白な枕やシーツの上に垂れ、透き通るような白い顔は、いくつもの包帯やガーゼで覆われている。強気な印象を与えるすらっと斜め上に伸びる細い眉とくっきりとした青い瞳が、上官であるライネスを見つめていた。ヴァルセンティアは、点滴のチューブが繋がれた左手を上げ、敬礼した。


「敬礼はよい。よく生きていたな」


 ゴリアテを指揮していたヴァルセンティアは、プルメリアには勝てないと判断し、脱出ポッドで撤退を計った。しかし、プルメリアに見つかり、撃墜された。数日後、捜索隊により谷底で瀕死の状態でいるところを発見された。


「はい。医師達からは奇跡だと言われましたよ。右腕と右脚を失っただけで済みました」


 そう言って、ヴァルセンティアは左手で自信に被せてあった白い布を捲った。いくつかのチューブで繋がれ、病衣で包まれたヴァルセンティアの細い身体には右肩から先と右脚がそっくりなくなっていた。


「くっ……」


 ライネスは強く拳を握った。軍人であるとは言え、ひとりの女性である、しかもまだ年若いヴァルセンティアをこのような痛ましい姿にさせてしまった事を強く後悔した。


「ヴァルセンティア、お前を国務庁の大臣補佐官に推薦する。アポロとラスクはコダマの責任を取らせて潰す。そうすれば、ゆくゆくはお前は右大臣だ。もちろん、そんな事でこの代償を——」


「それだけはお許しください!」


 ヴァルセンティアはチューブを引きちぎり、上半身を起こした。


「は?」


「私が必ず、あのコダマらを殲滅します。義足を付ければ歩けます。身体が不自由でも、指揮は出来ます。ですから、どうか私を軍備部に置いておいてください」


「あわわわ。ヴァルセンティア様、お身体に触ります」


 担当医が、動こうとするヴァルセンティアをなだめようとした。


「うるさい!」


「ぐべらっ!」


 ヴァルセンティアは、担当医を殴り飛ばした。


「あの小娘は、私を負かした最初の人間。私は、私から勝利を奪った最初の人間に処女を捧げると心に決めているのです。私は必ずあの小娘に勝利し、小娘に私の処女を与えた後、ギッタギタにぶっ殺してやるのです! そして、もしあの小娘が処女であるならばそれも奪ってやる! あは、あはははは! あははははは!」


 そう叫ぶと、ヴァルセンティアは口元から血を流しながら高笑いをした。


「ヴァ、ヴァルセンティア様! どうか安静にしてくださ——ぐべらっ!」


 ヴァルセンティアは、心配して駆け寄った担当医を再び殴り飛ばした。


「邪魔するなぁ、この愚民がぁ! あーはははははは!」


「ヴァルセンティアよ。お前は容姿も頭も素晴らしく良いが、性格だけは飛び抜けて難ありだ」


 ガイベルハルトはそのモヒカンヘアーの頭を抱えた。




 ガンドール帝国病院の特殊病棟に、ヴァルセンティアの高笑いが響いた。



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